第五話 トラブルだって恋のスパイス♡

前回のあらすじ


絶対に笑ってはいけない監禁生活一日目。

もとい監禁被害者が加害者のメンタルが爆発しないようにうまいこと調整していくゲーム開始。

※絶対に真似しないでください。




 どうにかして抜け出さねばなりません。


 と、最初は思ってたんですよ。

 いや、本当ですよ。私でもちゃんと危機感持ってますからね。

 まあ本当の最初は、いまいち何が起きてるのかよくわかってなかったんですけれど、監禁されているんだってことがちゃんとわかってくると、さすがの私も呑気できませんからね。

 ウルウがどういうつもりなのかはわからないけれど、こんな状態は普通じゃないし、どうにかして打開しなければならないっていうことは考えていたんですよ。


 でもですね。


「……なんか、慣れてきちゃいましたねえ」

「悪い意味で慣れちゃったわねえ」


 一週間くらい、でしょうか。

 私たちが監禁されてから、そのくらいが経ちました。

 初日こそ困惑ばかりでしたけれど、ウルウがお世話してあげるって言う通り、かなり至れり尽くせりなんですよね、いまの生活。


 ウルウの手料理が一日三回食べられますし、午後にはおやつも用意してくれます。

 何なら好きなだけお昼寝しててもかまいませんし、膝枕をねだったらちょっとだけねって家事の合間に膝を貸してくれもします。私の知らない国のおうたを歌いながらポンポンされるといつの間にか時が飛んでしまいます。


 相変わらず外には出してもらえませんけれど、鎖が長いので室内をうろつく分には困りません。腕立てとか、天井のはりを使った懸垂けんすいとか、体を鍛えることにもそんなに不便しません。

 そうやって汗をかいたら、ウルウにお風呂にも入れてもらえます。鎖でつないで一人ずつですし、ウルウは服を着たままですけれど、きれいに洗ってもらえますし、しっかり髪も乾かしてもらえます。


「もしかして、なんですけれど」

「なによ」

「もしかしてこれ、悪い生活じゃないのでは……?」

「ほんとそれよね」


 トルンペートはお世話できずにお世話されているという現状に若干不満はあるようですけれど、それでも明かり取りの窓から差し込む陽だまりに合わせて移動しながら床でごろごろしたりと、家猫じみただらけぶりです。


 まあ、ここまで落ち着いてだらけていられるのも、いくらかは問題解決の糸口が見えてきたからでもあるんですけれど。


 まず最初に気づいたのは、鎖がつながれている寝台でした。

 腕立てとかだけじゃ物足りなくて、何か重しになるものはないかなって探してた時に、ふと思いついて寝台を持ち上げたんですよね。

 そしたらトルンペートが、


「寝台持ち上げられるんなら、つながれてる意味なくない?」

「……そういえば!」


 ここから離れられないようにするためにつながれてるのであって、寝台ごと移動できるならこれもう拘束されてないのと一緒ですよ。

 なんとなく重たくて動かせない印象でしたけれど、純粋にモノとしてみれば大した重量ではありません。まあかさばりますし、対する私が軽すぎるので限度がありますけれど。


 それに気づいたトルンペートといろいろ試してる間に、綺麗に寝台の脚を引っこ抜くこともできました。

 工具はなかったですけれど、トルンペートが構造を確かめて、私の指でちょいと力を籠めれば、破壊せずに足だけ引っこ抜けちゃったんですよね。

 手錠はまじないのせいで外れませんけれど、それがつながっている寝台の脚は外せるので、これでさらに身軽になれます。


 こうしていざ簡単に抜け出せるってわかっちゃうとなんか落ち着いてしまうもので、私たちは拘束されたままのふりをして、現状を見定めることにしたのでした。


 例えば、お手洗いに行くときは、さすがに部屋から出してもらえます。

 手錠でウルウと繋がれた状態でお手洗いに向かうまでの間に、私たちは小屋の中をこっそり観察していました。


 小屋の中には、馬車に積んであった鉄暖炉ストーヴォや家具も移され、かさばるからとウルウの《自在蔵ポスタープロ》に収めていた荷物もいくつか取り出されて並べられていました。

 棚には日用品なんかが並べられていて、生活臭がします。というか完全に住み着く体勢ですよこれは。


 きれいに整理整頓されていて、モノが取り出しやすいように並べられて機能的な一方、飾り気とかおしゃれとかそういったものはとぼしく、使わないところは本当に何も置いてなくて無味乾燥としているという、ウルウらしいといえばウルウらしい光景ですね。


