5-5





 上空より槍を投げた鳳香と真希は全速力で槍と併走し、紗理奈とロメルスが戦っている場所へと急いだ。


 二人ともほぼ同時に戦場へと到着し、槍がバックパックを貫くのを見届ける事はできなかったものの、この作戦が成功した事は確認できた。


「こういう作戦でしたか」


 秀吉はひょいと後ろに飛びすさり、真希達と距離と取った。


「ふふ」


 秀吉は不気味な笑い声をスピーカーから漏らした。


「甘いですよ」


 槍が刺さっているバックパックを捨てた。


「こんな事もあろうかと、予備を一つ持っているのですよ」


 秀吉がそう言っているのを真希も鳳香も聞いてはいなかった。


「紗理奈!」


「紗理奈さん!」


 倒れている紗理奈に二人して駆け寄っていた。


「あ……」


 紗理奈が鳳香の声に反応し、閉じかけていた目をぐっと見開いた。


「……」


 二人は倒れている紗理奈の姿を見て、思わず声をあげそうになった。だが、それをぐっとこらえ、紗理奈の側でしゃがみ込んだ。


「……お姉様」


 顔は青ざめていて、生気が全くなかった。


「……」


 そんな紗理奈を抱き寄せたい衝動に鳳香は駆られていたが、それをこらえていた。


「……わ、私……や、やりましたよねっ?」


「ええ、十分に役目を果たしてくれましたわ」


 健気な紗理奈の言動についつい抱きしめたくなる。だが、それを我慢しなくてはいけない事を鳳香も、真希も痛いほど分かっていた。


 倒れている紗理奈の身体を高速道路の骨組みに使われている鉄筋が貫いているのだった。


 傷口から臓器が損傷しているのがはっきりと見え、もう助からないであろう事を明示していた。


「は、早く……終わらせてください……そ、そうすれば、お姉様とデートができるんですよっ……」


「ええ、そうね」


 鳳香は紗理奈の手を取り、優しく握りしめた。


 健気にも紗理奈も握りかえしてくる。


 笑顔を見せようと精一杯努力しているのだが、力が入らないのか、取り繕うことさえできていなかった。


「どこ……い、行きましょう……わ、私は……お姉様と……い、一緒なら……どこ……でもっ……」


 紗理奈の手からふっと力が抜けた。優しく握りしめたが、反応はなく、ただただ柔らかい指の感触が伝わってくるばかりであった。


「……ッ」


 鳳香は涙を滝のように流したかったが、それを一生懸命こらえた。


 戦場では涙を見せるな、という師匠の言葉が脳裏に焼き付いているのもあるが、まだ戦いが終わっていないのに泣いてしまうのは、紗理奈を裏切るようになる気がしてできなかったのだ。


