第35話 next

 よっこいしょ


 私はまた1つノートを本棚の中に納める。

 アニマルガール達の飼育ノートも随分と増えてきた。


 そんな増えるノートと同じように、なんと私と同じ特殊動物飼育員の増員が正式に決定しました!!!

 今いるスタッフと新しく入ってくる新人ちゃん達で半々くらいの割合で30人くらい増えるみたい。

 ちなみに全員若い女性だけで構成されている。


 男子禁制の職場でぇす!


 あと、もしかしなくても新人教育って私が受け持つのかな?


「ぃよし!じゃあ……」


 どうやって資料まとめよう?


 そんな事を本棚の前でうんうん悩んでいると、突然背後からぎゅむっと抱き締められる。


「しーくいんさーん!」

「ぎゅぴ!?ピューマァ!!またかぃ!!」

「わたしに背中を見せるしーくいんさんが悪いわ」


 アニマル論理を振りかざすな!


 ピューマに抱き締められると力と体格の差から振りほどくのは無理だから、ピューマが満足するまでされるがまま。


 それにしても……


「ねぇ、ピューマ。首筋に吐息当てるのやめない?すっごいゾクゾクするから!」


 肉食獣の吐息は身の危険をめっちゃ感じる!


「この前、インパラに同じ事をやったら悲鳴上げたのよね。何でかしら?」

「そりゃ上げるわ!て言うか、草食の子にはトラウマもんだからね!今度からそれ禁止!!」

「じゃあ、しーくいんさんだけにしておくわね!」


 出来ればそれもやめてぇ……


「ところで、この前しーくいんさんに頼まれてた事なんだけど、わたしがお世話してる子全員に聞いてみたわ」

「……どうだった?」

「確かに“動物だった時の記憶がない子”が居たわよ」

「……」


 動物だった時の記憶がないアニマルガールがいる。

 仮説通りならと言いつつも、確信を持ってそう言ってきたのはカコさんだった。

 仮説の内容は教えてくれなかったけど、かなり真剣な表情だったのは覚えてる。


「所謂、記憶喪失って奴よね?この前見たマンガの主人公もそうだったし、ヒトそっくりなアニマルガールだと記憶喪失になりやすいのかしら?」


 ヒトに対して妙な誤解を持たれてる!?


「記憶喪失って滅多な事じゃあ起きないよ。少なくても私の周りじゃ聞いたことがないね」


 そんな特殊な事態が頻繁に起こってたまるか!

 でも、アニマルガールの記憶喪失率が異様に高いのが気になるなぁ。

 カワラバトなんて東京の公園で仲間と仁義なきエサ取りバトルをした話が出来るくらいハッキリ覚えてるのに……


「じゃあ……あれね。お前の失った記憶など始めから無かったのだ!!的な?」

「なぁにそれぇ?」

「しーくいんさんは最新刊の内容知らないの?しーくいんさんが勧めてくれた奴じゃない」


 そのマンガはピューマ達に文字の勉強でやる気だしてもらう為に用意したマンガだから、実はあまり読んでないんだよねぇ。

 他のスタッフからオススメを聞いて回った中から選んだ奴だし……


「主人公が実は黒幕に作られた」「ぬぁあ!!やめろやめろやめろぉい!!ネタバレは良くなぁい!!実はちょっとだけ続きが気になってるけど、忙しくて読めてないの!!」

「……それで主人公はね」

「ちゃんと聞いてた!?」

「アハハハハ!」


 ピューマはやっと満足したのか私を解放した。


「おやすみー」

「おやすみ」


 ピューマを見送ってから机に向かって明日のスケジュールを確認する。


「そういや、ギンギツネが作った巨大雪玉が溶けて落ち込んでたっけ……慰めておこう」


 …………


「誰?」


 誰かに話し掛けられたような気がして私は後ろを振り返った。

 もちろん、部屋の中には誰もいない。


 それでも、部屋の中に誰かの気配を感じる。


「……誰?」


 返事はない。

 二度目の問い掛けに合わせるように部屋の中の気配は消えてなくなる。


「何だったんだろ?」


 でも、不思議と怖いとは思わなかった。

 何だろう?

 家族の誰かが居たようなそんな感じ。


「……………疲れてるのかな。早く寝よ」


 ───────────────


 夢を見た。

 見知らぬ誰かとパークセントラルで過ごした本のひと時の夢。


 深い海のような藍色の瞳を持つ少女と存在しない筈のアニマルガール。


 目に見えない大切なものを失ったジャパリパーク。


 私が知らない私を知っているアニマルガール。


 そして────。


 空に浮かぶシャボン玉のような記憶。


 忘れちゃいけない。

 忘れちゃいけない筈なのに……


 空に浮かんでは直ぐに弾けて消える。


 まるで、覚えてはいけないと誰かに言われているようで……

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