第六話 白百合と武装女中あれこれ

前回のあらすじ


突然の呼び出しに困惑するトルンペート。

野次馬根性でついていったその先で待つものとは。






 雪むぐりネヂタルポの馬車は、普通の馬車よりずっと揺れが少ないのが特徴です。

 いやまあ、馬車って言うかなので、文字通り雪の上を滑るんですよね。なのでがたつくことはそんなにありません。

 おうちの紋章が入った馬車で御屋形まで帰りながら、私たちは武装女中についてちょっとお勉強中でした。


 というのも、武装女中の試験ってどういうものなのか、よく知らなかったからなんですよね。

 ウルウはともかく、主人である私が全然知らないというのも情けない話なんですけれど、基本的に武装女中の格って武装女中の間で決めちゃうので、私関われないんですよね。


 普通の貴族とか普通の女中とかっていうものをよく知らないので想像交じりで言っちゃいますけれど、まあ普通のお宅では、働きぶりとかを主人が見て、取り立てたりするものだと思うんですよね。あとは女中頭が女中たちを差配したり、執事が使用人たちを取りまとめたり。


 辺境の武装女中の場合、武装女中の養成所というものが人里離れたところにあって、ここで教育を受けるものなんです。その中で、一等だとか二等だとか三等だとかの格付けをするんです。それで、このくらいの女中が欲しいんだけどって言う依頼があったときに、条件に見合った武装女中を送り出すんだとか。

 必ずしもみんな養成所育ちというわけでもなくて、例えばカンパーロ男爵領の武装女中は殆どカンパーロ領内で育った武装女中です。ただ、その教育は養成所出身の一等なんかが見ていて、定期的に養成所から視察がいくとか。

 トルンペートも私のおもちゃもといお付きをしながらだったので、養成所にずっといたわけじゃありませんけれど、それでもきちんと他の武装女中に指導を受けていました。


 ウルウが言うところのブランドものというやつですかね。飛竜紋の武装女中という価値を貶めないように、厳格に格付けがなされているそうです。

 まあそんな具合で、いくら主人が気に入ったとしても、勝手に昇格させることはできないみたいで、例えば私がトルンペートは実に素晴らしい女中だと思っていてもその格付けには一切口出しできず、精々昇格してもいいんじゃないかという推薦を出せるくらいなのだそうです。


「まあ、それも格上の武装女中からの推薦の方が優先されるくらいのものだけど」


 そんな武装女中が昇格する機会というものは、自分で申請してそれを格上の武装女中も認めてくれたときか、格上の武装女中が目をつけて推薦してくれたとき、とこのふたつみたいですね。

 稀に、格上の武装女中がいない状況で、見ないうちにかなりの実力をつけてしまっている場合もあるみたいです。トルンペートはそんな感じですよね。


「今回は、どうもモンテートのばっちゃんが推薦してくれたみたいね。それで、なんでか知らないけどペルニオ様が養成所から特等呼び寄せちゃったみたいだけど」


 普通は昇格試験というものは、一等武装女中が見るものなのだそうです。

 逆説的に言うと、昇格試験の試験官をする資格を持つ武装女中が一等武装女中と言ってもいいでしょうか。


 トルンペートの三等というのは、実際のところその実力の幅は広く、一応戦える女中といった最低限度から、トルンペートのように冒険屋稼業も平気でこなせるくらいまでいるようです。ただ、いくら強くても女中としての技能がないといけないので、どちらも高い練度で身に着けているものは少ないとか。


「デゲーロも最初は、組手が苦手で落ちたわよね」

「私、普通の女中上がりだったからなあ。走るの早かったから、折角だから受けてみたらーってくらいで」


 そこから鍛え直してちゃんと三等武装女中に成れているのだから、デゲーロもえらいですね。


「で、二等って言うのは、強くて、女中仕事も出来て、の上に、他の女中の面倒を見れるって言うのが、確か昇格の条件ね」

「つまり人を使えるようにってことかな」

「そういうことね。自分の勤めてる部署で後輩なんかに差配できるようになれば十分ね。とはいえ、それができても、二等に上がるにはもちろん腕っぷしもそれなり以上に必要だけど」


 強いだけでは武装女中にはなれませんけれど、でも強くなければ武装女中じゃないんですよね。女中の中には一軍の軍師もかくやというくらいに部下を使うのが得意な人もいますけれど、それも個人の武力が伴わないと武装女中にはなれないわけです。

 いままであった二等武装女中は、例えばカンパーロ男爵令息ことネジェロにい付きのペンドグラツィオや、我が家に勤めているルミネスコなどでしょうか。

 トルンペートはペンドグラツィオに模擬戦で勝っていますから、武力はきっと認められることでしょう。


「ま、悔しい話、トルンペートはかなり腕上げたみたいだし、二等には上がれると思うわよ。普通なら」

「うーん、ま、そうね。自信はなくもないわ。でも相手が特等なのよねえ」

「特等に試験見てもらったっての聞かないしねえ」


 二等より上の一等となると、そうですね、モンテート子爵ことじじさま付きのプルイーノが一等でしたね、トルンペートが言うところのばっちゃんです。残念なことにうまくあしらわれてしまいましたけれど、腕は認めてくれていましたね。

