3-3 再会は忘れた後にやってくる 後編
扉の向こうは元の公園じゃなかった。
じゃあどこかと聞かれても私の方が知りたいという情況だ。
暗い中、目線の高さに一つだけ小さい電灯があってそれだけが室内を照らしていた。だから視覚から得られる情報はそう多くない。床に座らされてるので、それがコンクリっぽいのはわかる。あと、自分の話をさせてもらえるなら、両手を後ろで縛られてる。
そしてこの情況に加えて、距離を置くようにと忠告された男と二人きりだ。
「いやあ、意識が無いみたいだったから心配したよ」
なのに向こうはまだ自分がいい人だと思われてると考えているみたいだった。
「意識が無い人を心配して縛るってのはどういう理屈なのかな」
極力穏やかに指摘しようと思ったけど、自分の怒りの感情が上手く抑えられない。
「急に暴れ出されても困るしね」
「じゃあ意識戻ったし解いてくれるかな?」
私だって言った通りにしてくれるなんて思ってない。ただ彼がどう取り繕うのか知りたかった。それだけだ。
「イヤだね」
しかし私の予想に反し、彼はもうそんな必要すら感じてないみたいだった。そしてそれで驚いた私を見て、ニヤリと笑った。
「こんなチャンス、もうないと思うんだよね」
「……どういうこと?」
彼の考えがまったくわからず、私は話を追いかけることもできない。混乱してるのか、彼がおかしいのか。その判断すらもままならない。
「
「でしょうね」
「だから邪魔だったんだよ」
「それじゃ
「そうそう。君は友達思いの優しい娘だからさ。彼女が不安を抱いてたら、自分のボディガードを減らしてでも守ろうとするんじゃないかって思ったんだよね」
彼は思ったとおりになっただろと大げさに笑い始める。
「代わりに変な男が現れた時は失敗したかなあと思ったんだけど、アイツ弱っちいし、さっきも意識失ったままだし、本当に笑っちゃうよねえ」
彼はさらにわざとらしく大きく笑い始めるが、もちろん私はクスリとも笑えない。
「全然笑えない」
だからそう言ってやったら、彼は一瞬動きを止めた。
「そうか。まあ、笑えなかったよ。ボコってみせてもアイツ調べるの止めないし、君もアイツに頼るの止めないんだもんなあ。おかしいだろ。頼るならクラスメイトの俺だろ?
「少しもそんな風には考えなかったけど」
実際、選択肢にも挙げなかった。ケンカを止めてくれたから感謝はしたけど、私はどこかで彼がこういう人だとわかっていたのかもしれない。
「ガッカリしたよ」
でも彼は私の話なんてどうでもいいみたいだった。ただ自分の話を続ける。
「あの男と君が折り重なるように倒れているところを見つけた時はショックだったよ。まさか君が公園で男とふしだらな関係を結ぶような人間だったなんて!ってね」
「ふしだらって、別に私と
「そうそう。そういう関係じゃ無いんだよね。二人して同じ場所で倒れてただけで、君は彼のこと好きでもないんだよね」
念を押すように彼は私を見下ろしていた。
「だよね?」
でも私が何も反応しないのでもう一度聞いてくる。
「どうかな。昨日までは頼りないヤツって思ってたけど」
「まさかあの男がこれから助けに来てくれるとでも思ってる?」
彼の声には怒りが混じっていた。私が思ったとおりに動かないことに苛立ち始めてるのかもしれない。
「無理だよ。アイツにはこの場所はわからないし、それにわかったところでどうにもならないだろ。この間、俺がアイツのこと一方的にボコボコにしたの忘れた?」
それはその通りだった。
盾無さんならともかく、翼くんが追いついて来てくれたところで、この
《固有世界》。そこに入ったり、そこでは金属の鎧をまとって空を飛んだり出来る翼くんを見た。だから彼のことをヒーローみたいに思っていたけど、あれは《固有世界》という現実とは似て非なる世界だけで使える裏技って言ってたし、この世界の彼はヒーローじゃないんだ。
「やっと理解したみたいだね。今の自分の立場ってヤツを」
私の心が折れかけたのを見て取ったのか葉桜翔は嬉しそうにそう告げる。
「でも、どうして? 盾無さんがいて邪魔だったのはわかった。でも、だからってなんで意識を失ってる私をこうやって連れ去るようなことをしたの?」
私との距離を詰めたかった。そこまでは情況からわかる。でもその方法がこれというのは私には理解出来ない。
「恋する男の勘ってヤツかな。このままだと君、近いうちにあの男のことを好きになる気がしたんだ」
「そんな話じゃなくて、もっと正々堂々と……」
言いかけた私のことを葉桜翔はにらみつけてきた。その表情は怒り。でも目にはどこか冷たいものが感じられた。
「正々堂々と告白してたら、君は付き合ってくれたのかな」
答えはノーだ。こんな情況になったからじゃない。昨日の情況のままでも私は彼と付き合うなんて絶対に思わなかった。
「そうだよな。わかってるよ」
そして私が言うまでもなく、彼はそれを理解してるようだった。言葉が出ないままの私に向かって彼は一方的に話を続ける。
「君のことはずっと観てたからね、ちゃんとわかってるんだよ――仮に俺が告白しても君は付き合ったりしない。君だってそれがわかってるくせに、正々堂々と何をしろって言うんだい? 正攻法でのゴールなんてどこにもありはしないんだよ」
「それなら諦めるものでしょ」
それに負けないように私は強い言葉を口にする。
「オイオイ、君は残酷なことを言うなあ。無理だから諦めろだって? 君、友達に恋愛相談されてもそんなことを言うのかい? まあ、俺は君の友達ですらないけどね」
彼は何がおかしいのかゲラゲラと笑い出した。
「諦めるってことなら、俺はもう諦めてるんだよ。君に好かれること、そしてこの後の俺の人生ってヤツもね」
「……どういうこと?」
「俺はこの恋に殉ずるって決めたんだよ。この恋をね、諦めるくらいなら死んだ方がマシ。そう気付いた時に、だったら死ぬ気でやってみようって考え直したわけさ」
彼はゆっくりと歩き、座ったままの私の左に移動した。
「俺はこれから君を抱く。まあ、抱くなんてそんなロマンチックな言葉は似合わない行為になってしまうだろうが、俺の一世一代の恋だからね、敢えてそう言わせてもらう」
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