第八話 鉄砲百合と要塞温泉
前回のあらすじ
連続の飯レポであった。
内容はほぼ同じなので実質焼き増しである。
飛竜肉食べると辺境に帰ってきたなって、やっぱ思うわよね。
まあいくら辺境だからって、飛竜の肉はさすがにしょっちゅう食べられるようなものでもないけど。お祝いの席とか、こういう歓迎の宴の時とか、そう言う時に食べるものよね。
勿論、消費するのはもっぱら貴族とかお客さんだけで、あとはまあ、新年の振舞いとかで、砦勤めのものにいくらかわたるくらい。さすがにふもとの庶民にまでは渡らないわ。
それはリリオの故郷であるフロントでもそこまで変わらない。
あっちの方が飛竜の数が多いし、獲れる肉も多いけど、それでも領都の一部の高級店に卸されるくらいで、他所の町や村にまではまず回らない。
ああ、あとはまあ、贈答用っていうか、帝都の皇族とか大貴族とかに、新年の挨拶代わりとか、誕生日のお祝いとかに送ったりはあるわね。
狩るのは大変だし、絶対数が少ないけど、常温でも全然腐らないから、遠方への贈り物には便利らしいのよね。毎年贈ってるから、ぶっちゃけ
まあ、一介の武装女中には縁のない話だけど。
浴場よ。
お風呂。
勿論、これに一番喜んだのはウルウだった。
疲れていようと疲れていまいと、一日一回は必ず風呂に入るもの。
多い時は一日に三回くらい。
以前ヴォーストで見たことあるのよ。人気のない時間帯を選んで、出入りしてるの。
あれは、もし人気のない温泉とかだったら、一日中でも入り浸るんじゃないかってくらいね。
風呂の神官にでもなるつもりかしら。
まあ、ウルウの影響もあって、いまやあたしたちもすっかり風呂に慣れてしまって、一日が終わる前にひとっ風呂浴びないと、どうにも落ち着かない体にされてしまった。
そりゃまあ、清潔にしておいた方がいいのはわかるわよ。
国だって、衛生を鑑みて風呂の神殿に援助してるわけだしね。
でも旅の最中でも湯を沸かして風呂に入るとかいう気の狂った所業を日常にしてしまっているのは、帝国広しと言えどあたしたち《
どんなお風呂なのだろうかと期待しているウルウに急かされ、あたしたちは女中の案内で浴場へと向かう。
モンテート要塞には二種類のお風呂がある。立地的な問題で二種類しかない、とも言えるけど。
んん、いやいや、立地的にって言っちゃうとやっぱり二つでも多いのかしら。この山の上に浴場があるってだけでもすごいわけだし。
一つは使用人や飛竜乗りや文官が利用する大浴場。
大っていっても、そこまで大きくはない。要塞の人間が、時間帯を決めて交代で入らなければならないようなものだ。それだって芋を洗うような具合だそうだ。
あたしはリリオのお付きとして一緒にお風呂に入っていたから、こっちは話に聞くだけで行ったことはない。
なんとなく薄汚いのを想像してしまうけど、時間帯ごとにきっちり清掃して交代してるみたいなので、むしろかなり綺麗ではあるらしい。
もう一つは、当主である子爵閣下をはじめとした貴族と、客人が利用する浴室だ。
帝都からの客人を迎え入れるために、当時の領主が増設したものだそうで、実用一辺倒で効率重視の武骨な要塞の中にあって、見栄えを気にした立派なものだった。
わざわざ時間とお金をかけて運んだ大理石敷きの浴槽はいっそ浮いてるって言っちゃってもいいくらい、帝都風だ。
あたしたちが案内されたのは後者の方で、四人で入るとちょっと狭く感じるけど、それでも足を伸ばすくらいの余裕はある。
本来なら、客人が自分で連れてきた使用人とか、子爵閣下の方で用意なさった使用人がお世話してくれるんだけど、これは閣下が控えてくれた。
あたしたちの一行にはあたしっていう立派な武装女中もいるし、そもそもこの四人は一応冒険屋なのだ。冒険屋は妙に気を遣わんほうがゆったり休めるだろうと、そのように言って下さったのだった。
あたしたちはともかく、ウルウは絶対嫌がるし、奥様もなんだかんだお好きではないので、ありがたい。
それに、余人には見せられない状況であるわけだし。
脱衣所で服を脱いで、意外というか不思議だったのは、平気で裸になれるし、平気で裸を見れるってことだった。