 それにティグロの侍女であるフリーダも一等です。まだそんなに年かさでもないのに一等まで叩き上げた実力はすさまじいものがあって、よく私も四本の腕で軽々とあやされたものです。


 一等ともなると、あくの強い武装女中の集団を従えることくらいは要求されるそうです。勿論のこと、部下の武装女中たちよりも強くなくては話になりません。


「ま、さすがにあたしも一等までは無理ね。ばっちゃんにもかなわなかったし、何より人を使う経験がね」

「まあ、トルンペートはずっと私のお付きでしたから、あんまり人を使う経験なさそうですもんね」

「そうなのよ。だから推薦とかもなかったし、あたしも望まなかったし」


 主人のことを思えば、格が高い方が箔もつくというものですけれど、そうなると私とこんなぐだぐだの馴れ合いはできなかったかもしれないとトルンペートは言います。


「リリオが認めてるし、むしろそうして欲しいって言うからあたしもざっくばらんにしてるけど、一等とかになっちゃうとそう言うのも難しいかもしれないもの。格に見合った振舞いってやつね」

「成程、そういうのもあるかもしれませんね」


 とはいえ、私は家も継ぐ気がありませんし、貴族として振舞う気も全然ない放蕩娘なので、トルンペートには是非とも今のまま砕けた調子でいてほしいものです。


「でもお賃金はぐっと良くなるのよね」

「そう言えばトルンペートの給料ってどうなってるの? 誰が払ってるの?」

「一応、『ドラコバーネ家』に仕えて、リリオの侍女として配属されてるって形だから、御屋形様がお賃金を支払ってるってことになるわね。まあ口座に預けっぱなしで、旅の間は冒険屋としての収入くらいね」

「……リリオってさ」

「なんですか?」

「親の金で雇ったメイドさんお嫁にして、自分では一銭も払わずに、それどころかメイドさんに別口で働かせて金稼がせてるって言う感じになるんじゃないの」


 アッ視線が冷たい!

 いや、うん、でも、そういうことに……なるんですかね。なるんですよね。

 考えたことなかったですけれど、そういう……ことなんですね。


「いやまあ、あたしもそれでいいんだし、いいじゃない。大体リリオがお賃金払うことになったら、とてもじゃないけど首回らなくなるわよ。武装女中って高いんだから」

「君、リリオのこと甘やかしすぎじゃない?」

「いいのよ、甘やかしたいんだから。それに、逆に言えばリリオが困ったときでも、御屋形様からのお賃金は滞らないから、将来が安心だわ」

「うーん。したたか」


 なんだか私一人だけものすごーくいたたまれない気分ですけれど、うう、いまの私にはトルンペート一人雇うだけの資産がないんですよね。いや、本当に辺境の武装女中ってお高いんですよ。そのお値段も養成所の方で厳格に決めてるので、勝手に変えられないし。

 いつかちゃんと私のお金で雇うのでその時まで優しく見守ってください。


「トルンペートが三等になったときは、どんな試験をしたの?」

「んー、あたしん時は、フリーダが見てくれたわね。まあ普通のことよ。掃除や洗濯の手際とか、料理の美味しさ。あとはほら、頭に本を乗せてね、それで落とさないように歩いたりとかして、姿勢の良さとか作法を見たり」

「組手もしたわよね。あんた飛び道具使うから、フリーダ様もそれに合わせてさ」

「だったわねー。格闘技は何とか及第って感じで冷や汗だったわ」

「私が言うのもなんだけど、土蜘蛛ロンガクルルロ相手に四つに組めって人族には酷よね」

「ほんとよもう」


 トルンペートとデゲーロはきゃいきゃいと楽しげに思い出語りをして、それからふいに真顔になりました。


「あと、あれが大事よね」

「ああ、うん、あれね」

「あれってなあに?」

「顔」

「顔ね」

「顔……?」

「顔面点はかなり大きいわ。美しさ滅茶苦茶大事」

「お化粧ひとつで当落変わることもあるらしいもんね」


 武装女中は、主人の護衛としてそばにはべることが多いので、美人さんばかり採用されるそうです。

 たまたま美人さんばっかりってわけじゃなかったんですね……。






用語解説


雪むぐりネヂタルポ(Neĝtalpo)

 魔獣。巨大なモグラの仲間。冬場は非常に軽く長い体毛を身にまとい、雪に沈まずに移動できる。

 夏場は換毛し、土中のミミズなどを食べる他、果物などを食べる。


・飛竜紋の武装女中

 武装女中は辺境に端を欲する文化だが、法的に規制されているわけではないので名乗ろうと思えば武装女中と名乗ることは自由。

 なので帝国各地に武装女中を名乗ったり、そのように扱われる女中は存在する。

 その中でも辺境の飛竜紋を許された武装女中は別格で、いわばブランドもの。

 武装女中を名乗るだけならいざ知らず、仮に飛竜紋を掲げようものなら、地の果てまで草の根かき分けてでも追いかけてくるケジメ案件である。


・顔

 小説では地味顔や目立たないと描写されているキャラクターが、イラストではえらい別嬪さんになる例が多いが、辺境の武装女中はその嗜好の違いはあれど例外なく全員が一定以上の顔面偏差値を誇る。

 武力が目立つ武装女中だが、見た目も商品のうちなのである。

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