【12滴】悲鳴の指揮者

 優也の悲鳴を最後まで聞くと、今度はナイフを抜かずに手を離し立ち上がると机へ歩き始めた。女性がスマホの画面を血の付いていない方の手でワンタップすると流れていた音楽が消えた。


「きみ声だけ聞いてたいから消しちゃうね」


 それはまるで愛する者へ言うような口調だったが、これがもし愛だとするならばかなり歪んでるということは言うまでもない。

 音楽を消し戻る途中、女性は机から針と糸、ハサミを手に取った。それらを持って戻るとまず刺さりっぱなしのナイフを何の合図も無しに一気に抜き取る。刺された時ほどではなかったが、それでもその痛みは尋常ではなく口に収まり切らなかった苦痛は声として外に溢れ出した。そんな声に釣られるように傷口から溢れ出す鮮血。

 だがそれを気にも留めてない女性は、ハサミで刺し傷部分を囲うようにスーツズボンを切り取り始める。二つの傷が見えるように四角のような円のような雑な形で切り取ると血に塗れたハサミを地面に置き、次は針と糸を手に取った。


「私ってー。結構器用だからお裁縫も得意なんだよ」


 自分で言うだけの事はあり糸を一発で通すと手際よく玉結び。そしてどうだと言わんばかりに優也の顔を見上げた。

 だがそんな事は今の優也にとってどうでもよく、彼女がしようとしていることに対しての拒絶感で一杯だった。


「や……めて」


 既に三度も大声で悲鳴を上げたせいか息は切れ、腿からは常に鼓動に合わせて痛みが伝わってきていた。そんな状態で首を横に振りながら発したその言葉は心の奥底からの懇願。


「大丈夫だって私上手いから。別に焼いてもいいんだけどあの匂いが好きじゃないから縫ってあげるね」


 だが笑みを浮かべそう言うと麻酔など一切なしに針を皮膚に通し始める。傷口のことなど気にせず縫っているのか痛みはより激しく、そして荒々しく伝えられた。無防備に痛みを受け入れるしかない優也は、どうにか必死に耐えようとするがあまりの痛みに時折声は漏れた。

 一方、縫っている女性は楽しそうに鼻歌を歌っていた。そして最後は歯で糸を切り一つ目を縫い終えたところで彼女の手が止まる。


「言い忘れてたけど、痛かったら思いっきり鳴いていいからね。じゃないと痛くないのかと思ってもっと痛くしちゃうから。それとここ防音だしそもそも聞く人がいないからそこら辺は安心していいよ」


 相変わらずの笑みで狂気としか思えないことを言ってのけた彼女はもうひとつの傷口を縫い始める。

 そして自信があるのも頷けるほど綺麗な縫い目の傷口が二つになると針をニードルクッションに刺すかのように傷口付近の腿に刺した。だが今の優也にとってはその程度の痛みは大したものではなかった。


「あっ! そーいえば忘れてたけど、傷口って縫う前に消毒しないといけないんだよね」


 女性はそう呟きながら立ち上がるといくつかある棚のひとつに向かい、開き戸の中から消毒液を取り出した。それを持って戻ってくると突然、眉を顰めながら少し口を尖らせ、人差し指を口の下に当てた。


「あれっ? でも消毒液じゃなくて水洗いの方がいいんだっけ? 石鹸がいいんだっけ?」


 首をあちらやこちらに曲げ悩んでいる様子。


「まぁ、どっちでもいいか」


 悩んだ割には適当な結論を出した彼女は結局持っていた消毒液の蓋を開けた。そしてそれを傷口に向け適当にかけた――というより適当に零した。明らかにかけすぎな消毒液は血を洗い流しながら傷口に突き刺さるように染みていき、同時に痛みが優也を襲う。だがこれには歯を食いしばり耐えた。


「これで綺麗になったね」


 童顔も相俟って更に愛らしく見える無邪気な笑顔で笑いかけた女性は腿から針を抜くと消毒液と一緒に道具の置かれた机へ。針を机に置くと消毒液で手に付いた血を簡単に洗い流しタオルで拭き取る。

 そしてその手できゅうりをひとつ摘まみ食べると咀嚼しながら次の道具を選定し始めた。道具を見るその眼差しはさながら服を選ぶ女の子。そしてきゅうりを飲み込む頃に手に取ったのはメス。それを持って優也の所に戻る。


「もう……やめてください」


 既に嫌というほど苦痛を味わった優也は汗をかきながら泣きすがるように頼んだ。


「ここからがいいんだって。まぁまず聞いてよ。爪を剥がすとか指を折っちゃうとか腕に釘を打ちこむとか色々考えたけど、やっぱり最初は軽く切っちゃうってのがいいよね」


 聞いているだけで痛みに襲われそうな内容を指を折りながら列挙していくその表情はこれらの内容が楽しいイベントだと語るように輝いていた。


「だけどその前に……」


 そう言いながら手が届く距離まで近づいてきた女性は横にしたメスを優也に咥えさせた。そしてネクタイに手を伸ばす。


「それで私を切りつけるのダメだよ。まぁそれも悪くないけど今はだーめ」


 子どもに注意するような口調でそう言いながらネクタイを解くと適当に投げ捨て、次はYシャツのボタンをひとつひとつ外していく。そして地面から先ほどのハサミを拾い上げるとあっという間に服を切った。これで優也の上半身は(ベルトに固定されている所為で脱げない)袖と肌着だけに。

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