もちろんそれは、女所帯だからっていうことで、平気と言ったって隠すべき場所をあけっぴろげにさらしたりはしないし、人様のそう言った部分を凝視したりもしない。
そういう当たり前のことはそうとして、閨を共にした相手に肌を見せることも、その肌を見ることも、思いの外に動じるところがないな、っていうことだ。
そりゃもちろん、綺麗だなとは思う。
リリオの肌は雪焼けすることもなく白くつややかで、張りがある。
子供みたいな体形の癖に、力が入るたびに
少年のように骨ばっているようで、でも確かにやんわりとした丸みを帯びた肉付きは、成長途上の若枝のような生命を思わせる。
ウルウの肌は相変わらず病的に白い。日に当たってない白さだ。一緒に旅してるのに不思議だけど。
でもその弱々しいように見える肌は、水をよく弾く張りのあるもので、リリオと大違いのしなやかな曲線は妙に蠱惑的だ。
元々背が高いうえに、姿勢もいいから、どうしても見上げなきゃいけないんだけど、そうするとほっそりとしたくびれのせいで一層豊かに見えるやわやわが驚くほどの迫力を持って見下ろしてくる。
そのように二人の体はとてもきれいで、魅力的なんだけど、でもそれだけなのだった。
あの時のように冷静なんて言葉が蒸発してしまうような熱はない。
二人も同じように感じているようで、なんだか不思議なくらいあたしたちは穏やかだった。
いつもいつでも盛ってるってわけじゃないんだから、そりゃそうなんだろうけど。
ああ、でも、まあ、いまだに消え切らない
そんなあたしたちを見て、
「あら、まあ」
多くは語らず、しかしそれ以上に多弁に過ぎる顔でにんまりとあたしたちを見比べた奥様は、上機嫌でさっさと浴室に向かわれた。
おのれ。
奥様は奥様で非常に均整の取れた若々しいお体なのだけれど、これにも反応しなくてよかった。誰彼構わず反応するような女だったら、気軽に風呂屋にも行けなくなる。
追いかけるようにあたしたちも浴場へと足を踏み入れる。
おお、と声が漏れたのは、ウルウだった。
あたしとリリオはまあ、何度も遊びに来てはその度に利用しているから今更だけど、はじめての人にはこれはなかなか見どころのある浴室だと思う。
よく磨かれた大理石敷きの床と浴槽はなまめかしく白く輝き、四方の壁と天井には美しく舞う飛竜の彫刻が彫られてる。
この彫刻がまたよくできていて、目立たないようにその随所に
風呂係の使用人たちが使う調度の類も、防水性に優れ、また品質も良いものばかりだ。
ウルウがそう言った高級志向溢れる浴室の中で、一番気にしたのは、浴槽へお湯を注ぎ続ける出水口だった。
「……なにこれ」
「何って……こう、お湯が出てくるやつですね」
「そうじゃなくて、えーっと、この間抜け面」
「もう、怒られますよ」
ウルウが言っているのは、のっぺりとした丸みのある、どこか愛嬌のある──まあ、確かにウルウの言う通り、ちょっと間の抜けた顔だ。これが出水口として、曖昧に笑うみたいに半端に開いた口から湯を吐き出しているのだった。
これはなんでも、むかし流行った彫刻で、風呂の神マルメドゥーゾを表しているらしい。
つまり大昔の
神話の時代より後、
昔ながらの風呂の神殿とかにはこれと同じものがちゃんと据え付けられているらしいけど、近代になって新設されまくった公衆浴場や風呂の神殿では、予算の関係とか、流行りの関係とかで、そんなにたくさんは置いてない。らしい。
あたしも詳しくはない。
手早くぱっぱと体を洗ってしまうのは、冒険屋の習い。
とはいえ、あたしたちはみんなそれなりに髪が長いので、ちょっと時間がかかる。
冒険屋の中には、男よりも短く刈り上げる人もいるらしいけど、そこまで思い切るのはちょっと。楽だし熱気がこもらないっていうけど、ねえ。
まあ、あたしは武装女中で、見た目にもある程度見栄えってもんがいるから、やっぱり長い方がいいのよ。長すぎるのも大変だけど、ある程度髪の毛あった方が、髪型でいろいろ見せられるしね。
リリオはまあ昔からの習慣と、あと髪が強いから。
髪質が丈夫だから手入れが面倒じゃない、っていうことじゃなくて、まあそれもあるんだけど、純粋に、物理的に、鋏が負けるのよ。さすがに鉄の方が丈夫だから切れるは切れるけど。
あれだけ絹糸みたいな柔らかさの癖に、鋏で切ろうとすると滅茶苦茶強靭すぎて、切りそろえるの大変で仕方ないのよね。
