第六話 白百合と飛竜の炙り焼き
前回のあらすじ
土下座する辺境貴族が見れるのは帝国でもここだけです。
なお現地ではよくみられる模様。
じじさま、子爵は辺境貴族から見ても非常に豪快で豪放で磊落な方なんですけれど、その行動力に思考が追いつかないことの多い方でもあります。
つまり勘違いで突っ走って盛大に事故ることの多い方なのです。
これがこと飛竜の襲撃だとかの緊急時ともなれば、即断即決の迅速な行動が速やかな迎撃へとつながりますし、経験に裏付けられた考えるよりも先に動く勘も鋭く、非常に優秀な方でもあるんですけれど。
殺しちゃった壊しちゃったでは取り返しがつかないのでそのあたりはある程度自制があるんですけれど、あるはずなんですけれど、あるとは思うんですけれど、まあ辺境貴族ですからね。私も人のことは言えません。
いや、私はちゃんと自制心ありますよ?
人一倍魔力の恩恵が強かった私は、成人の儀で旅立つ前に、徹底的に力加減を覚えこまされましたからね。
生卵を潰さないように握ったまま運動するとか、切れやすい細糸をあちこちに巻き付けて一本も切らないで生活するとか、とてもとても頑張りました。
なのでたまにしか壊しません。
小さい頃からさんざんトルンペートを壊しちゃいましたからね。
私は反省できる人種なのです。
「ね、辺境貴族でしょ?」
「そうだね。よく今まで生きてたね」
「壊すの得意なやつの周りには、直すの得意なやつが充実するみたいなのよ」
「成程」
なんか二人が言ってますけど、本当に私は辺境貴族の中ではまともな方だと思いますからね。
カンパーロの皆さんと比べられるとまあ、ちょっと辺境度が高いかなとは思いますけど。
まあ、私のことはいいとしまして。
じじさまはあれな人ですけれど、そんなじじさまを支える周りの人は必要以上にきちんとしっかりした人たちですので、万事滞りなく整えられています。
招待された食堂も、まあ山岳にしがみつくような要塞の中なので広さも豪華さもカンパーロほどではないんですけれど、石造りの武骨な造りの中に、趣のある調度品などが下品でない程度に散りばめられており、いぶし銀とでもいうべき渋みのある良さがあります。
貴族はお金がかかっていることを見せつけるのも仕事ではありますけれど、モンテートは軍事色の強い領地。むしろこのような控えめで、されど油断ならない具合というのが丁度よいのかもしれません。
まあそのように整えたのは代々の使用人たちであって、じじさま個人の好みは金ぴかに飾り立てたド派手な調度品とか、とにかくでっかい武具とか、大型の獣の剥製とかなんですけど。
じじさまの部屋なんかもう、観る分には楽しくても過ごす分には全く落ち着かない感じでしたからね。
飛竜の全身剥製が飾ってあるの、帝国広しといえど多分ここくらいですよ。
そんなじじさまの趣味的にはまあいささか地味な所のある、落ち着いた食堂で、私たちはもてなされました。
料理は主に
これは冬場だからと言うだけでなく、もともと急峻な山岳地帯でろくに作物が取れず、ふもとのわずかな農地から運んでこれるものを貯蔵して食料にしているからなんですね。
それでも見栄えよく給仕してくれる料理人の腕の良いこと。
供される種類は主に
芋類や穀類を材料にした火酒は、寒さの中でも凍りませんからよく飲まれますけれど、さすがに強いので、水代わりとはいきません。
でも景気づけや、体を温めるのに飲んだりします。
この火酒、辺境では
これとですね、この
この
辺境は海に面していないというか、海辺が残らず断崖絶壁なので漁のしようがないんですけど、実は塩湖があるんです。しょっぱい湖ですね。
ここに住む
内地ではこれがもう高値で高値で、びっくりするくらいの高値です。
宮殿に卸せるくらいの代物ですよ。
それをこう、「ウソッ」というくらいたっぷりと貝殻の匙にとって、ぱくり、と頂いちゃいます。
これがもう、たまらないのなんのって。
おまけにこれ、保存目当ての塩のきついものではなく、辺境でしか食べられない塩の薄いものです。塩がきついと、熟成されたこの香りとうまみが、台無しになってしまいますから、これは現地でないと食べられない贅沢な代物です。
そして、そしてですよ。
ただでさえ贅沢なこの味わいに、流し込むのは
すっきりとした味わいと、燃えるような酒精が、ともすればくどくなりかねないこってりとしたうまみを洗い流し、舌をもう一度楽しめる状態に回復してくれるわけです。
素晴らしい、素晴らしい味わいです。
