色んな物語

雪野 ゆずり

約束とわがまま

12月。楓くんと約束した最後の日。でも、面と向かって言いたくない。

『さよなら』の一言がどうしても言いたくなくて…。

私は、逃げるように学校を後にした。一通のLINEだけ残して。


「俺と付き合ってくれ!!」

 幼馴染の楓くんにそう言われたのは、中学の卒業式。私も大好きで、でも、きっと幼馴染としか思われてないと臆病になってた。だから、夢かと思った。

「う、うん。」

「え?マジ!?」

「うん。ずっと、好きだったから…。」

「え!?」

 あの時の楓くんの顔、可愛かったな。

 でも、それには条件が一つ。それがなかったら、きっと楓くんを縛ってしまう。だから、一つだけ、たった一つだけ約束を作った。これは二人の大事な約束。

 でも、それ以外はとても幸せだった。二人で色んな所に行って、どこに行っても「咲良」って呼んでくれて…。

『咲良』

『咲良?』

『咲良!!』

 いっぱい、いっぱい呼んでくれた。それが嬉しくて、嬉しくて…。それが一番、幸せで…。

 約束の日。その幸せは、手放さなければならないものになってしまった。私は楓くんに、『さよなら』を言わなきゃいけなくなった。でも、私は逃げたんだ。



 かったるい授業が終わって、いつも通り咲良との待ち合わせ場所に行こうとしたとき、電源をつけたばかりのスマホが震えた。まるで、怖がってるかのように。怯えているように。

開くとそこには咲良からのLINE。そこにはただ一言『今までありがとう。幸せになってね。』と書かれていた。

 忘れてた。期限は今日までだった。咲良が遠くの大学へ進学が決まったら別れるって約束。今日、合格発表だった。

 発信時間10分前。まだ間にあう。そう思って走り出す。あのLINEが来たって事は大学は合格したってこと。でも…。

 ようやく見えた後ろ姿に安堵しながらスピードを上げる。俯いた後ろ姿は、志望校に一発合格したやつとは思えないほど落ち込んでた。

 その、落ち込んでる後ろ姿の、いつもなら俺と繋いでるはずの手の少し上、腕を掴むと、咲良はようやく立ち止まってこっちを見た。

「ふう、くん…。」

 今にも泣きそうな顔と消え入りそうなその声に、焦ってた気持ちが抑えきれず、気づけば咲良を抱き寄せてた。

「…っ!」

 抵抗する咲良を逃さないために強く抱き寄せる。

「ごめん、今日、約束の日だったな。」

 俺のその声に、咲良は何度も頷く。

「…結果は?」

「合格、した…。」

 なら、もっと喜んでほしい。でも、咲良は嗚咽を堪えるように、静かに泣いてる。

「そっか、おめでとう。第一志望校だろ?もっと喜べよ。」

 俺がそう言うと、咲良は首を振った。

「無理、だよ。楓くんとお別れしたくない。」

「・・・」

 咲良は俺の腕の中でそう言った。

「なんで…なんで、楓くんは、いつもそうなの?なんで、追いかけて、くるの?…さよなら言いたくなくて、一人で出て来たのに、どうして…!」

 そこからは、言葉に出来ないのか咲良はまた泣き始めた。

 でも、ごめんな、俺は…。

「咲良に、わがまま言いに来たんだ。」

「わが、まま?」

 俺の言葉にやっと咲良は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになったその顔を、少し拭いてやってから言った。

「約束、破らせてほしい。咲良と別れたくない。」

「そんな…!」

 咲良は驚きから涙を止め、目を丸くして俺を見上げてた。

「咲良、『お別れしたくない』って言ったろ?俺も同じ。咲良と別れたくない。咲良を幸せに出来るのは俺だけだとおもうから。」

「で、でも、ふ、楓くんは、もっと他の人が…。」

「いるか?俺達、付き合って3年。今まで浮気もなにもなかったから続いてたと思ってたけど、違うか?」

「…っ!」

 俺の言葉に咲良は俯いてしまう。困った時はよくそうするから俺が言ったことは合ってたって事。

「遠距離だろうとなんだろうと、俺は家の店継ぐし、車で高速走って一時間の距離。すぐ会いに行けるだろ。」

「…それじゃ、楓くんばっか大変になっちゃうよ?」

「問題ない!むしろ、咲良に会うためって思えば苦にならないだろ。」

 そう言ってから俺は咲良の髪を撫でる。大切な、愛しいものを傷付けたくなくて。

「だから、咲良さえ良ければ、これからも彼氏でいさせてほしい。・・・咲良は?」

 俺がそう言うと、咲良は俯いた顔をあげて、目にいっぱい涙をためながらただ一度だけ頷いた。

「良かった。」

「うん、良かった…!」

 いつの間にか、咲良の顔には笑顔が浮かび、俺達はどちらともなくキスをした。

 今まで何度もしてるのに、まるでお互いの体温を感じ合うように、今までで一番長いキスを…。


 大学を卒業してから初めての夏。私達は休みを利用して遊びに来てた。私は楓くんの家で事務の仕事に就いた。半分はそのために大学進学したようなものだった。

「わー!遊園地、楽しみ!」

「おーい、はしゃぎすぎは注意な〜。」

 楓くんはそう言って止めてくれる。

 約束の日がすぎてからも、私達はこうしてたまに遊んでいる。一般的にはデートって言うのかな。

 でも、こうしてる時が一番幸せ。一度手放すと心を決めた幸せが、今もこうしてそばにあるって信じられるから。

 アトラクションを乗っていても、決して離れない、放してくれない手は、もうこの先離れる事はないって思えるから。

 一通りのアトラクションを乗り終えて、いよいよ帰ると言うときだった。

「なあ、咲良。実はこの辺で一番夜景が綺麗に見える場所あるらしいんだけど、ちょっと寄って行かね?」

「え?う、うん、いいよ。」

 楓くんのいきなりの提案にびっくりしたけど、夜景も見てみたいから私は頷いた。

「じゃ、行くか。」

 そして着いたのは小高い丘の上。周りに街灯は一つだけで、下に見える夜景がとても綺麗な場所。

「わー!きれい!他に人いないけど、もしかして、穴場?」

「そうそう。家のお得意さんにこの辺から来てる人いて、教えてもらったんだ。」

「へー、すごいね!」

 そう言って、私は夜景に見入ってしまった。薄暗い中、二人きり。なんだか少し、ロマンチックな気がした。

「咲良。」

 不意にそう呼ばれて、振り返ると、楓くんは緊張した顔で私を見ていた。

「なに?」

「これ、受け取って欲しい。」

 そう言って差し出されたのは小さな黒い箱。何か分からず首を傾げると、楓くんは箱を開いた。中身は、キラキラした宝石が付いた指輪だった。

「…っ!こ、これ!?」

「結婚、して下さい!!」

 楓くんは大きく息を吸うと、真っ直ぐ私を見てそう言ってくれた。答えはもちろん。

「その指輪、私にはめてくれる?」

「…っ!も、もちろん!」

 その一言で、どういう意味か分かってくれた楓くんは、私の手を取って、丁寧に指輪をはめてくれた。

「…きれい…。ありがとう、楓くん!」

 そう言って思いっきり抱きつけば、同時に抱きしめてくれる優しい腕。その腕に私は体を預けながら、この人に一生ついていくと決めた。


 もし、あの時、楓くんがたった一つのあの『わがまま』を言ってくれなかったら、きっとこんな幸せはなかった。だから、今はこれでいい。あの時の選択は、私達の選択は、間違ってなんていなかった。

―そうだよね、楓くん。

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