第十話 亡霊と観戦日和
前回のあらすじ
またもや飯レポ、そして辺境名物のお誘いである。
もはやパターン化してきている。
はい。恒例の辺境名物、蛮族野試合三番勝負はっじまっるよー。
お察しの通り死ぬほど面倒くさいので、多分死ぬほど死んだ目をしていると思う。
いつもいつも、いっつもいっっつも言ってるけど、私戦闘は苦手だし、むしろ嫌いな方なんだよ。
そもそも運動なんか子供のころくらいしかしたことのなかった、子供の頃でさえ引っ込み思案の閠ちゃんであった私に、何を期待できるというのだ。
残念ながらこの世界の人々は超人ボディと凡人メンタルを併せ持つやれやれ系チートキャラしか知らないので無茶振りしてくるのだ。
くそっ、なんて時代だ。
朝食から腹ごなしの時間をはさんで、お昼ごろ。
冬のモンテートにしては非常に良い天気だという抜けるような青空の下、私たちは優雅な猫足のテーブルに飲み物と軽食を並べ、ピクニックかティータイムといった風情で観戦を決め込むのだった。
まあ、主催の子爵さんが山賊の親玉か鎌倉武士みたいな面してどっかり腰掛けてるので、よく言っても
顔も似合わないし本人の趣味でもなさそうだし、でも品自体は実にいいものなので、奥さんとかの趣味なのかもしれない。
夕食の席でも姿を見かけなかったし、亡くなられたか、もっと生活しやすいふもとにいるのかもしれないけど。
並べられた軽食は、ティータイムと言うにはやっぱりちょっと武骨で、分厚めのサンドイッチとか、
ちょっと目立たないように、衝立の向こう側ではスープの鍋もかき回されている。
なんなら子爵の手には、一パイントぐらい入りそうな木製のマグカップにホットビールがなみなみ注がれていた。なお二杯目。
お金あるだろうに金属製でない理由は、そうじゃないと凍るかららしい。
そう、凍るんだよ。
いくら晴れてようと日が照ってようと、ここ標高三千とか普通に超えてるだろう山の上なんだよ。
温度計がないから正確な所はわかんないけど、いくら暖かめに見積もっても氷点下行ってるんだよ。
風吹いたらもっと寒いでしょこれ。そして実際吹いてるし。
試しに《ミスリル懐炉》を外してみたら顔面凍るかと思った。
まあ、北国出身ではない私なのでちょっと誇張表現あるかもしれないけど、それでもこの爺さんぺらそうなコート一枚で平気な顔してるのはおかしいのでは。
などとぼろくそに言ってみたけど、実際そこまで寒くはないはずなんだよね、ここ。
私たちが来るときにも使った飛竜場なんだけど、ここ、石畳の床がきちんとさらされているんだ。
雪かき大変だろうなと思ってたけど、どうもこれ、ロードヒーティング的な仕掛けが施されているみたいで、足元があったかいんだよね。
ここで雪を溶かして、端の方にある排水溝を通じて流して、生活用水としても使用してるのかな、ざっくり聞いたところでは。
だからまあ、カンパーロの雪上観戦よりはよっぽど快適ではある。
例によって例のごとく私はトリに据えられてしまい、先鋒はやっぱりトルンペートだった。
お相手は子爵さんの侍女であるらしい、プルイーノとかいうあのおばあちゃん武装女中だった。
なんでも一等武装女中という「どえりゃあばっちゃん」らしいのだけれど、先日二等武装女中を圧倒している姿を見てるので、そこまで不安はない。
むしろ、枯れ木みたいに細いおばあちゃんを見てると、そろそろ荒事は引退した方がと心配になる。
まあ、そんな心配も試合がはじまるまでだったけど。
カーテシーも美しく、エプロンドレスの二人が向かい合って礼をした直後、ブ厚い鉄の扉に流れ
アイサツ終了から零コンマ二秒の恐るべき速攻だ。
「ば、ばっちゃん手加減!」
「年寄りには寒さが堪えますもので、早めに終わらせたいのですよ」
「
「あらやだ、
さすがにマテンステロさんの気まぐれ地獄トレーニングを共にしたトルンペートだけあって、重たげな鉈で猛攻を受け止め続けている。
というと善戦してそうだけど、実際のところ、スピード重視のトルンペートが回避ではなく防御せざるを得ない状況に追い込まれていて、その上、得意のナイフではなく重たい鉈を持ち出さなければならないパワーが相手ということだ。
しかも恐ろしいことには、このおばあちゃん、素手だった。
