第十二話 亡霊と何度目だ怪獣大決戦
前回のあらすじ
美形だろうとヤンデレだろうとやることは蛮族であった。
天下一武闘大会の観客になった気分だった。
瞬間移動でもしているのかっていう速度でマテンステロさんとアラバストロさんが動き回るものだから、私のチート気味の目でもいい加減追いかけられなくなってきた。身体だけでもそれなのだから、ふるわれる手足はもはや見えないどころか二、三本増えて見えるほどだし、小型の台風みたいに吹き荒れる魔力だか魔術だかは、何が起こっているのかわからないほどだ。
さっきから破裂音が響いてるのは多分、アラバストロさんの剣が音速の壁ぶち破りまくってる音だと思うんだよね。その後振り抜いてもれなく地面もぶっ叩いて爆砕してるけど。
マテンステロさんの双剣も地味におかしな速度で、あれ、もはや飛行機とかヘリコプターのプロペラの回転じみて軌跡は見えても剣自体が見えない。しかもそれを、指振ったりステップ踏んだりで発動するインスタント魔術と並行して繰り出してるから、大概頭おかしい。
「ねえリリオ」
「なんでしょうか」
「あれ、どっちが優勢なの?」
「……どっちなんでしょうねえ」
「あんまり凄すぎると、どう凄いのか、どれくらい凄いのかもわかんないわよね」
「だよねえ」
私たちもマテンステロさんにしばらく鍛えてもらったけど、三人がかりでようやく遊びになる程度だった。本気は少しは引き出せたのかもしれないけれど、全力はまるで見えもしなかった。
生涯現役をうそぶくマルーソさんの後を、当然のように引き継ぐだろう
そしてそのマテンステロさんを相手に、引けを取らないどころか互角に切り合うアラバストロさんは、単独で飛竜を退け続けてきた人間兵器。人界の壁。極北の魔人。
もはやこんな怪獣大決戦、どちらが優れているのか私たちにはわかりゃしない。どっちが勝っても人類に明日はないみたいなキャッチコピーつけたいとこだね。
三人で首を傾げていると、アラバストロさん付きの武装女中だとかいう、ペルニオさんがにこりともせずにゆっくり頷いた。
「左様でございますねえ」
この人、リリオよりよっぽどお上品だよな。
まあお上品ではあるけど、それ以上に全身から胡散臭さが匂い立つから、素直に感心もできない。
子爵さんのところの武装女中、トルンペートを一方的にあしらっていい汗かいたみたいな顔してたおばあちゃんが一等のところを、この人その上の特等武装女中とかいうやつらしい。見た目に寄らず随分長いこと武装女中してるみたいだし、油断ならない。
それに武装女中と言っておきながら、お仕着せが完全に普通のメイドさんなのも気になる。
エプロンも、飛竜紋は入ってるけど、飛竜革のじゃなくて普通の白いエプロンだし、鉈も斧もナイフも身に着けてない。上等な服を美しく着こなしてるけど、どこからどう見ても普通のメイドさんだ。
それだけに怖い。
大体突き抜けて強い奴ほどかえって普通に見えるっていうのが漫画やラノベの定番だからな。
本人はそんな私の胡乱気な目を全く気にすることもなく、私たち以上に他人事みたいな顔で観戦してるけど。
お人形じみて左右対称な顔が、ゆっくりと小首をかしげ、ゆっくりと戻して、ゆっくりと続ける。
「今までの戦績から、申し上げますと、奥様が勝ち越しておいでです。もともと、奥様が絆されて、雛鳥同然だった御屋形様に一太刀お許しになられたのがお付き合いの始まりにございますし」
「じゃあ今回も?」
「とも、申し上げられません。奥様が長くお出かけになられている間、御屋形様はそれはもうお荒れなられまして。普段でしたら、城勤めの騎士様方にお任せになるようなときでも、積極的に飛竜狩りに精をお出しになって、気晴らしなさっておられました」
「君のお父さん気晴らしで飛竜狩ってんの?」
「仕事熱心なお父様だなあと思ってたんですけれど……」
「目的は気晴らしでも、おひとりで飛竜の相手をなさっておいでですと、否が応にも剣は冴えますもので。懊悩に振り回されるように飛竜に当たる御屋形様は、それはもう笑えもといお苦しそうではございましたけれど、結果として以前よりずいぶんお強くなられました」
「いまなんか言い直さなかった?」
