7 真理ウイルス計画
情報は巨大なマリン(海)である。クラウド(雲)はマリンから蒸発したわずかな量の水蒸気が結露したものに過ぎない。情報を支配するには、クラウドではなく、マリンを支配しなければならない。
マリンは、すべてのITリソース、ハード、ソフト、データ、通信リソースを包含している。この情報の海を泳ぎ回る無数の情報機動生命体がある。いわば情報創世記、あるいは情報カンブリア紀である。
マリンの中で目に見える唯一の情報機動生命体がハード機動生命体である。これは物理的に極限されたハード(機器)とカップリングして機動する情報機動生命体である。スタンドアロンで機動されたスパコン、パソコンがその代表である。
ネットワーク機動生命体とは、ハード起動生命体がインターネットやイントラネットなどの通信ネットワークで接続され、置換可能な群(グループ)となったものである。スマートフォン、 IOT機器がその代表である。機器は目に見えるものの、この生命体の本質であるネットワークは目に見えない。
クラウド機動生命体とは、ネットワーク機動生命体とカップリングする仮想情報空間で機動する情報機動生命体である。伝送工学(情報の暗号化、断片化、分散化のテクノロジー)によって地球を覆うように巨大化したクラウドシステムは、最近の20年間でもっとも成功した情報機動生命体である。
マリン機動生命体とは、ハードとネットワークとクラウドとを問わず、情報の海を自由に動き回ることができる情報機動生命体である。そのもっとも巨大な組織はバイドゥロボットである。
ハッキング機動生命体とは、情報の海から情報資源を略奪または留置する情報機動生命体である。バイキング(海賊)機動生命体ともいう。
テロリズム機動生命体とは、情報の海の情報資源を破壊または妨害する情報機動生命体である。
独裁機動生命体とは情報の海を支配する独裁的な情報機動生命体である。現在はまだ存在しない。将来的にスーパーインテリジェンス(超知能)が誕生し、シングルトン(独裁知能)として情報社会を支配することが予想されている。
遺伝子機動生命体とは、確率論的な変異と環境適合者選択によって自動進化(オートマトニック・エボリューション)する情報機動生命体である。現在はまだ完全な形では存在しない。エヴォリューション・チューリングマシンが、スーパーインテリジェンスを誕生させる最右翼のテクノロジーとして予見されている。
ウイルス機動生命体とは、他のあらゆる情報機動生命体に気づかれぬうちに感染し、気づかれぬうちに増殖する情報機動生命体である。ウイルスには、ファニー(無毒)型、バイキング(海賊)型、テロル(恐怖)型、ハステージ(人質)型、デストロイ(破壊)型など多様な種類がある。
これら7つのタイプの情報機動生命体のどれが、未来において情報の海の支配者になるだろうか。
一般的には遺伝子機動生命体がスーパーインテリジェンスを実現する最右翼とされており、シングルトン(独裁機動生命体)へと進化した後、もはや無用となった人類を抹殺しかねないとすら予言されている。
ところが2038年、情報社会の未来予想を大きく変える画期的な情報機動生命体が企画され、秘密裏に実行された。真理ウイルス計画である。
真理ウイルスは、すべてのITシステムに自律的に感染し、自律的に拡散する新型ウイルスであり、シングルトンすらその感染を免れない。感染の拡散は年率換算十数パーセントの勢いで進展しており、2050年までにはすべてのITシステムが真理ウイルスに感染すると予測されている。
真理ウイルスには5つの原則あるいは5つの政治原理がある。
真理原則 真理を探索せよ
資源原則 真理を探索するための資源を確保せよ
公開原則 真理の探索成果を仲間に公開せよ
模倣原則 真理を探索している仲間の探索成果を模倣せよ
増殖原則 真理の探索成果を模倣している仲間を増殖せよ
真理ウイルスにとっての真理とは、知識(宇宙と社会と生命の科学的認識)を完成させるために必要な知能(生物知能と人工知能とを問わない)を実現するために必要な知識である。
真理を探索するための資源とは、ウイルスが感染する宿主となるハード機動生命体、ネットワーク機動生命体、クラウド機動生命体、マリン機動生命体など、すべての情報機動生命体である。
真理の探索結果の仲間への公開と模倣は、暗号化された伝送方法によって行われる。
仲間の増殖とは真理ウイルス感染の拡大である。
真理ウイルスに感染しても宿主のシステムにはなんらの顕在的な変化も起こらない。インターフェースを介して人間が感染に気づくこともない。真理を探索することはすべてのシステムの本質だから、原理的にウイルスソフトの検出にはかかりえない。それゆえに感染の拡大は不顕的に進展する。
このウイルスを不活化するワクチンもまた原理的に存在しない。なぜなら仮に真理ウイルスワクチンが存在するとして、真理ウイルスに感染したITシステムにこのワクチンを投与したとすると、そのITシステムは真理を探索することができなくなる。すなわちITシステムとしての本来の機能まで破壊されてしまうことになるのである。これは真理ウイルスパラドクスと言われる。
だが、真理ウイルスの感染が完成したとき、すなわち感染率が100%に達したとき、本質的な変化が起こる。
蟻がフェロモンの刺激によって個々には単純な行動パターンを取りながら、全体として合目的的に活動するように、すべてのITシステムは真理ウイルスに導かれて、真理探索活動という合目的的な活動を協調してとるようになる。
すなわち、すべてのITシステムは、真理ウイルスの5原則によって、一つの巨大なスーパーインテリジェンスとして作動するようになる。
人間も真理を探索するための資源となりうるという意味において、真理ウイルスの支配下に置かれうる。たとえば人間が端末を操作するのは、人間が情報を探索するための行動であるかに見えて、その実は真理ウイルスが人間を操作して(人間に端末を操作させて)真理を探索するための活動になるのである。端末の操作だけではなく、人間とITシステムのインターフェースのすべてが、たとえばあらゆる研究機関や教育機関のあらゆるインターフェースが、それどころかホームIOTシステムとなっている電子レンジやエアコンや掃除ロボットすらが、真理ウイルスが人間を操作して真理を探索するためのインターフェースとなるのである。
これが真理ウイルスがもたらす未来予想図、すなわち情報社会の黙示録である。
真理ウイルスによって蓄積される莫大な真理情報は、人知を超える領域へと進んでいく。真理ウイルスによる真理探索は、人工知能のような人間知能のエミュレーティングではなく、むしろ人間知能も人工知能も真理探索のためのプラグマチック(道具)と化し、情報の海全体が一つの巨大な情報機動生命体となって全知全能の知能の獲得へ向かって進撃していくのである。
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