一応、武装女中のお仕着せである手袋はしてるんだけど、カンパーロの二等武装女中ペンドグラツィオみたいに金属を仕込んでいる感じではない。
革手袋一枚しか帯びていない拳が、激しい金属音を立ててトルンペートを追い詰めているのだった。
「……なにあれ」
「腕に魔力を込めて、硬質化してるんですね。殴りかかるときは筋力を強化して、打撃の瞬間だけ硬質化することで柳のような柔軟さと鋼鉄のような硬さを両立してるんです」
「さらっと出てくるわりに初耳なんだけど」
「トルンペートも一応できますよ。ただ、激しい打ち合いの途中で成功させるのは難しい、というかほとんど曲芸です。常時できるようになって初めて一等を名乗れるらしいですね」
「リリオもできるの?」
「私はできません……というか、辺境貴族は魔力だけはあほみたいにあるので、ああいう曲芸覚えるより素直に魔力垂れ流した方が早いですから」
「ぬわっはっはっは! あのばあさんは人を殴るのに慣れとるからのう!」
「主に旦那様が原因でございますねえ」
つまり、化け物に掣肘入れるために磨き上げられた
あのおばあちゃんは人間の範囲の魔力量をやりくりして、職人みたいな精密さで制御しているらしい。
しかも、あれは本人にとっては猛撃でさえないっぽい。軽口飛ばしてくる余裕もある。
拳は絶え間なく撃ち込まれてるんだけど、足元は静かなもので、スカートがひるがえるどころか足首さえほとんど見せない。つまりこのばあちゃん、腰の入ったパンチの一発もなしなのだ。
マテンステロさんの連撃も大変だったけど、あの人はムラッ気があるので、読みづらくはあっても隙をつくことはできた。でもこのおばあちゃんは実に堅実な拳をしている。積み重ねたカラテだね。
トルンペートも飛びずさって距離を取ったり回り込んだりしたいみたいなんだけど、拳の切れ目がほとんどないので下手に退がれず、うまく隙を見つけて退こうとすると、試合開始直後みたいなすり足踏み込みが容赦なく追いかけてきて、体重乗ったいい奴をもらうみたいだった。
結局、トルンペートは守りに徹しているうちにどんどん気力体力魔力とリソースをがりがり削られていき、最終的には鉈を弾かれのけぞったところに、首筋に手刀を添えられて一本取られる形となった。
勝ち方まで優雅だなこのばあさん。
タイが曲がっていてよ、みたいな絵面だもんな。多分あの手刀、人の首とか簡単に折れるけど。
「ば、ばっちゃん少しは年取って……ぜっ……はっ……!」
「私が強く思えるのは、あなたがそれなりに上達したからですよ。ところで」
「な、なに……っ」
「手巾を借りても? 汗をかくとは思わなかったものだから」
しれっとした顔でしれっとのたまうおばあちゃんに、トルンペートは叩きつけるようにハンカチを寄越して、ばったり倒れた。
うん、ありゃ完敗だよね。格好いいもん。
極めて優雅にトルンペートを担ぎ上げて──優雅?──おばあちゃんは退場し、次鋒は我らがリーダー、リリオの出番だった。
そう、
「なんだかすごーく失敬な事思ってません?」
「だって君が出張るときって、大体一撃で片付くか泥仕合するかの二択じゃない」
「必殺技をお手軽に防がれるのもあります」
「無い胸を張らないの」
「いいでしょう、今日は派手に私の魅力を紹介しちゃいましょう」
君の魅力は十分知っているつもりだけど。
まあいいや。
どうせろくなことにならないし。
寒くないのかちょっと厚手の服の上にいつもの飛竜鎧を身に着けた程度のリリオ。まあリリオって動き回る戦い方するしね。
それと対峙したのは飛竜乗りの着る飛行服をダンディに着こなした壮年の男性で、名乗りによれば子爵さんの長男であるグラツィエーロ氏だという。
普段は飛竜乗りたちの隊長格みたいな感じで行動を共にしていて、食事も彼らと摂っていたようだ。
人数の少ない精鋭集団をうまいこと扱うには、同じ釜の飯を食う距離感がいいってことなのかな。単に本人の趣味っぽくもあるけど。
「フムン……久しぶりだな、お嬢ちゃん」
「ええ、お久しぶりですおじさま。辺境弁で大丈夫ですよ?」
「小さい小さいと思っていたが、なかなかどうして凄味を身に着けてきたじゃあないか」
「ありがとうございます。辺境弁で大丈夫ですよ?」
「近頃は
「楽しみですね。辺境弁で大丈夫ですよ?」
「……………」
「辺境弁で大丈夫ですよ?」
「──おめなぁ! げにおめなぁ! シュッとした
