【41+滴】金色の麦畑2

 だが刀は優也の顔ではなく真横の地面へと刺さった。耳元で土を突き刺す音が聞こえると優也はゆっくり瞼をあげ玉藻前を見遣る。


「お別れじゃなかったですね。それともここって天国ですか?」


 玉藻前が黙って立ち上がると、優也は体を縛っていた麦から解放された。それに少し間を空け体を起こすと喉や手首を摩りながら立ち上がる。


「ほら殺さなかったでしょ」


 無言の玉藻前へ優也は少し勝ち誇ったように言った。


「顔が好みやったからやらなかっただけやでぇ」

「それならこの顔に生んでくれた親に感謝しないと」


 そう言いながら自分の頬に手を伸ばしている優也を他所に玉藻前は再び歩き始めた。

 だが今度は少し歩いた所で立ち止まると振り返った。


ぃひんの?」

「話聞いてくれます?」

「聞いてあとに断らせてもらうわ。それなら文句あらへんやろ?」


 その返事に笑みを浮かべた優也は早足で横に並んだ。


「そういえば友人が言ってたんですけど、昔この国のお偉いさんに寵愛されてたって本当ですか?」

「そちは本当やと思っとるん?」

「それだけお綺麗なら本当だとしても納得しますね。なのでお会いしてみて本当かもって思いました」

「ほな本当やな」

「じゃあもう一ついいですか?」

「ええでぇ」

「これどまで続いてるんですか?」


 優也は終わりの見えない麦畑を指差しながらそう尋ねた。


「どこまでも」


 それからも麦畑をしばらく歩いていくといつの間にか景色は森へと戻っていた。そしてその頃には玉藻前の足にもいつの間にか赤い花緒のぽっくり下駄があった。


「そういえば夜だったんですよね」

「中におったら時間は分からへんからなぁ」

「結構いた気がするんですけどね」

「外とは時間の流れが異なるさかい」

「それって、中は外より進む時間が遅いから修行に使えるっていう某部屋みたいな感じなんですか?」

「何のことを言うてるか分からへんけど、そんな感じやなぁ」


 それから森は少し歩くとすぐに抜け、その先にあったのは優也らが探していた玉藻前の大きな屋敷――とそれを包み込み空高くまであがる炎。

 その光景に玉藻前は棒立ちになっていた。少し後ろで優也も彼女同様に口を半開きにし立ち尽くす。


「玉様!」


 するとまだ幼さ残る声が玉藻前の名前を呼んだ。声の方からは頭の横に狐面を付けたアゲハとその後ろから人間の姿をした子ども達、武器を持った数人の男がやって来た。

 それを見た瞬間、玉藻前の表情は一気に安堵へと変わっていく。


「他のもん達は?」


 玉藻前からの問いかけにアゲハは俯いた。


「すみません。予想以上に火の回りが早くてこの子達を助けるのに精一杯でした」

「そやったんやなぁ……。せやけどそち達が無事でよかったわ」


 すると、その言葉に顔を上げたアゲハの双眸は後ろにいる優也の姿を捉えた。その瞬間、湧き上がる怒りを視覚化するように表情が一変していく。

 そして手元に出した毛槍を力強く握りしめると地を蹴り駆け出した。一直線に優也へと接近すると勢いそのまま押し倒して馬乗りとなり、槍先を顔に突きつけた。


「お前かっ! お前が」


 それは憎悪に満ちた声。傍の屋敷よりも激しく燃え上がる怒りの感情。そんな言葉と共に槍先よりも鋭い眼つきが優也を睨みつける。


「アゲハ!」


 だが槍を振り下ろすより先に後方から玉藻前の大きな叱声が飛んできた。その声にアゲハの怒りは僅かに身を潜め槍先を突きつけたまま後ろを振り向いた。


「玉様、コイツです! 森に侵入したのは! 絶対コイツらがやったんですよ」

「アゲハ。離しぃ」


 今度の言葉は先程と違い愛撫するように優しいものだった。


「でも……」


 訴えかけるような双眸を向けるアゲハに対し玉藻前は顔を横に振る。仕方なく、納得はしていなさそうだったがそう言った雰囲気でアゲハは優也の上から離れると子ども達の場所へと戻って行った。

 そんな彼女と入れ替わるように玉藻前は起き上がる優也の元へ。


「すまへんなぁ。あの子、早合点してもーて」

「いえ」

「玉様! 無事でしたか」


 すると鋭い牙を持った小柄な妖怪の首を掴んだ百鬼が声を上げながらやって来た。


「屋敷の近くにいたヤツです」


 百鬼は小柄な妖怪を玉藻前の前に投げ捨てる。地面に叩きつけられた妖怪に向け玉藻前が手を翳すと現れた縄が独りでにその小柄な体を縛った。拘束された妖怪は玉藻前を見上げると聞こえる大きさで舌打ちをひとつ。


「チッ! 生きてたか」


 続けて小柄な妖怪は甲高い声でこれまた聞こえるように呟いた。


「お前さんらがやったんだろ?」


 そう問いかける百鬼を無視し小柄な妖怪は玉藻前を睨む。

 すると突然、何の前触れもなく玉藻前へ向け大きく口を開けた妖怪が襲い掛かった。それを目にした百鬼とアゲハは咄嗟に阻止しようと手を伸ばすが、到底間に合う距離ではない。

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