第77話 獣人、言い訳を考える

 言い訳という分野において政治家は間違いなくプロフェッショナルだと言えます。いえ、正しくは政治家は政治のプロフェッショナルなのですが政治のプロフェッショナルは言い訳にも精通しているわけです。その理由に関しましては各々の想像にお任せしますが。

 そして言うまでもないことだとは思いますが王族ってものは生まれながらの政治家なわけで、つまり僕は生まれながらにして言い訳のプロ、ということになるわけです。もう王族でも政治家でもないですがなんせ生まれ持ったスキル、充分に誇れる技量があるとは思っていたのですが。


「マジで全く何も考えてらっしゃらなかったと?」

「マジで全く何も考えてなかったね……」


 『ハアトに触れてはいけない理由』に関してはそもそも考えるということすらしていませんでしたとさ。めでたしめでたし。……これで終われれば色々と楽なのですが、生憎現実はそう甘くもありません。

 ハアトが二度と人間――ことイルエルではベルを除いた人族との接触事故を起こさないように練った二つの施策。僕に対するものが『避けられるように特訓する』ならば、村の人々に対するものが『ハアトに触らないでと呼び掛ける』というものでした。


「『触らないでと呼び掛ける』のはルアン様の案だったと思うのですが」

「いやだってこの数日色々あったからさ……頭回ってなくて」

「あれだけのことを経ても考えなしなルアン様を見ていると日常を実感しますね」

「そういう意味ではベルの刺々しい発言も可愛げを感じるよね」

「は?」

「素直に怒気を滲ませるのやめて」


 最近の若者がキレやすいと言われて長いですが今僕は絶賛それを実感しているところです。ベルはキレやすく僕は切れ者。……なんて小粋なジョークを挟もうかとも思いましたが言い訳を一つも閃かない時点で切れ者でもなんでもないので今回は発言を控えさせて頂くことにします。


「言い訳ねぇ……前に誰かに聞かれた時は『ハアトが触られるの嫌いだから』って言った覚えがあるけど」

「しかしそれでは強制力に欠けます」

「強制力? 説得力じゃなくて?」


 てっきり僕は『触らないで』という言葉に説得力が欲しいがための言い訳だと思っていたのですが、ベルからはもっと強い言葉が出てきました。


「もちろんイルエルの方々を信頼していないわけではありませんが、子どももいる以上、『触らない』と確信させるだけのものが必要だと思います」

「ふーむ……嫌いだから、じゃ足りない?」

「好きで嫌がらせをするような方がいるとは思いませんが……少し弱いかと」

「……そう言われるとそんな感じもする」


 思い返さずとも考えてみれば、ハアトが村に下りれば大勢の子どもたちから興味深々に囲まれるわけです。子どもたちがその辺を徹底できるか否かは……確かに考える必要がある気がします。


「……つまり言い方は悪いけど『触りたくない』と思わせるほどの理由の方がいいってこと?」

「そういうことになりますね。少し過剰ではありますが」

「いや、触ったら即アウトな訳だし言うほど過剰でもない気はするけど……」


 僕とマリアさんは奇跡的に助かっているだけで、基本的にドラゴンを怒らせれば即死案件なわけですからここまで言っても注意喚起としては過剰なはずもありません。

 ……ただ、懸念事項と致しましては。


「それ、ハアトが村の人から嫌われることにならない?」

「はぁ」


 僕はハアトの今後の生活を懸念したのですが、ベルは至極どうでもいい風な生返事を返すばかりでした。


「『はぁ』ではござらんのよ」

「いえ、私としてはそこはどうでもいいので」

「仮にも家族なんだからもっと気を遣って」


 嫌ってるにも程がある。……ハアトも色んな意味で教育していく必要がありますが、ベルにもいくらか認識を改めてもらう必要がありそうです。

 ただ一応僕が苦言を呈したからかそういう方面で考える気にはなってくれたようで、しぶしぶの顔つきはしつつベルも考え込みます。


「しかしそうなるとルアン様、悪印象を軽減しつつ強制力と説得力を兼ねた言い訳が必要になるわけですが」

「浮かんだら苦労しないよねー」

「口ばっかりですね」

「よく言われる」


 情報を出してくれてるベルには申し訳ないのですが、今のところ僕は文句を言ってばっかりです。自分でも自覚しています。しかし浮かばないものは浮かばないので、ここはいっそ当事者に意見を聞いてみることにしました。


「ハアトー、ちょっといい?」

「なーにー?」


 僕らの眺める畑の先、ちょうどお昼ごはんの熊を食べ終えたと見えてご機嫌に骨の山を見下ろしているドラゴンに声を掛ければのんびりとした返事が返ってきます。機嫌も良さそうなので僕はストレートにハアトにも案を求めることにしました。


「ハアトが触られないための言い訳を考えてるんだけどさ」

「ごくろうさま」


 物理的にも上から目線の労いです。いや、上位種族様に労って頂けるだけありがたいのかもしれませんけれど。一応夫婦という対等な関係のはずなんですけどね?