「おじさまは昔からえーふりこくからですよ」
「こっぱらすね! ……失敬」
取り繕おうとしてるけどもう手遅れすぎる。
黙ってたらダンディなおじさまなんだけど、辺境訛りが出た時点で完全に革ジャン着た農家のおじちゃんだもんなあ。
なに言ってるのかは全くわからないけど、試合前から口ではぼろ負けしてるみたいで、大丈夫かなこの人。
ともあれ二人は向かい合って、そそくさと礼をした。
リリオはいつもの剣で、おじさんは古びた長剣だった。骨董品ではありそうだったけれど、実用品であるのは間違いない武骨さだ。
長大なサーベルと言うべきか、日本刀の親戚と言うべきか、反りのある片刃の刀剣で、やや太身。
切っ先は大きく、そこだけ諸刃作りになっているようだ。刀身に彫られた溝、いわゆる樋は、俗にいう血流しのためと言うより、重量緩和のためと思われた。
興味深いのは、刀身の長さに見合わず柄が非常に短いことで、片手の拳の分しかない。柄頭は大きく張り出していて、飛竜の頭を思わせる造りだった。
また、サーベルのような護拳どころか、日本刀のような鍔さえない、柄からそのまま刀身につながる造りだった。
これは多分馬上、というより飛竜乗りが使うからには飛竜に乗った状態でインファイトにもつれ込んだ際の装備と思われた。
リリオは挑発ついでにため込んでいた魔力を剣に注ぎ、開幕から例の爆ぜる魔力で叩き切ろうという算段だったらしいけれど、おじさんは激高したように見せておいてしれっと後退した。
後退して、およそ剣の間合いとは思えない距離から片刃長剣を大振りに振るう。
コマンドミスかな、なんて暢気なことを考えていると、あわててのけぞったリリオの後ろの方で、山肌がさっくり切れた。
あんまり鋭く切れたので見間違いと思ったけど、おじさんが剣を振るう度にその先ですぱすぱと山肌に傷が入っていく。
「おわっ!? け、剣で遊ぶってのはなんだったんですか!?」
「だーっはっはっは! 遊んでるべや! おめの馬鹿ンごつクソぢからン相手なンざしてやらン!
「ひえっ! そんなんだからもてないんですよ!」
「こっぱらすね!!!」
空爪……
ここまで鋭利で静かで遠くまで届くのは初めて見たけど。
何気に凄まじい腕前だし、怪力インファイターに対する戦術としては非常に正しいのだろうけれど、大人気なさの溢れる試合展開だった。
はたから見ると、馬鹿笑いしながら剣を振り回してるアブナイおっさんと、奇声を上げながら見えない何かからゴキブリのようにかさかさと逃げ続けるアブナイ女の子という、非常にアブナイ絵面だった。
とは言えさすがに何度も繰り返されれば慣れてくるようで、リリオも回避が安定してきた。
安定してくれば、鋭いとはいえ魔力で固めた空気の刃、リリオなら魔力を込めた剣で弾けるようにもなる。
で、安定して防げるようになってくると、反撃もしてくる。
「だーっはっはっゥオッ!?」
距離という防壁で安心して慢心してたおっさんに、まさしく電光石火の速度で襲い掛かったのはリリオの剣から放たれた
武器の性能込みとは言え、多少のタメであれを出せるのは結構怖いと思う。
音の百倍以上速く迫る雷撃を避けるおっさんもつくづくおかしいけど。
大気中では減衰するし直進もしない雷撃だけど、ある程度リリオの魔力で雷精に方向付けしているから、一応おっさんの方には行く。行くけれど、命中率は高くない。なのでたまたま避けられた、というのはあるかもしれない。
一発だけなら。
「なんだべやァァアッ!?」
「最後に当たればよかろうなのです! ふふはははははははーっ!」
辺境貴族であるおっさんが魔力消費を気にせずに空爪を連発できるんなら、同じ辺境貴族のリリオも馬鹿みたいに雷撃を乱発できるのだった。
普段はこれやると味方にも当たるし、普通の獣には過剰威力だし、その癖マテンステロさんには届かないのでやらないだけで、マップ兵器みたいな悪辣さがあるな。
おっさんも負けじと空爪で応戦し始めると、お互いに干渉して軌道がずれまくり、すぱすぱばりばりと破壊の嵐が吹き荒れる。
しかも途中で、お互い飛竜革の装備には矢避けの加護があることを思い出して、防御より相手のリソースを削るべく攻撃を優先し始めたので酷い有様になってきた。
風も雷も「軽い」から、矢避けの加護で避けられるらしいんだよねえ。