「……真希さん」


 鳳香は紗理奈の瞼をそっと閉じてやり、真希に声をかけた。真希も鳳香同様、泣くのを耐えている。気持ちは鳳香と一緒であった。


「……何?」


 声が震えていたが、それを真希は必死になって隠そうとつとめた。


「長門をお願いします。私はそこの敵を……」


 鳳香は紗理奈の手を離し、肩を震わせながら立ち上がった。


「……うん」


 唇をぐっと噛みしめ、そう返事をするなり、真希は鳳香に表情を見られまいと天高く飛び上がった。その姿はすぐに点のようになって、見えなくなった。


「私が……相手をしましょう」


 鳳香は秀吉に背中を向けたまま、怒りを押し殺して言う。


「相手? また倒れるのですか? ふふ、弱者というものは無駄に大口を叩くものですね」


 バックパックの交換を終えて、秀吉は再度球体を展開させた。


「真に強い者は弱い者をいたぶりなどしません」


 鳳香はくるりと身体ごと振り返り、秀吉の機体と対した。


「弱い奴が悪いんですよ! すべからく弱い者が悪なのですよ。私の事をゴミだと罵ったあの女も弱いから悪かったのですよ。たかがナイフの一突きで死んだのですからね」


 何を言っているのか分からなかったので、あえて聞き流すことにした。


「神器『黄泉之誘よみのいざない』よ。私の元へ」


 鳳香は天へと手を伸ばした。


 この言葉に応えるように空が避け、一本の七支刀が飛来してきた。


 ねらい澄ましていたかのように、その刀は鳳香のすぐ側の地面に突き刺さった。外見は錆だからで、なまくら刀としか思えない一品であった。


「あははっ、斬れそうにない刀で何をしようというのです?」


 完全に小馬鹿にしている言葉に全然反応しないで、鳳香はその刀を地面から抜いた。


「私の命を使って……」


 そう呟いて刀身にそっとキスをすると、その刀自体が緑色の光を放ち始める。刀の柄を両手で握り、怒りに満ちた目で秀吉を凝視した。


「またその力ですか。また屠ってあげますよ」


 両手を上げ、ロケットミサイルを同時に発射させた。


「命は消してはいけないものなんですわ」


 鳳香は緑色に輝く七支刀を振り上げ、深く沈んだ声で言った。


「人をゴミのように見ているあなたには一生分からないでしょうね」


 まだ目前にロケットパンチが迫ってきていないというのに、鳳香はその刀を振り下ろすと、前方の空間がぱっくりと割れ、二つのロケットパンチがその割れた空間のところに引っかかり、アクセルをふかしているだけのような状態に陥った。


「閉じていいわ」


 鳳香が言葉に従うように、割れた空間が瞬く間に元に戻った。


 引っかかっていた箇所がすっぽりと空間に食われ、まるで何かに囓られたかのように欠損したロケットパンチがぼとりと地面に直下した。


「あなたには分からないでしょうね。黄泉路を歩く人の気持ちが」


「な、なんなんです、い、今のは!」


 秀吉は何が起こったのか分からず茫然自失としている。


「でも、それもすぐに終わります。あなたが黄泉路を歩く番ですから」


 鳳香は秀吉に向かっていくべく、空へと飛んだ。純白の巫女服をひらひらとさせながらも、刀を振り上げる。


「ああああああっ!!」


 秀吉はその斬撃を防ぐべく行動しようとするが、両腕を失っている以上、なすすべはなかった。


「最後のたむけですよ」


 アンチマジカルシールドを完全に無視するように、真っ向に空間とロメルスを切り裂いた。機体のちょうど真ん中にぱっくりと割れた空間ができ、そこに秀吉の機体がはまっているような形になっていた。


「黄泉路でお会いしましょう」


 鳳香は秀吉に対して、はなむけとも言える笑顔を投げかけた。


「ほ、堀はまだう、埋まってなど……!!」


「閉じていいわ」


 秀吉が何か言いかけていたが、その事など無視して空間を閉じさせた。


 主人と機体の大部分を失い、鉄くずと化したいくつかのパーツが地面に落ちていくのをぼうっと見つめながら、


「私は最初から神器を使っていたら、紗理奈さんは……。おごりすぎていたのかもしれませんね、私の力そのものに……」


 と、自分の無力さを責めるように悲しげに言った。


 神器『黄泉之誘』は、刀の持ち主の生命力と引き替えに、現世に黄泉への出入り口を作り出す刀であった。


 そこが現世であれば、なんであろうと斬ることが可能である。


 この刀によって斬られた者は黄泉路へと送られることになる。


 黄泉路への入り口など滅多に作り出してはいけないということから神器扱いになっており、鳳香が体得している能力と相性がいいことから代々この神器が伝えられている。


「ハァ……」


 ため息を一つ。


「私はどうがんばっても魔法少女にはなれませんでしたね。ねえ? 紗理奈さん」


 鳳香はロメルスの残骸に背を向け、紗理奈の方へと一歩一歩確かめるような足取りで歩いていった。


「紗理奈さん。デート、どこに行く予定だったの? 今なら……今なら……」


 紗理奈の身体を抱き上げ、そう訊ねるが、当然の事ながら返事はなかった。それでもなお、


「紗理奈さん。私が送って差し上げます。これが今の私にできる唯一の償い。黄泉路へは一緒に……」


 と呼びかけ、手にしていた刀で空間を切り、黄泉への出入り口を開ける。そして、その中へと紗理奈を抱きしめたまま入っていった。大粒の涙をぽろぽろと流しながら……。


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