辺境貴族はみんなそんな性質らしくて、長く伸ばすか、逆にある程度短く刈り揃えちゃって、剪定するみたいにちょくちょく鋏を入れるみたい。
ウルウは切りたいみたいなんだけど、リリオがせっかくだから、って言うもんだから伸ばしたまんまなのよね。
甘いっていうか。それともこだわりがないだけかしら。
こんだけ長いと結ったり編んだりいろいろ遊べるから、あたしは楽しいんだけど。
そんな感じで体を洗い終えたら、風呂神様のえれえれと吐き出すお湯溢れる浴槽で、あたしたちはじっくりと旅の疲れを取ることにした。
正直、ご飯をたらふく頂いた後だからちょっと苦しくはあるんだけど、でもまあ、食べられるときに食べて、休めるときに休むのも冒険屋の習いだ。
便利な言葉ね。
ふへー、と肺の奥から疲れを絞り出すように息を吐いて、ちょっと熱いくらいの温度の湯に肩までつかる。
極寒の辺境の冬に、それも何もかも足りないが基本のモンテート要塞で、こんなに満腹で心地よくお湯に浸かれるというのは、もうこれ以上ない贅沢よね。
しかもこのお湯、一応温泉らしいのよね。
なんでも昔、旅の風呂の神官が温泉の匂いを嗅ぎつけて自力で山を登って要塞までたどり着いて、錫杖でこーんと一発山肌を叩いたところどっと湯が湧き出して空を飛んでいた飛竜を撃ち落としたなんて伝説が残っているらしい。
「ちょっと情報量多すぎない?」
「まあ色々つけ足されたんだろうけど。でも温泉湧いてるのはほんとみたいよ」
「こんな高い所でも出るもんだねえ」
感心したようにウルウは頷いて、それから小首を傾げた。
「そういえば、風呂の神官、いないね」
「いるわよ」
「えっ」
「一応貴族の入る浴室だから、神官は別室で湯を扱ってるのよ。辺境貴族は気にしなくても、内地からのお客さんとかは気にするでしょ。貴族には暗殺とかいろいろ疑わなきゃいけないし」
「ふうん」
世俗の権力者と神官は相性が悪い、っていうわけでもないんだけど、神官ってこう、神様第一な所があるから、有力な神官ほど権力者の言うこと聞かないのよね。
だからまあ、一緒にしてもあんまりいいことはないのよ。
物知らずなウルウにいつもの解説をしながら、あたしは湯に浮かぶやわやわを堪能するのだった。
用語解説
・出水口
美術史の話となるが、帝国では神話の登場人物や、神々を彫刻に彫ったり絵に描いたりする流行が一時期あった。
マルメドゥーゾの顔の出水口もその一つで、当時は風呂と言えば必ずこの顔を用いたという。
流行の発端はと言えば、芸術の神々ムーザ・コレクトの一柱ミハエランジェーロの神託を受けたと称する彫刻家の稀代の名作が世に知れ渡り、貴族の間で在野の芸術家を発掘することがブームになったことが切っ掛けであるとされる。
このブームのために帝国の美術・芸術は大いに触発され発展することとなったが、同時に貴族たちの芸術に対する莫大な浪費合戦が問題となり、規制が入ることとなった。
これによってブームは緩やかに鎮静化し、節制主義と呼ばれる内的な美しさを追求するスタイルが流行していくこととなる。
・芸術の神々ムーザ・コレクト(Muza kolekto)
多くは陞神した詩人、芸術家たちであるとされる、複数の神々の総称。
ミハエランジェーロ、オーラ・ネーロ、フンジワラなど。
芸術分野や地域によって挙げられる名前も異なり、ひとまとめに呼ばれることが多い。
・風呂の神マルメドゥーゾ
風呂の神、温泉の神、沐浴の神などとして知られる。この世界で最初に湧き出した温泉に入浴し、そこを終の棲家とした山椒魚人が陞神したとされる。この神を信仰する神官は、温泉を掘り当てる勘や、湯を沸かす術、鉱泉を生み出す術などを授かるという。
・
最初の人たちとも称される、この世界の最初の住人。海の神を崇め奉り、主に水辺や浅瀬に住まう隣人。肌が湿っていないと呼吸ができないが、水の精霊に愛されており、よほどの乾燥地帯でもなければ普通に移動できる。極めてマイペースで鈍感。好奇心旺盛でいろいろなことに興味を示すが、一方で空気は読めず機微にもうとい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます