5 公職選挙法改正の行方

 2038年度から新公職選挙法が完全施行された。新公職選挙法はネット選挙法といわれる。従来、選挙時には有権者が投票所に足を運ぶ必要があった。不在者投票においても投票所に足を運ぶことは同じである。2025年、旧公職選挙法改正において、ネット選挙が国政選挙に部分導入され、その年の衆議院議員選挙において、投票率55%のうち、ネット投票率が40%、投票所投票率は不在者投票率を含めても15%だった。2030年の衆議院総選挙では投票所投票率が10%を切った。そして2035年、旧公職選挙法が廃止され、2038年までに投票所投票が全廃されることになった。

 しかし、新公職選挙法の真骨頂はネット投票ではない。主眼はSNSによる通年投票制度である。 選挙に要するコストが大幅に削減されるため、投票は毎日でも行えるようになる。すなわち選挙の考え方が根本から転換されるのである。


 通年投票制度によって、これから政治がどのように劇的な変化を遂げることになるかシミュレーションしてみよう。

 すでに2030年の憲法改正によって二院制は廃止され、衆議院一院制となっていたところであるが、2035年の国会法改正によって、衆議院に本院(一部議会)、予備院(二部議会)、一般院(三部議会)の3部制が採用されることになった。もちろん憲法上の国会は本院だけである。

 三部議会の議員には定数がなく、また選挙もないため、すべての国民は要件に該当すれば、だれでも議員になれる。要件は15歳以上の国民であること、欠格要件は犯歴がないことである。これを準則主義という。三部議会の議論はハッシュタグによるテーマごとにSNSのチャットで開催される。三部議員には議員報酬はない。

 二部議員の定数は1000人であり、千人議会といわれる。三部議員のうちからSNSの信任数(支持しますポイント数)が多かった議員がなることができる。信任数はグロス信任数からグロス非信任数(支持しませんポイント数)を差し引いたネット信任数である。議員の任期は1年であり、任期中の1年間に信任数が少なかった二部議員は三部議員に落ちる。二部議会はバーチャル議事堂で開催され、その議事録は公開される。二部議員には議員報酬はないものの、調査費の助成金がある。

 一部議員(衆議院本院)の定数は100人であり、百人議会といわれる。二部議員のうち信任数が多かった議員がなることができる。議員の任期は2年であり、任期中の2年間に信任数が少なかった一部議員は二部議員に落ちる。一部議会は国会議事堂で開催され、その議事はライブ放送され、また録画や議事録はいつでもネットで閲覧できる。音声検索や文字検索もできる。一部議員には議員報酬がある。

 一部議会の本会議において首班指名を受けた首相は、一部議員から大臣を指名して組閣する。首相及び大臣の任期は4年である。首相及び大臣はその任期中一部議員の身分を失わない。すなわち任期中は信任数にかかわらず二部議員に落ちることはない。通算して8年を超えて首相または同一の省庁の大臣を努めることはできない。

 任期中の一部議員の弾劾は一部議員又は二部議員が発議し、過半数の賛成で可決する。弾劾された一部議員は二部議員に落ちる。その後の1か月間に信任数が最も多かった議員が一部議員に昇格する。弾劾された議員の復活も妨げない。

 任期中の二部議員の弾劾は二部議員又は三部議員が発議し、過半数の賛成で可決する。弾劾された二部議員は三部議員に落ちる。その後の1か月間に信任数が最も多かった議員が二部議員に昇格する。弾劾された議員の復活も妨げない。

 任期中の首相の弾劾は一部議員の3分の2以上の賛成、又は二部議員の4分の3以上の賛成、閣僚の弾劾は一部議員又は二部議員の2分の1以上の賛成で可決する。閣僚が弾劾された場合は、首相が残任期の大臣を一部議員から指名する。首相が弾劾された場合は一部議会が解散されて全員が二部議員に落ち、解散後1ヶ月間の信任投票で、二部議員のうちから新たな1部議員が選出される。任期は残任期となる。

 一部議員でない者は原則として閣僚となれない。二部議員が閣僚として指名された場合は、次の更新時に一部議員に昇格しなければ更迭される。非議員が閣僚として指名された場合は、自動的に定員外二部議員となり、次の更新時に一部議員に昇格しなければ更迭される。

 これが新公職選挙法施行による我が国の政治の未来予想図である。


 新選挙制度によって政治が良くなるか悪くなるかは予断を許さない。すくなくとも世襲議員(二世議員、三世議員)にとっては、親がよほどのカリスマ政治家でなかったかぎりは逆風になるだろう。地盤看板鞄のようにSNSのフォロワーは承継できないからである。

 逆にタレント議員にとっては追い風である。ニュースキャスター、映画俳優、音楽家、小説家、オリンピックメダリストなどの政治家転向が早くも取りざたされ、旧公職選挙法時代からタレント知事が多かった都道府県の首長は有名人に席巻され、中央官僚からの落下傘知事は完全排除されると予想されている。

 もっとも興味があるのはタレント首相の誕生であるが、すでに何人かのニュースキャスターや小説家が未来の首相候補者として取りざたされている。

 いわば政治の素人であるタレント政治家が増えることによって、政治家と官僚の勢力図はさらに官僚に傾くのではないかと懸念する声も上がっている。しかし、新選挙制度初の首相となった波風収一郎による官僚サイボーグ化計画の電撃的な閣議決定によって、その懸念が払拭されたことは、すでに前回のコラムで報告済である。地方公務員にしてベストセラー作家であり、その代表作「オホーツク海完全埋立計画」がノーベル文学賞候補にもなった波風は、北海道庁のノンキャリアであり、キャリア嫌い、東大嫌い、財務省嫌いで知られていた。波風の官僚サイボーグ化計画は、官僚の反抗に機先を制したといえるだろう。20年以上前の民主党政権の脱官僚政策の二の舞だけは御免だからである。

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