 出入口は、玄関と勝手口の二つ。これは掃除の時にも確認しましたね。

 窓は明かり取りの窓が何か所かありますけれど、小柄な私でもこれをくぐるのは難しそうです。

 お手洗いは川から水を引いているのか、どこかから流れてどこかへと流れて行っているようですけれど、これは窓以上にくぐるのは無理そうっていうか普通に嫌ですね。


「フムン。窓ねえ……確かにちょっと狭いわよね、これは」


 寝室にある明かり取りの窓も、どうしても肩がつっかえる程度の大きさです。

 高さがあるのはどうとでもなるとして、大きさの問題はいかんともしがたいところです。


「まあでも、あたし一人なら出られるわよ、これ」

「ええ? トルンペートも細いといえば細いですけど、私よりは大きいじゃないですか」

「普通にやればそうだけどね」


 トルンペートはすこし肩を回して、柔軟運動でもするように何度か曲げ伸ばしして、いけそう、と言いました。

 そして腕をぶるんと振るうと、トルンペートの右腕がだらんと脱力してしまいました。いえ、脱力ではありません。それは奇妙な具合でした。トルンペートの肩がペタンとなだらかになって、腕がずるんと伸びたように見えます。


「うわっ、なんですかそれ」

「肩の関節外したのよ」

「うわぁ……指だけじゃなくて肩も外せるんですか?」

「両肩とも行けるわよ。ほら」

「うっわきもっ」

「きもい言うな」


 今度は左腕もぶるんと振るって、がこんと音を立てて左肩が外れてしまいました。

 だらんと両腕がぶらさがっていて、肩幅がすっかりなくなってしまったではありませんか。

 それはなんだか、物語の中の蛇人間のような、そんな不思議な姿でした。


「うへえ、すごいですねえ。でもそれ、元に戻せるんですか?」

「戻せなきゃやらないわよ。ほら。こっちもほら」

「うええ……痛くないんですか?」

「普通は痛いわね。あたしはこういうのできるようにいじってもらったからできるってだけだから、あんたは真似しちゃだめよ」

「真似しないですよこんなきもいの」

「きもい言うな」


 トルンペートは器用なもので、外した肩を、壁を利用して簡単にはめ直して見せました。

 でもこれは簡単に見えるだけで、普通はとてつもない激痛を伴うし、体を傷つける真似なんだそうです。遊び半分でやって靭帯が切れてしまったり、すっかり伸びてしまったらもう元には戻らないんだとか。そうでなくても脱臼は癖になるので体に良くないんだそうです。

 でもトルンペートはあえて自分で外せるようにいじってもらったようで、そのおかげで私に振り回されても骨折せず脱臼で済んだり、すごく柔軟な体になっているんだそうです。


 ここしばらく閉じ込められていて、快適ではありますけれどちょっとした鬱屈を貯めていたのかもしれません。

 私たちはうっかりトルンペートの関節外しで盛り上がってしまい、少し騒ぎすぎてしまったようです。


「もう、何を騒がしくしてる、の…………?」

「あ、ごめんなさいウルウ、うるさくしてしま」

「なにしてるの!?」


 騒ぎを聞きつけて顔を出したウルウは、肩の関節を外したトルンペートの姿を見るなり、血相を変えて部屋に飛び込んできました。


「あ、あああああ! こ、こんな、なんで、大変! 大変だ……どうしよう……!? 痛い? 痛いよね? 脱臼、脱臼って怪我? 怪我だよね……《ポーション》でいいのかな……うううううう! わかんない! わかんないよぉ……! うううううう痛いよね、痛いよね、ごめんねトルンペート……!」

「ち、ちが……! 大丈夫よ! ほら、全然痛くないから! 大丈夫、大丈夫だから!」

「大丈夫ですよウルウ! ちょっとふざけすぎちゃっただけで!」


 取り乱したウルウはせきを切ったように泣き出してしまって、私たちはウルウが泣き止むまで必死になだめることしかできませんでした。

 ウルウはそうしてしばらく泣きじゃくって、気絶するみたいに寝入ってしまいました。

 あれだけにこにこと笑っていたウルウの目元には、よく見ればうっすらと、でも確かにくまが浮かんでいました。

 体もいくらかしし置きが悪くなって、少し頬がこけたような気がします。


 すこししてびくりと目覚めた閠は、底なし沼のような目で私たちをしばらくじっと見つめました。ものも言わずかなり長い間、じっと。

 それからぬっと立ち上がるや、まるで亡霊ファントーモのように生気のない顔で、もうこんなことしないでと言い残して部屋を立ち去ったのでした。






用語解説


・脱臼

 ※このトルンペートは特殊な人体改造と訓練を受けています。

 深刻な障碍が残る可能性があります。絶対に真似しないで下さい。

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