第四話 亡霊と静かな村

前回のあらすじ


絶望は続く。

この地獄の底はどこにあるのか。




 夕方ごろ、私は村にたどり着いた。

 もうだいぶ日は傾いて、夕方と言っても、すぐに夜になりそうなくらいだ。

 黄昏たそがれ時を通り過ぎて、だいぶ暗くなってきた時分じぶんではある。


 私は疲れていた。

 疲れ果てていた。

 身体的疲労。精神的疲弊。

 その二つが互いに影響しあって、単独以上のしんどさを私の胃と肩に負わせていた。


 一瞬でもいいからどこかに腰を下ろして休みたい、そんな気持ちを押さえつけてここまで来た。

 いまも、安心してしまったためか、崩れ落ちるようにして座り込みたくなってしまった。

 でも、まだだ。

 まだ駄目だ。

 ここはまだスタートラインなんだ。

 なにも安心なんてできない。


 森を背にした、というか、半ばくらい森にうずもれるような村。

 畑を耕し、森で家畜を放牧し、木を伐り獣を狩り、そうして暮らすよくある村の一つ。


 遅い時間だからか、村は静かなものだった。

 灯りも見えない。

 油にせよ蝋燭ろうそくにせよ、明かりは貴重だから、このような山間の村では灯していなくても当然だろう。


 けれど、あまりにも静かだ。

 家はいくつも見えるから、山間とはいえそれなりの規模の村であろうに、炊事の煙も見えない。

 道行く人は一人もおらず、八本脚の犬も、普通の猫も、姿が見えない。

 鳥の鳴き声も獣の声だってしない。


 あまりにも静かすぎる。


「……そのくせ、虫は普通にいるのが腹立つなあ」


 肌にもそもそする感じがして、ぺしぺしと払う。

 それが実在の虫なのか、私の虫がいるかもという思い込みが生み出すイマジナリー・バグなのかはわからないが、とにかくもそもそして気持ちが悪い。

 汗だくだし、ドロドロだし、もうなんか一周まわってどうでもいいという虚無感さえある。

 でも虫はきもいので払う。


「ああ……疲れた。死ぬほど疲れた。疲れて死んだことはあるけど、もう二度とは御免だよ」


 独り言がボロボロこぼれる。

 朝からずっと話し相手もなく歩き続けてきたから、独り言でも言っていなければメンタルが持たなかった。メンタルが持たなかったから独り言をボロボロこぼしてるのかもしれないけど、まあどっちでもいい。私があんまりまともでないのはいつものことだ。


 あまりの人気のなさに軽く絶望しながらも、私はとりあえず一番大きな建物を目指した。

 そういう建物は基本的に村長の家とか、なんか重要施設であろうという経験則からだ。

 たとえ違ったとしても、まあ、大体村の中央とかにあるので、全体を俯瞰するにはちょうどいい。


 のそのそとそちらに向かうと、かすかではあるが灯りが見えた。

 光のちらつき具合から、蝋燭かな。もしくは簡素なオイルランプ。

 しっかりと照らすものというより、手燭てしょくとかのちょっと手元足元を照らす系のやつかな。


 とにかく、その灯りを目指して私はのそのそ歩く。

 駆け寄るだけの元気はもうなかった。それでも、灯台を目指す船のように、あるいは火に誘われる蛾のように、私はふらふらと進んだ。

 希望、というか。

 期待、というか。

 もうなんでもよかった。

 とにかくなんでもいいから、何か変化が欲しかった。

 前向きであればいい。でも後ろ向きでも、諦めはつくかも。


 たどり着いた建物のそばには、井戸があった。

 滑車に縄をかけて桶を下ろす、釣瓶井戸だ。ここらでは手押しポンプはまだ出回っていないらしい。

 灯りはその井戸のそばに置かれていて、まさしくいま、一人の娘が水を汲まんとしているところだった。 


「あのう、すみません」

「えっ」


 おもむろに声をかけると、娘は驚いたように振り向き、驚いたように私を見つめ、驚いたように口を開いて、そのまま驚いたように桶を井戸に落としてしまった。

 少し間をおいて、ばしゃんと水音。


 そのまま、すこしの沈黙が下りた。


 娘はぽかんとしたように私を見つめ、私はぬぼーっとした顔で見つめ返していた。

 いや別に私が変な顔をしていたわけではなく、表情を作る気力体力がもはやなかったのだ。

 ちゃんと聞こえるだけの声を張れただけでも褒めてほしい。


 などと誰にともなく言い訳してみたけど、その間も娘は私のほうを見つめて、ぽかんとしたままだった。情報の処理が追い付いていない顔をしていた。私もよくそうなるからわかる。私の場合憮然とした顔みたいになるから、不機嫌と思われることが多いけど。


 娘は、簡素な麻の旅装だった。薄汚れている、とまではいわないけど、旅慣れているという程度には見える。けれど胸元には、真鍮か何かで造られたアクセサリー……というか、紋章みたいなものを下げていて、これは神官の持つ聖印とかの類かもしれなかった。