 それはそうとして改めて。


「ハアトからは何か意見ない?」

「ハアトがさわられないためのりゆうかー……」


 上位種族様は少しだけ考えるように尻尾をもぞもぞ動かすと、大きく頷いてから提案しました。


「ハアトがいやがるからだめ!」

「いやそうなんだけどさぁ」

「先刻のルアン様と同じこと言ってますよ、よかったですね同レベルで」

「ぐぅの音も出ないけどさぁ」


 僕らの会話を聞いた上でハアトがこの結論を出しているのだとしたら大変愉快なボケって感じなんですけど恐らくそんなことはないのでしょう。

 しかしまぁ、ハアトには当事者だからでしょうか。僕の苦し紛れ以上の説得力があるとの自信があるようで。


「きょうせいりょくならたっぷりあるよ」

「ほう?」

「ハアトにさわるとしぬ。だからだめ」

「強制力という点においては現時点で理想的だけども」

「このてにかぎる」


 ハアトは自信満々ですが、そもそも『触ると死ぬ』という言い訳を理解するにはハアトがドラゴンだということを理解しなければいけないのでダメです。熟慮するまでもなく僕としては首を横に振るしかありません。


「残念ながら不採用です」

「そんなー」


 残念そうな声と共に翼がへにょんと力なくしおれます。かわいい。見た目はめちゃくちゃ厳ついドラゴンでも中身はあのハアトですし声色は特には変わらないので不思議な感覚ではありますが、慣れてしまえば愛着も湧くというものです。……ふむ、見た目か。


「ふと思ったんだけどさベル」

「聞きましょう」

「仮にカルロスさんが『オレが嫌だから触んな』って言ってたら説得力にも強制力にも足りると思わない?」

「……つまり、見た目に即した言い訳が必要だと?」

「さすがベル、察しが良い」

「それほどでも」


 『嫌だから触らないで』がハアトの場合通らないのは、彼女(人間態)が幼くて可憐な少女の姿をしているからではないのか、という仮説です。当然本来の姿の彼女が言えばカルロスさん以上の言説パワーを誇ってくれるでしょうが、生憎それができない大前提なので……つまるところ、ハアトにはハアトの言い訳があるはずだ、という話でした。


「ハアト、そのままゆっくりしてていいから人間の姿になってもらえる?」


 そうと決まれば実物を見た方が考えやすいだろうということで、僕は食後のひなたぼっこに興じているハアトへお願いしてみます。


「どうしてもっていうなら!」

「どうしても」

「ハアトすきっていってくれるなら」

「ハアト好き」

「うふふ、ルアンさまはしかたないなぁ!」


 取り敢えず求められるがままに応じてみたのですが、ハアトの気分がよくなったようなのでそれで良しとします。僕が『これからハアトを好きになる』とか『ハアトを好きってことにする』と宣言した影響か、最近はこういうやり取りが多いのも事実です。当然悪い気はしません。

 なんて考えているうちに黒い巨躯のドラゴンは淡い光と共に変身、腰ほどもある黒髪を雑になびかせる少女になります。そこに変身バンクなど挟まれる余地は一切なく、つまるところ一瞬です。何の感慨もない。いや何の話だよって感じですけれど。


「じゃあハアトひなたぼっこのつづきするね」

「ご自由に。日の当たる面積を減らしてごめんね」

「ようりょうもへってるからかまわないのさ」


 ……トカゲやらは変温動物で日光浴が必須、みたいなことは王宮にいたころ勉強した覚えがありますがドラゴンもそうなんでしょうか。……いやいや、上位生命体ですからさすがに何らかの手段で恒温でしょう。……その辺ハアトから聞いたことなかったっけ。

 ともかく彼女が人間態になってくれたので僕とベルは改めて実物を眺めてみます。


「……確かにアレに『嫌いだから』で触らせない威圧感はないよね」

「その認識が余計アレの恐ろしいところでもあるのですが……ふむ」

「おっ、鋭い眼光」

「やめて」


 さすが感覚機能が我々人族より数倍鋭敏な獣人族とでも言いましょうか、その鋭い視線をもって地面をごろごろするハアトを観察し始めます。その様子を端的に表現してみたのですけれどベル的には気に食わない表現だったようです。


「……どう?」

「『どう?』ではなくルアン様も多少は考えて頂きたいのですが」

「考えてるよ、獣人の観察力には及ばないけど」

「視力ならまだしも観察眼は関係ないと思いますけど……」


 まぁそれもそうだね、と僕が口にしようとした瞬間のこと。

 ひなたぼっこするハアトをただ見ていただけのベルが何かに弾かれたように顔を背けました。


「うっ」

「ベル?」


 何事か、と思って一瞬僕の全身が緊張するのですが……しかし特に何もなかったようで、ベルは瞼をしぱしぱさせながら首を横に振ります。


「……いえ、失礼。ハアトの逆鱗が反射して」

「あぁ……光沢あるもんね」


 この数奇な運命を生み出した元凶である、人間態のハアトには顎の下、首元にある真っ黒い逆鱗。人間態ハアトの外見で唯一見られるとマズいものなのですが……まさか日光も反射するとは。


「視力が良いのも考え物だね……」

「逆鱗……なるほど、逆鱗……!」


 幸か不幸か僕には特に影響がなかったので他人事のように思っていたのですが、しかし僕とは違いベルは件のハアトの逆鱗からヒントを得たらしく、僕に向き直ってクールな笑みを浮かべるのでした。


「ルアン様、良い言い訳を閃きました」

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