2-3
そこが市街地であったとは思えないほど、瓦礫の山と化していた。ビルや家は崩れ去り、ただの瓦解した『何か』にその姿を変え、もくもくと黒煙が至るところから上がるその発生源は形ある頃は戦車や戦闘機であったのが、その残骸から察せられた。
そこはもう戦場であった事を指し示すものしか残されていない。
その戦場の中で蠢く物……それは、五機のロメルスだけであった。
ここに派遣された日本自衛軍は、この五機のロメルスによって、僅か一時間で壊滅させられた。ここからでは見えないが、海上から直接浮遊要塞をミサイル攻撃していたイージス艦も撃破されており、被害は甚大なものとなっていた。
その五機は周囲を警戒するようにじっとと立ち止まっている。ある程度の間隔を開け、ライフルを手にし、不測の事態に備えていた。
そのうちの一機の前に、黒点がポツンと出来た。その点は即座に広がり、大きな穴と化した。そして、そこからゆっくりとした動作で鳳香と真希が顔を出し、穴からヒョイと飛んで地上に降り立った。
「ん?」
真希が目の前に立つロメルスを見上げて、真希の身長の十倍以上はあろうかと思えるその巨体をしげしげと眺めた。
「ねえ、鳳香。こいつら、弱そうだね」
ロメルスの足の装甲に触りながら、真希は鳳香の方を顧みた。
「どうでしょうか? 見た目から判断するのは早計ですわ」
鳳香も同じようにその巨躯を見上げる。鳳香もそうだが、真希も恐れというものがなかった。
「なんだ、お前達は」
外部スピーカーから男の声がした。足下に二人にいる事に気づいたロメルスが動き、手にしていたライフルの銃口をその二人に向ける。
「女の子に銃を向けるなんてサイテーね」
そうされても、二人は全く動じなかった。
「なんだと訊いているのだ」
男の語気が強まった。戦闘状態が続いていたからか、アドレナリンが分泌され続けていた。人を殺す『味』をしめてしまったのかも知れない。
「倒しにきたって言えば分かってもらえる?」
ばつが悪そうに頭をかきながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「これ以上、暴れて欲しくはないということですわ。分かっていただけますでしょうか?」
真希では説明不足だと感じたようで、鳳香がしっかりと補足した。
「何を言ってやがるっ!」
ライフルの引き金を引こうと指が動くが、それよりも早く鳳香の手元が動いた。胸元から一枚の赤い御札を取りだし、それを銃口目がけて投げつける。
御札が銃口にピタッと貼り付いた瞬間、爆ぜた。
ドンッという爆音と共に、黒と灰の煙をまき散らす爆風が起こる。
その風に合わせるように真希は地を蹴り、空へと舞い上がる。ロメルスの頭がある位置まで行くや否や、蹴りの構えを取る。そのまま、ギラギラと異様な輝きを見せる頭部分に蹴りを見舞った。
「な、何ぃぃっ?!」
その一撃だけで重装甲の巨躯の足が地面から離れ、緩やかに倒れていった。
「やっぱ何も付けないと蹴りの威力がしょぼいね」
真希は宙でくるりと一回転してから着地し、不満げに表情を曇らせた。
「でも、女の子にしては怪力な方だと思いますわ」
さらりと傷つくような事を口にする鳳香。
「……怪力? これくらい普通、普通」
拗ねたような目で鳳香の事を見やり、自分に対して肯定するよう口ずさむ。
「な、なんだってんだ、これは……」
そんな二人のやり取りとは関係なく、倒れたロメルスが緩慢な動作で起きあがった。
さきほどの蹴りの跡が頭部の歪みという形で残っており、その威力を雄弁に物語っていた。その一機が吹っ飛ばされた事に気づいた他の四機もこちらに銃口を向け、戦闘態勢を取り出していた。
「本気で行く?」
「当然ですわ」
二人は見つめ合い、そして、頷き合った。
真希は黒い鉢がねを短パンのポケットから取り出し頭にサッと巻いた。