これは延々と繰り返せますね。ダメ人間まっしぐらです。
しかしこれは前菜、前菜に過ぎないのです。
ここで満たされていては戦う前に負けたようなものです。
塩漬けばっかの食卓に飽きてきたウルウが、もうこれだけでいいかなみたいな顔し始めてますけど、駄目ですってば。
モンテートのとっておきは、なにしろすさまじいものです。
前菜を程よく楽しみ、会話が花開き始めたところで、思わず心惹かれてしまう香りとともにやってきたのが、主菜の大皿でした。
これがもう、昔ながらの豪快な一品で、とにかく肉、といった見た目です。
二人がかりで運んできた大きな皿の上には、どっしりとした塊肉の炙り焼きが、香草や香味野菜とともに鎮座ましましていました。
これは絶対美味しいというか、これで美味しくなかったら許さんぞという見た目の暴力ですよ、もはや。
この大きな炙り焼きの塊を、主人であるじじさまが大ぶりな包丁で客人に切り分けていくのですけれど、これがまた堂に入っています。
温められた皿に分厚く切られた肉がでんと載せられ、皿を運んできた料理人が添え物をいくつか添えて、女中たちが給仕してくれます。
ああ、この香り、たまらなく懐かしくなります。
うまみを閉じ込めるように外側はしっかりと焼き目が残り、しかし内側は薄い赤色を保ったままです。必要以上に加熱せず、しかし生というわけでもなくきちんと火は通っている。炙り焼きの最も上等な焼き方です。
これほど大きな肉の塊を、むらなく芯まで火を通すのは、料理人の腕の良さの証左です。
早速刃を入れると、焼いたとは思えぬほどの柔らかな切りごたえ。食用に調整された牛肉などと比べるとやや硬いですが、それも野趣と言えば野趣。
切り分けて口にすれば、力強い肉のうまみ。それにとろける脂。歯ごたえがややきつい所もありますけれど、まさしく肉を食べているなっていう感じがします。
独特な香りもむしろ、香草の利かせ方もあって、かえって食欲をそそりますね。
ああ、なんだか帰って来たなあっていう気がします。
懐かしのお味です。
なんて、ほっとしながら肉の塊を切り崩していく私の隣で、ウルウはしきりに首を傾げていました。
「どうしました?」
「ん……いや、食べたことないお肉だなあって。山じゃないと獲れない生き物?」
小首をかしげるウルウですけれど、まあ、それは、そうでしょうね。
山じゃないとというか、辺境じゃないと食べれません。
それも竜の顎かここくらいじゃないとまともに手に入りません。
「ふふん、美味しいでしょう。辺境名物ですよ」
「まあ、美味しいけどさ。何のお肉?」
「ウルウも見たことのある生き物ですよ」
「見たことある……って言っても。こんな大型の生き物……あ」
「そうです」
思いついたように手を止めて、まじまじと炙り焼きを見つめるウルウ。
多分正解ですね。
「これ、飛竜のお肉なんですよ」
用語解説
・
芋類、穀類を原料とした蒸留酒。
白樺の炭で濾過したほぼ無味無臭のものが多いが、香草などで香り付けしたものもある。
・
イクラのこと。
鮭の熟した卵を一粒ごと小分けにしたもの。塩漬けやしょうゆ漬けにして食べる。
帝国内地でカヴィアーロと呼ぶのはこれのことで、もっぱら港町でのみ消費されてしまう高級品扱い。
・
ここでは
他のチョウザメの類の卵を用いた類似品はあれど、辺境の
なお生産地ではスープの浮き身にしたり、炒め物に調味料代わりに放り込んだり、粥に混ぜ込んだり、雑に消費されているとか。
・
辺境固有種。具体的に言うと「強い」。
ペクラージョ湖に棲息するチョウザメであることからのシンプルな名づけ。
鮫に似ているが鮫の仲間ではない。
産卵のために生まれた川に遡上する。
最大で十メートル程度まで育った個体が記録に残っているが、もっぱら獲られるのは二メートルから三メートルの個体である。
卵は
・ペクラージョ湖(peklaĵo)
塩漬けを意味する言葉から名付けられた。
海水程度の塩分濃度を持つ塩湖。
その塩分濃度のためか、冬場でもめったに凍らない。
流入する河川はあるが出口となる河川がないという条件は満たしているものの、水分が活発に蒸発する乾燥地帯でもないため、なぜ塩分濃縮が起こっているのかわかっていない。
古来から辺境の貴重な塩田として利用されてきた。
閉ざされた環境では独自の生態系が築かれているとか。
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