 顔立ちは少し幼くも見えるが、それ以上に疲労が色濃く出ていて、やつれているといってもいい。


 旅の神官、かな。と私は脳内で聖印リストを参照する。

 前にヴォーストの神殿街に行ったとき、主要な神殿のしるしは覚えておいたのだ。

 それからすると、地球で医療の象徴とされていたアスクレピオスの杖よろしく、杖に絡みつく蛇のしるしは、医の神の神殿のものだった。


 つまり、医療従事者だ。医者を探して早々に発見できたのだから、これは僥倖だ。

 しかしその頼みの綱は茫然としたままで、なかなか再起動しない。

 私の頭から足元まで眺めながら、頭の上には「?????」と疑問符がいっぱいみたいだ。


 いやまあ、私、端的に言って怪しいしな。

 黒づくめだし、この世界的には身長高すぎるし、亡霊に間違われるくらいだし。


 私は努めて優しそうな声を意識して、できるだけ丁寧にほほ笑みかけた。


「私は怪しいものではありません」

「ひえっ」

「連れが体調を崩してしまって、休ませてあげたいんです。お医者様がいれば、できれば診察もお願いしたいんです」

「……………」

「……あの?」

「……馬……」

「馬? いえ、私は馬じゃないですけど」

「え、あの、いえ、馬はどうしたんですか?」

「ああ、はい。馬も倒れてしまって、馬車で寝かせてます」

「…………はあ?」


 なるほど、馬が見えないから不審そうだったのか。

 私は納得して、後ろの幌馬車を指し示した。

 中ではリリオとトルンペート、そして詰め込むようにボイが横になっている。


 いやあ、ボイが倒れてしまったから、もうどうしようもなくなって、仕方なくここまで馬車を曳いてきたんだよね。私が。まさしく馬車馬のごとく働かされてしまったよねハハハ。

 LUC極振りでSTR全然振ってない《暗殺者アサシン》系統とはいえ、これでも最大レベル。どころかこっちの世界に来てから上限超えて成長したみたいで、レベル一〇八になってた私だ。滅茶苦茶無理すればやれないことはなかった。

 とはいえ、素のSTR値では無理だったので、色々工夫はした。《技能スキル》とかね。


 まず、馬車がクソ重すぎたので、どうにかなんねーかなと思い、いったんインベントリに入れてみたりした。

 入りはしたけど、さすがにリリオたちをインベントリ収納は怖すぎる。一応生きてる獲物を入れたこともあるけど、知的生命体の知性にどう影響があるかわからないので怖すぎてやめておいた。

 とはいえ、二人とボイを私一人で担ぐのはSTRはともかく体格的に無理だし、できてもみんなにかなり負担をかけてしまう。

 でも馬車をいったんインベントリにいれたおかげか、私の所有物、装備品として認識できたみたいで、つまり《技能スキル》の範囲内に入れられたんだよね。


 それで、馬具を体に結び付けて、これは装備これは装備って念じながら、《薄氷うすらひ渡り》を使う。これは「一時的に体重をなくす」ことができるとされ、重量値の限界が緩和される《技能スキル》だ。これで馬車を何とか引っ張ることができるようになった。

 それでも私の足では小さすぎて摩擦が足りず、思うように引けず、そこで《壁虎歩きゲッコークライム》の出番。これは本来、壁とかにはりついて歩けるようになる《技能スキル》なんだけど、地面に対して使えば足が滑ることもなく、がっちり張り付いて純粋に力技で馬車を曳けるという寸法だ。

 そのほか、脱輪した時は《影分身シャドウ・アルター》で増えて無理矢理引っ張り出したり、《技能スキル》大活躍だったね……。


 その他、装備構成も滅茶苦茶頭使って、アイテムも使えるものは使って、移動速度重視でここまで来たっていう寸法だ。

 いやあ、死ぬほど疲れた。

 《SPスキルポイント》が赤ゲージまで減るとか、マテンステロさんにしごかれて以来だわ。

 あれのおかげで最大|SP《スキルポイント》が成長した感じはあるけど、本当に疲れるのでしばらくやりたくない。


「そんなわけで、どこか休ませる場所だけでも貸していただければ……」

「……そ」

「……そ?」

「────そ、そんちょー!!」


 悲鳴に似た声が、夜のしじまに響くのだった。






用語解説


・医の神

 オフィウコ(Ofiuko)。

 死者をよみがえらせたなどの逸話も残る人神。

 蛇の毒より薬(血清)を作り出したことで神々に召し上げられたという。

 信仰するものに医療、薬草、また毒などの知識を与え、癒しの加護をもたらすという。

 聖印は杖に絡みつく蛇。


・《薄氷うすらひ渡り》

 ゲーム|技能《スキル》。《暗殺者アサシン》系統がおぼえる。

 設定では「一時的に体重をなくす」ことができるとされ、水上を歩行可能にするだけでなく、使用中所持重量限界を緩和できる。

 また足音が消え、一部の敵Mobから発見されなくなるまたは発見されにくくなる効果がある。

『生きるということは、薄氷を踏んで歩くが如く』


・《壁虎歩きゲッコークライム

 ゲーム内スキル。《暗殺者アサシン》が覚える移動スキルの一種。

 設定では壁などに張り付いて歩くことができる、とされ、壁面や断崖など、通常は歩行不可能な地形を踏破可能になる《技能スキル》。

 一部の隠しエリアに侵入できるほか、広大なマップのショートカットなどに有用。

 銅像などのオブジェクトの上にも移動できるので、自撮りスクリーンショットなどでも活躍。

 また、一部のボスはこの《技能スキル》を使うことで移動可能なオブジェクトの上から、反撃を受けずに一方的にタコ殴りできるという裏技があった。

 長年修正されていないので、仕様なのではないかという声と、チゲ鍋で忙しいからという声がある。

『皇城の衛兵が、不埒な侵入者を相手にすることは稀だ。その前に飢えた「壁」の餌食になるからだ』

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