「来い! ボクの武御雷之装束!」
そう叫んだ後、真希の身体が金色に輝き始める。
その横で鳳香が、胸元より取り出した黒いお札を二つの指で挟み、顔の前に持って行く。そうして、目をつむり、言葉を放つ。
「天照らす御心よ、我が衣になりて、その志を我に伝えよ」
鳳香の身体が真希同様に光り始めた。
真希の方の輝きが段々と弱まっていた。
手から光が去ったかと思うと、そこには黒光りする腕と手の輪郭を崩していないで綺麗に形取った小手が、
足から光が明滅し、やがて収束すると、そこにはこれまた黒光りする脚絆が、胴から光が退くとそこには、これまた黒光りする鎖帷子が真希の身体を覆っていた。
「ボクの拳はすべてを打ち砕く! 鮮烈なる旋風の真希、ここに推参!」
真希は決めポーズを取りながら、そう言い放つ。
鳳香から発していた光は、段々と鳳香から離れ始めるも、その光はその身体を守るようにその周りをゆっくりと旋回していく。
光はいつしか身体に密着し、衣服のような姿へと変化し始める。
白と赤に彩られた巫女服へと変化した。
白い袖長白衣は普通の巫女が着ている物と変わりないが、巫女袴は通常のものよりも短く、太ももが少しだけ見えていた。
「御札に私の真心込めさせていただきますわ。静かなる霹靂の鳳香、参ります」
鳳香はそう言い、畏まりつつ一礼した。
古来より虚ろの民の間で伝えられてきた、己の能力を高める機能を備えた戦闘着であった。
「……さて」
状況判断を行っており、動こうとしていない五機のロメルスを尻目に真希がくっと背筋を伸ばす。
「ボクが三機受け持つけどいい?」
「では、私は残りの二機を」
また見つめ合い、首を縦に振り合った。
「何をごちゃごちゃと!」
さきほど蹴り飛ばされたロメルスがライフルを構え、引き金を引いた。銃声と共に弾丸が無数に二人へと向かっていく。
「そんなんじゃ、ボクは殺せないよ!」
真希のいる場所に風が吹いた。刹那、二人の姿がかき消え、真希だけがライフルを乱射した機体の胴体部分の前へと一瞬のうちに出現し、一息吸い込み、一息吐き出し、その息と共に拳を繰り出した。
ドン、という衝突音と共に胴体部分が一気にへしゃげ、ミシミシと金属をきしませながら、その巨躯が地面へと叩きつけられた。そして、止めとばかりにかかと落としを見舞い、頭からその機体が真っ二つに割った。
「次ぃっ!」
次の獲物を狙うような目で他の機体を睨み付ける。
直後、燃料に引火したためか、盛大な爆発が発生した。だが、真希がそこにはもう真希の姿はなかった。
真希がまたその姿を見せたのは、立ち往生するばかりの機体の前であった。
一息吸い、一息吐くその瞬間に横薙ぎのキックを出すなり、金属であるはずの機体がまるで紙のように避け、上半身と下半身とが分断された。
蹴りの体勢のまま、クルッと身体を流れに任せて回転させた後、まだ落下し切れていない上半身の部分をまるでボールを扱うように蹴りあげた。
打ち上げられた上半身と、地面にそのまま項垂れるように倒れた下半身とが同時に盛大に爆ぜる。
「これが神の遺産? そんなワケないかもね」
次へとは向かわずに真希は悠然と地に足を着け、髪をかき上げた。
「……鳳香は?」
どこに行ったのかと目で追い始めた矢先、ずっと向こうに立ち、じりじりと後ずさりを続けていた機体の真下から雷で出来た龍が現れ、機体を丸ごと飲み込み、天へと昇っていく。
「ああああっ!!」
パイロットの絶叫が木霊した時に、龍の胴体がふくれあがり、そして、噛みついている機体を巻き込んだままはじけ飛んだ。
「お次は……?」
最初真希達がいた場所に鳳香はいて、赤い御札の束を手にし、悩ましげな表情をして次の敵をどちらにすべきか吟味していた。
「こ、この……ば、化け物が!!」
一機が手にしていたライフルを鳳香に向け、乱射し始めた。
「失礼な人ですわね」