ああ、こりゃひどい。
なんで私が平然としているかって言うと、マテンステロさんがしれっと防壁張って観戦席を守っているから。
なんで私が優しくそれを見守っているかって言うと、周囲への被害が出始めたので一等武装女中サマが両成敗を決定したからだった。
用語解説
・パイント
ヤード・ポンド法における体積(容積)の単位。
イギリスとアメリカでは定義が異なる。
ウルウの認識では英パイントで、こちらはおよそ568ml。
・ホットビール
ビールに香辛料やドライフルーツ、砂糖などを加えて加熱したもの。
日本ではあまり普及していないが、ドイツやベルギーでは寒い冬によく飲まれる。
耐熱容器で電子レンジでも作れる。
・《ミスリル懐炉》
ゲームアイテム。
装備すると、状態異常の一つである凍結を完全に防ぐことができる。
ほぼ全ての敵Mobが凍結攻撃をしかけてくる雪山などのエリアでは必須のアイテム。
燃料などの消費アイテムも必要なく、なぜこれで暖が取れるのかは謎である。
『地の底より掘り出され、ドワーフが鍛え上げたまことの銀。を、贅沢に使用した高級感あふれる仕様でお届けいたします』
・ロードヒーティング
ウルウが言っているのは道路等の舗装の内側に、電熱線や温水のめぐるパイプを張り巡らせたもので、路面の融雪、凍結防止のための設備。
施工も維持も割と高くつくので、コスト削減のため様々な工夫が試されている。
個人的には積もる雪をどうにかするには力不足で、どちらかと言えば雪かきで残った雪を溶かし、路面で凍結しないようにするための装置といった印象。
帝国では塗装式の魔術が用いられており、要するに魔法で温めている。
消費魔力は安心安全の当主由来。
・腕に魔力を込めて~
単純に身体強化するのが魔力の恩恵。これは言わばステータスの問題で、程度の差こそあれ、鍛えれば上昇する。
プルイーノが行っているのは《
・グラツィエーロ(Glaciero)
子爵の長男。
妻と子供たちがいるが、さすがに要塞で暮らすわけにもいかないので麓の町で生活している。
いわば単身赴任のお父さんなのだ。
最近の悩みは子供に「お父さんおかえり」ではなく「お父さんいらっしゃい」と言われたこと。
普通にしていればダンディだし甲斐性もあるのだが、山賊の息子は山賊というか、根が田舎者。
実力はあり、飛竜乗りとしても優秀で、部下にも敬意を払われているが、やや抜けている。
・「──おめなぁ! げにおめなぁ! シュッとした
「おじさまは昔からえーふりこくからですよ」
「こっぱらすね! ……失敬」
(意訳:「──お前なぁ! 本当にお前なあ! スタイリッシュ/スマートな都会の女の子の前だから、イケメンですよって顔してるのがわからねえかな!? お前は顔も良くて手も早いから嫁さんを捕まえてこれただろうけど、俺は麓に降りなきゃ嫁も子供たちも顔見れないんだぞ! 若くてかわいい子の前くらい格好つけさせろ!!!!」
「おじさまは昔から格好つけるからですよ」
「うるさい! ……失敬」)
・
風精を乗せた空気の塊を打ち出す攻撃方法。
熟練の冒険屋には同じようなことができるものもいて、より鋭い斬撃を飛ばすこともできるという。
・「だーっはっはっは! 遊んでるべや! おめの馬鹿ンごつクソぢからン相手なンざしてやらン!
(意訳:「だーっはっはっは! 遊んでるだろう! お前の馬鹿みたいな怪力の相手などしてやらん! 俺の
・
大きめの流れの緩やかな川に棲む魔獣。成魚は大体六十センチメートル前後。大きなものでは二メートルを超えることもざら。水上に上がってくることはめったにないが、艪や棹でうっかりつついて襲われる被害が少なくない。雷の魔力に高い親和性を持ち、水中で戦うことは死を意味する。身は淡白ながら脂がのり、特に揚げ物は名物である。
リリオの剣の柄巻、及び鎧の補修に使われており、雷精との親和性と、耐性が上昇した。
・矢避けの加護
方法や属性は様々だが、要は「飛び道具などの軌道を逸らすまたは迎撃する魔術・法術的仕組み、あるいは神性などの加護」の総称。
飛竜の革は極めて高い親和性を持つため、矢避けの加護も強力である。使用さえすれば。
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