【2+滴】血の眷属2
その隣で女性の考えが全く分からない優也は出来れば穏便に事が済むことを強く願っていた。だがそんな願いとは真逆へ事は着実に歩を進める。
「今一度お前に教えてやるわん。時代は変わり今はこの犬族が最強だということを! わん」
「やってみろよ犬っころ」
いかにも自分が戦うような雰囲気を醸し出していた女性だったが言葉の後、優也の方を向いた。
「よし! 行ってこい!」
その相手を散々煽るだけ煽った後のキラーパスは丸投げもいいところだった。だが根拠を感じられない自信がその女性の表情には現れている。お前ならやれる、そう言われているようでその表情を見ていると優也もどこかいける気が……。
「って。そんな風に行ってこいって言われも……やっぱりむ――」
だが無理なことは無理でそのことを伝えようとした口を突然、女性の唇が塞いだ。泣き言なんて聞きたくない、とでも言うように。
だが優也にそんなことを考えている余裕はなく突然のことに目を大きく見開き、驚という感情の渦にただただ呑まれるだけ。すると意識の外から飛び込んできた口に広がる鉄の味に少しだけ我を取り戻した。
「(なんだこれ。血の味?)」
そんなことを考えている間に唇を離した女性は塔屋の上へ一っ飛びで登ると縁に腰を下ろす。そして宙に放り出した脚を組み高みの見物といった雰囲気。
一方、優也は眠りに落ちるように意識が段々と薄れていくのを感じながら最後は力なく俯いた。
「後は頼んだぜ人間。いや、今は人間じゃねーか。眷属ちゃんよ」
すると優也は俯いたまま体を拘束するモノをいとも簡単に引き千切り、そして立ち上がった。意識は無くまるで催眠術にかかったような状態のまま佇む優也。
そんな優也へ訝し気な視線を送っていた犬族だったが、唐突にその表情は一変。かと思うと冷や汗を流し始めた。ついさっきまでの怒りは一瞬で冷めその表情はどこか怯えている。
だが一方で女性は首を傾げていた。
「これはやりすぎちまったな。量間違えたか? ちょっとだったはずだけどな」
そんな女性を他所に俯いていた優也がゆっくりと顔を上げ始めた。
動けずにいた犬族の目に映った優也が顔を上げきるとその姿は一瞬にして消えた。かと思うとすぐに目の前へ出現。あまりの速さに唖然とする暇もなく、右側から重い衝撃が襲い掛かり、気が付いた時には犬族の体は飛ばされてた。
だが空中で体勢を立て直し、地面に爪を立てることで何とか勢いを殺す。そのおかげで柵にぶつかる直前で止まった。ダメージを最小限に抑える事に成功した犬族は優也の方へ視線を戻す。彼は自分を飛ばしたであろう足を下ろしていた。
その姿を四つん這い状態で睨んでいた犬族は剥き出しにした歯を食いしばり唸っていた。
それから数秒の沈黙がその場に訪れる。だがこの沈黙は長居はせずすぐどこかに立ち去った。
犬族はこの三十秒も満たな間に自分が目の前の男に、優也に敵わないことを悟る。しかし散っていった仲間を思い出し、そっと逃げるという選択肢を頭から消した。
そして腹を括ると雄たけびを上げて自分を鼓舞し、四つん這いのまま闘牛の如く走り出した。
「うおおおぉぉぉ」
その距離をどんどん縮め佇む優也を間合いに捉えると、喉元へ狙いを定め襲い掛かった。大きく開いた口が月明りに照らされ、線を引く唾液と牙が不気味に光る。
そして牙が肉に刺さる生々しい音が響くのと同時に口の中に血の味が広がり、零れ落ちた分の血が地面に滴る。
だが実際に牙が刺さったのは喉元ではなく割り込んで来た左腕。
喉ではなかったものの顎に力を入れ左腕を噛み千切らんとする犬族。牙は肉を掻き分け徐々に奥深く刺さっていきそれに呼応するように溢れた血は優也のYシャツにシミを広げていった。
しかしあともう少しというところで突然、胸にひんやりとした冷たさを感じ同時に目を瞠った。そして次第に体の力が抜けていくと段々、顎に力が入らなくなっていく。
犬族は僅かに残った力を振り絞って眼球だけを動かし、冷たさを感じた胸の方を見遣る。そこには自分の体と繋がるように刺さった腕があり、それを辿った先にはこちらを真っすぐと見つめる赤い双眸。目が赤いということに違和感を感じたが、それを記憶の中の優也と見比べ確認する時間はもう残されていなかった。
無情に光る赤目、それが犬族が心に満ちていく死の恐怖と共にこの世で最後に見た光景。
優也はまるで人形のようにぐったりとした犬族から腕を引き抜くと、血で真っ赤に染まった右手でまだ左腕に食い込んだ牙を抜き取った。
そしてまだだらだらと血の溢れる牙跡がついた左腕を眺めていると、後方からの着地音に反応し振り返る。あの女性が降りてきていたのだ。
「よくやった。そんじゃこれ解いてくれ」
何も答えることはなくただぼーっとした意識の中、女性に近づき体を縛る紐のようなものを掴むと左右に引っ張り引き千切る。
すると突然、優也は電源が切れたようにその場に倒れてしまった。それを見た女性はその場にしゃがむと優也を何度かつつく。
「おーい。大丈夫かー?」
だが、返事はない。
「まぁ、無理もねーか」
納得した様子で呟くと女性は優也を担ぎ上げここまで来た方向をまた屋根伝いで戻って行った。
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