【17+滴】日常と溶けた非日常2

 だがそれでも動き続ける世界ではそのキスを合図にしたかのように、花火が上がり暗い夜空のキャンバスに綺麗な花を咲かせた。そしてその花火が暗い空に儚く散るのと時を同じくして、ノアと優也の顔も遠ざかっていく。

 だがまだ一時停止していた優也は、染み渡るように世界へと戻り顔を動かしノアを見た。


「な、な……に?」

「ん? 俺が読んでた雑誌に『最後は観覧車でキス! これで彼女も喜んでくれて忘れられないデートに!』って書いてあったんだよ。あれっ? 嫌だったか? それとも間違ってたか? んー、書いてあった通りにやったんだけどな?」


 ノアは眉を顰め組んだ腕の片方を頬に当てながら雑誌の内容を思い出しているようだった。そんなノアを他所に優也は両手で顔を覆い俯く。耳まで紅葉色に染まっていた所為かゴンドラ内の温度が少し上がった感じがしていた。照れる、恥ずかしい。そんな感情が心の大部分を占めてはいたがその片隅では彼女が――吸血鬼であるということがひっそりと顔を覗かせていた。


「嫌じゃなかったよ。―――けどきっと意味分かってないのかもね」


 後半の言葉はノアに聞こえないほど小さな声だった。


「そうか。なら成功だな」


 一方でノアは嬉々とした笑みを浮かべた。

 それから少し落ち着いた優也はノアと一緒に窓の外で咲いては散る花火とパレードを眺めていた。だがそれらを最後まで見ることは叶わずゴンドラは一周の旅を終え地上へ到着。ゴンドラから降りた後も優也の顔はまだほのかに赤く熱を帯びていた。

 そして水族館・動物園・遊園地の欲張り三点セットを十二分に楽しんだ二人は家に帰るといつも通りご飯を食べ並んで眠った。

 それはあの日の非日常な出来事から始まった日常。だがあの日がそうだったように変化は突然やってくる。翌朝、目覚め隣を確認する頃にはもうノアの姿は無かった。寝室を出てソファを覗くがやはり居ない。宣言通り彼女は出て行ったのだ。そして何の前触れもなく始まった吸血鬼ノアとの生活は突然の終わりを迎え彼女が来る前の生活へと戻った。

 それから数日後。この数日という時間は優也にあの日々が夢だったのではないかと思わせるには充分過ぎる時間だった。まるで大事なモノを無くしぽっかり穴が空いたような心境だった優也は一人家に居る時、自然とノアの事を思い出してはその度に溜息を零していた。

 そんな日々を過ごしていた優也がある日、会社の休憩スペースの椅子でぼーっとしていると後ろから軽く肩を叩かれた。


「最近ずっと、心ここにあらずって感じだな。どうした? 失恋でもしたか?」

「真守か。別に何もないよ……ってどうしたのその顔?」


 向かいに座った真守の顔には生傷や絆創膏がいくつか貼られていた。


「いやー、昨日彼女と歩いてたらチンピラに絡まれちゃってさ。彼女を守ろうとしたらこの様だよ」


 真守は笑いながら傷の理由を話した。


「たしか今の彼女って格闘技習ってるんじゃなかった?」

「あっ! お前今、彼女に任せればこんな怪我しなかったんじゃない? って思っただろ?」

「少し……」


 そのことを真守が気にしているのではと思い頷きながらも少し探るように答える。その言葉に溜息を零した真守は分かっていると言いたげな表情をしていた。


「彼女にも言われたよ。『私に任せてくれればよかったのに』『あんな奴らには負けない』ってな。まぁ、ぶっちゃけ俺よりも強いのは事実だしあんな奴らよりよっぽど強いのも事実なんだけどな」

「じゃあ、何で?」


 優也の質問に真守は即答した。


「何でって、そんなの決まってるだろ。好きだからだよ。好きなあの子を笑わせたい! 好きなあの子にカッコイイところを見せたい! 好きなあの子を守りたい! 好きなあの子と一緒に幸せになりたい! その他諸々……こう思うのは男の性なんだぜ。例外なく俺も彼女にカッコいいとこ見せたかったし何より怪我してほしくなかったからな」


 真守はまるで演劇でもしているように少し大袈裟気味に話した。

 そして人差し指を立て前のめりになる。


「いいか優也君、男っていうのは好きな子の為なら頭よりも先に感情が動いて行動してしまうんだよ。後の事なんて考えない。つまり、バカってことだな」


 自分の傷だらけの顔を指差し声を出して笑う真守だったが、一瞬にして傷の痛みに表情は乗っ取られてしまった。


「まぁ、今のお前には分かんないんだろうけどな。失恋で落ち込んでないで、バカになっちまうぐらい好きな子を見つけるんだな」

「だから失恋じゃないって」

「じゃあ実るように頑張れ!」


 そう否定していたものの実際ノアへの感情がどういうものかは自分でも分かっていなかった。


「ゆー君」


 するとそんな話をしている二人の所に愛笑がやってきた。名前を呼ばれ愛笑の方を見遣る。


「さっき部長が『社長が呼んでるから直ぐに至急! 社長室に行け』って言ってたよ」

「え? 社長が!?」

「おーい。一体何やらかしたんだ?」


 とは言いつつも真守は少しニヤついていた。


「何もしてないよ」

「じゃあ、お褒めのお言葉か?」

「分からないけど、とりあえず行って来る。愛笑、ありがとう」

「うん」


 そして立ち上がり社長室へ向かおうと愛笑の横を通り過ぎた優也だったが後ろから呼び止められ足が止まる。


「ちょっと待って」

「ん?」


 その声に後ろを振り返ると、目の前まで近づいて来ていた愛笑が曲がったネクタイに手を伸ばし正してくれた。


「はい。これでよし」

「ありがと」


 そして優也は社長室へ向かった。

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