胸元より今度は黒い御札を取り出すと、赤い炎に包まれてすぐに燃え尽きた。
「私も真希さんも普通の乙女ですわ」
鳳香の前に何かバリアーか何かがあるかのように弾丸が四方八方へとはじき飛ばされていった。
「じょ、常識が……通じない?」
パイロットの声が震えていた。
「あなた方も十分に非常識だと思いますよ」
ニッコリと純真な笑みを浮かべる鳳香。手にしていた御札の束が緑の炎に包まれ、すぐに消滅した。だが、その炎はそこに留まり、炎の鳥へと変貌した。
「花鳥風月」
他人に見えるかどうか分からないほどの笑みを口元に刻んだ。
それを合図としていたように炎の鳥が羽ばたき、さきほどまで鳳香を攻撃していた機体へと一直線で向かっていく。
「あぁぁ……ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁっ!!」
パイロットの言葉にならない声がスピーカーから漏れ出てきているが、鳳香は表情を変えなかった。炎の鳥に向かって、ライフルを撃ち続けているが、無駄であった。その身体にすべての弾丸が飲み込まれている。
炎の鳥がロメルスの機体に直撃した。機体が爆炎に包まれ、その表面を黒く焦がすだけでなく、装甲までもドロリと溶かし始める。燃料に引火してか、もの凄い音を立てて赤い閃光となった。
「お、お前達は……あ、悪魔か!」
残った一機のパイロットはあからさまに倒錯しきっている声でわめき立てる。
「悪魔? ボク達は違うよ」
対照的に冷静な声で答える真希。
「……何かと訊ねられたらこう答えようと真希さんと決めていたんです。私たちは……」
真希と鳳香は信頼しきった目で見つめ合った。
「魔法少女」
二人は声を揃えて、そうしっかりと言葉にした。
「な、何バカな事を!」
ライフルを構えてはいるが、引き金を引くに引けない状態になっていた。引いたら最後、一瞬にして撃破されてしまう事を畏怖している。
「もしかしなくても、怖じ気づいてる?」
真希は嘲笑を浮かべたまま、つかつかとその機体の方へとゆっくりと近づいていく。
「その豆鉄砲で勝てる気がしないなら格闘で戦ってみたら? 一回くらいは攻撃させてあげるよ」
ロメルスの方に手を伸ばし、人差し指を向け、そして、くいっ、くいっと指で誘うように挑発する。
「ふ、ふざけるな!」
パイロットは思いっきり叫び、ライフルを投げ捨てた。
「お前に指図される覚えはない!」
ロメルスのかかと付近にあるキャタピラを作動させ、瓦礫の山を崩しながら真希へと高速で迫ってくる。
「そうじゃないと」
そんな呟きをもらしてる間に、目の前にまで機体が迫ってきていた。腕を振り上げ、一気に叩き潰そうと振り下ろした。
「巨大だから有利って事はないね」
その一撃を余裕の顔をしたまま、片腕でガードし、
「ボクに言わせれば、信念のない一撃なんてそよ風みたいなものなんだよ」
己の体重の何倍もあろうかと思える重装甲の腕をパッと払いのける。その間に目を閉じて息を吸い込み、地へと力を込めて前へと飛ぶ。息を吐く動作と足を前へと突き出し動きとを連動させた。
真希の跳び蹴りが見事にロメルスの胴体に当たり、メキッ、と金属が脆くも砕け、そして、その機体にものの見事な風穴が開けた。
「張りぼてみたいだよ、ただの鉄の塊なんて」
華麗に着地し、ツインテールが崩れていないか指で確認し、ふぅっと安堵の息をもらした。
「ば、化け物がぁぁぁぁっ!!」
パイロットの断末魔の響きは爆裂音によってかき消されたが、鳳香も真希も聞き逃しはしなかった。
「失礼ですわ。まだ恋もした事のない乙女に向かって」
「負け犬はよく吼える。化け物だなんて言われる顔はしてないってボクは思ってるんだけど……」
二人の表情は、もうすでに年頃の女の子のそれに戻っていた。
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