【21+滴】かけがえのない絆2
するとすっかり自分の内面と向き合っていた優也を真守の一言が現実世界に連れ戻した。
「おい、聞いてるか?」
「え? 何?」
「だから、高三の担任の山田先生が言ってたあの言葉なんだっけ? あのー、もしやりたいことがあったらってやつ」
「えーっと……」
優也は記憶のアルバムをめくり高校三年生の時の担任だった山田先生の言葉を思い出した。
「たしか、『やりたいことがあるなら……
――六条優也 高校三年生 教室。
教壇に立つ若い教師。金城和馬。
「いいか? もしやりたいことがあるなら挑戦しろ」
静まり返った教室に響いく情熱的な声。和馬は生徒たちを指差していた。
「だけど、何かに挑戦する時は必ずリスクがついてくるもんだ。その時、リスクからお前らを守る名目でお前らの中に『でも』っていう言葉が言い訳やくだらない理由を引き連れて邪魔しにくるだろう」
そう言いながら黒板に大きく『でも~』と書いた。
「こいつはお前らをできるだけ安全な道に導こうとする。つまり、やらない理由を与えるんだ。やらない理由・やらなくていい理由・やらない自分を正当化する言い訳・失敗した未来とかな」
和馬は例えを口にしながら身振り手振りをしていた。
「だが言っておくぞ。挑戦の無い人生なんてクソだ。挑戦のない人生なんて何の面白みも無い。やりたいことがあるならやれ! なりたいものがあるならなれ! 常に挑戦し続けろ! 失敗は何度だってしていいんだ。よく覚えておけ、挑戦無くして成功は無い」
ヒートアップした熱い気持ちを込めながら彼は全力で演説していた。
「お前らを成功の無い道に進ませようとする『でも』に続く言い訳なんてそこら辺の紙に書いて燃やしちまえ!」
って言って近くの紙に『でも』って書いてライターで燃やしたらスクリンプラーが作動して大騒ぎになったよね」
「そうそう! あの後、校長に呼ばれてめっちゃ叱られたらしいぜ」
真守は当時を思い出したのか大笑いした。
「だけど、先生の言う通りよね。挑戦無くして成功は無いっていうのは」
「そうだね。『お前がいるのは未来でも過去でもなくこの瞬間だ。今を生きろ』」
優也は同時に和馬の顔を思い出していた。
「え?」
「誰の言葉だ?」
「先生だよ。卒業式の日にその話をしてて、『確かに失敗した未来を思い浮かべるのは決断にとって邪魔かもしれないですけど、何かをやる前にはもし失敗した場合どうするかも考えて、ある程度対策を立てておく必要があると思います』って言ったら、『未来の問題に取り組んでる暇があったら今やるべきことをやれ。後ろを振り返って後悔に頭を抱える時間も先を見てまだ見ぬ不安に頭を悩ませている時間も勿体ない。そんなことをしている時間があるなら今やるべきことに全力を注げ。お前がいるのは未来でも過去でもなくこの瞬間だ。今を生きろ』って言ってた」
「そういや俺が新人大会でミス連発しちまって下げられた時も『失敗っていうのは経験にしてやっと価値が出てくるもんだ。失敗した理由、どすればよかったかを考えてもう同じことを繰り返さないようにして初めて経験になる。後悔して落ち込むだけじゃただの出来事となって終わりだ。失敗は人を強くする。失敗は敵じゃない』って言ってたな」
「山田先生ってサッカー部の副顧問だっけ?」
「他の部活の顧問もしてるらしいから中々練習には顔出せないみたいだけど大会とかは必ず来てくれてたね」
サッカー部のマネージャーをしていた愛笑は懐古の笑みを浮かべながら答えた。
「本当にいい先生だったもんね」
それからも三人は思い出話に花を咲かせた。幼小中高大と家族同然のように長い月日を共にした三人の共通の思い出は多く、話も次から次へと止めどなく出てきた。時間の方が足りないほど止まらない思い出話がひと段落ついた頃、優也の一言でお会計を済ませると三人は店を出た。
そしてまとめてお会計をした優也が遅れて出ると先にお店を出ていた愛笑と真守と合流し、これまでの人生を描くかのように並んで歩き始めた。
「愛笑、真守」
だが歩き出してすぐに足を止めた優也が名前を呼ぶと数歩前へ歩いた二人は小首を傾げながら振り返った。
そして二人の赤みがかった顔を見ながら優也は心に決めた決断を口にする。
「さっき決めたんだけど。僕やりたいことが出来たから会社辞めるよ」
「は? (え?)」
突然のことに二人は同時にそう零すと唖然とした様子で優也を見つめた。
そして何も言わず目の前まで歩いてきた二人は並んで立ち止まり、真守は左手を右肩へ愛笑は右手を左肩へ乗せた。
「突然何言いだすかと思ったら……。まぁ何をしたいか知らないけど」
「親友の俺達から言えることはひとつだけだ」
そして二人が優也の後ろへと回り込むと両肩から手が離れた。
「行って来い! (行ってらっしゃい)」
揃った声と同時に優也は背中を押された。その勢いに少し前に進むと半身で後ろを向く。
「ありがとう」
優也は心の底からお礼を言うと手を振り家へ向かって走り出した。
その背中が見えなくなるまで二人は手を振り続けていた。
「いやーでも、アイツの決断してからの行動の早さと突然性は相変わらずだな」
「そうだね。少しは付き合わされるこっちの身にもなってほしいな! なーんてね」
「大変な時は本当に大変だったからな」
「今じゃ良い思い出だけどね」
「いや、でも、さすがに会社辞めるってーのは止めるべきだったか?」
先程の選択が正しかったか思わず考える真守。
「止められるの?」
「いや、無理だな」
「それにもし何かあってもゆー君ならすぐに就職先は見つかるって」
愛笑はそう言うと先に歩き出した。そんな彼女に少し遅れながら真守は少し速足で追いつくと隣に並んだ。
「もう帰るのか?」
「そのつもりだけど?」
「もう一軒いこーぜー」
「えー。まだ飲むの?」
「なんで長続きしないかについて女性目線からの意見をだな……」
片手を動かしながらもう片方の腕で肩を組み少し寄りかかる真守。
「しょうがないなぁ。まー君の奢りね」
「さすが愛笑! 何杯でも奢るって」
「その前に重いから腕をどけて」
愛笑が真守の手をどけると二人は次の店に向かった。
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