第49話

壁さんが教えてくれた。

引っ越しするのはエミちゃんだけじゃないって。

シャーマンさんもアツコさんもハッピーさんも、みんなエミちゃんと一緒に本場に行くんだって。

わたしだけがここに残るんだって……。


「なんにも心配ないんやで」

壁さんのいつもの口癖。きっと壁さんは何かを知っている。

それが何かは、めったに教えてくれないけれど。


「みんなは引っ越しで本場に行くんやが、代わりに本場からリリックさんやダヨーさんたちが来るやで。だから寂しいことないやで」

リリックさんにダヨーさんかぁ。懐かしい。

リリックさんはいつも遠くを見て、誰か見えない相手とお話してた。

ダヨーさんはいっつもわたしにくっついて来て、ずっとわたしを見てた。

どっちも懐かしい思い出。

「それに、若い繁殖がもう一頭来るとか言うてたやで。たぶんシュシュがリーダーになるかもやで?」

壁さんはニヤニヤしながら言う。

わたしがリーダーかぁ……。


冬の一時期、ダヨーさんやデュエットさんと一緒にいた時は、わたしがリーダーだった。

庭にある牧草ロール目指して、わたしが先頭切って歩いたっけ。

あんな日がまた来るのかな。

「もっとも、リーダーになってもならなくても、シュシュはシュシュやで」

そうだよね。わたしはわたし。やることは変わらないんだし。

「どっちにしても誰よりもようけ飯を食うに違いないんやで」

笑いながら壁さんが言う。わたしは思いっきり壁を蹴り上げた。


それからしばらくして。

みんな庭で思い思いに過ごしてた。

シャーマンさんは庭にある『カメラ』の場所を知ってるらしく、よくカメラの前に出てた。

まるで「わたしが一番かわいいんだから」とでも言わんばかりに。

わたしはわざと相手しなかったけど、シャーマンさんもカメラがお気に入りだったみたい。

シャーマンさんがカメラの前でひとしきり遊んだ後、柵を噛んでたエミちゃんがカメラの前に来た。

「ねえシュシュ、カメラってここでいいの?」

あれ?エミちゃんもカメラに映りたいの?

「引っ越しの前に、カメラの向こうの人間たちにご挨拶しなきゃ。シュシュだけでなくわたしたちも見守ってくれてたって壁が教えてくれたから」

壁さん、エミちゃんにそんなこと教えてたんだね。なんだか嬉しくなった。

エミちゃん、そこでいいよー。一番いい顔してねー。

「いい顔ってどう……。こんな感じでいいの?」

エミちゃん、青草食べてるフリしてポーズ取ってた。

普段はマイペースであまりカメラなんか気にしないのに、こういう時はリーダーらしい。

「わたしたちを見守ってくれてありがとう。みんなでいい仔産みますね」

エミちゃん、カメラに向かってそう言ってた。

わたしはわたしで頑張るから、エミちゃんたちも頑張ってねー!

エミちゃんの背中に向かって言った。

エミちゃん、こっちを振り返ってニッコリと笑った。


次の日。

みんなは車に乗って本場に引っ越して行った。

わたしは庭から見送った。

やっぱりずっといたエミちゃんたちがいなくなるのは寂しい。でも、そんなことも言ってられないもんね。

ダヨーさんやリリックさんたちが楽しく過ごせるよう、わたしも頑張らなくちゃ。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

みんな、頑張ってね。

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