「そのような次第ですので、早めにお切り上げになれば奥様が優勢。逆に持久戦にお持ち込みになられれば御屋形様が優勢と言えましょうか」
見た目は柳腰の優男といった風情なんだけれど、リリオパパ、アラバストロさんの方が体力あるのか。
まあ、リリオもちっこい身体で出鱈目に体力あるからなあ。
私たちの中で一番荷物持てるし、私たちの中で一番疲れにくいし、私たちの中で一番回復しやすい。前にちょろっと話したけど、ステータス見る限り《
リリオの怖いところってその怪力とか爆発力だけじゃなくて、戦闘続行能力がずば抜けてるところがあるよね。手合わせするときは、徹底的に回避して一時的に疲れさせて、回復する前に一本取ることにしてるけど、回復許すと多分私の方が先にスタミナ切れする。
やっぱ血筋なのかな、あれ。
「フムン」
ペルニオさんはゆっくりと小首をかしげて、ゆっくりと戻して、それからゆっくりと視線を前庭に戻した。
その先では相変わらず二人が暴れまわっているけど、確かによく見ると、マテンステロさんの額には汗が見えるけど、アラバストロさんはやや頬に赤らみが出てきた程度だ。マテンステロさんが手合わせで汗かいたことってなかったくらいだから、これはなかなかに怖い。
「辺境貴族は、人間ではありませんので」
しれっと口が悪いなと思って見やると、ペルニオさんはゆっくりかぶりを振った。
「人間業ではないとか、人間離れしているとか、そういうことではございません。文字通り、言葉通り、辺境貴族という生き物は、人族ではございません」
小粋な女中冗句とやらなのかと伺うけれど、まるきり表情も空気も変わらないので、いまいち判然としない。
しかしこれにトルンペートとリリオも頷いているので、もしかしたらもしかするのか。
「辺境貴族は、無尽蔵の魔力を誇られます。これは、魔力の回復がお早いとか、魔力の保有量が多くいらっしゃるとか、そういう話ではございません。ただそこにあるだけで魔力を産生する。それは人の所業にはございません。──それは、竜の
竜の、業。
竜車の陰で煩わし気に破片を払う二頭の飛竜を見やり、それからリリオを見下ろす。
「ただそこにあるだけで、ただそこにあることが、魔力の泉を湧き出させる理外の存在、法外の実存。──
普通の生物であれば、他の生き物を食らい、大気を漉し取り、周囲から取り込むことでしか回復することのできない、いわばいのちそのものである
その魔力を何に頼ることもなく、ただそこにあるからというだけで自前で生み出し、生み出し続ける止まらない炉心。道理外れの道理崩し。
リリオのように幼いものにさえ、人間をたやすく壊せる暴力を与える奇跡。
それを十全に成熟させ、そしてなお成長し続ける化外の心臓。
その暴力がたった一人の内に宿り、たった一人に向けて振るわれている。
「……それ、勝ち目あるの?」
「勝ち越しておられるのが、奥様にございますれば。──それに」
「……それに?」
ペルニオさんはゆっくりと頷き、ゆっくりと戻し、それからその連続する爆心地に視線を向けた。
一層激しくなり、荒れ狂う風が、土塊が、石礫が、横殴りに吹き荒れる中、涼しい夏風に目を細めるように、そっと髪を抑えて、女中は平然としている。
「三徹目にございますから、そろそろおつむの方がお落ちになられます」
歩み寄る先、雑になってきた大剣が、疲れの見えてきた双剣とかち合い、ガラスの割れるような音を立ててへし折れた。
砕け散る刃が落ちるよりも早く、土の槍が風の刃が人竜の自由を奪い、容赦のない拳が細い顎に叩き込まれた。
あとはほとんど、一方的だったと言ってよい。
用語解説
・
竜の持つエーテル臓器。心臓の裏側にある、手で触れることのできないもう一つの心臓。
ただそこにあるだけで、ただそこにあることが、ただそこにあるために、魔力を生み出し、生み出し続ける魔力炉。いのちの湧き出す泉。
逆説的に言えば、竜胆器官を持つものが竜である。
辺境貴族とはこの竜胆器官を持つ一族であり、人の容(カタチ)をした竜のことである。
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