第六話 鉄砲百合と思い出話

前回のあらすじ


実はものすごくいいとこのお嬢様だったリリオ。

あれで。あんなので。





 辺境貴族があまり作法とか礼儀とかを重んじない、というのは半分正しくて半分誤りだ。

 辺境でだって、作法や礼儀というものはあるし、それを軽んじる者は相応の報いを受ける。

 ただ、内地の作法や礼儀と比べると、それが形式や様式よりも、実際的な部分を重視するってこと。

 思い遣りや、敬意、そういったものをまっすぐに表現するといってもいい。

 そう言ったものを示すためであれば、形式的な作法は曲げてもいい。

 辺境では誰も席次を口うるさく言ったりはしないし、食器の使い方が正しくないからと嗤うこともない。


 内地のお高く留まった貴族は、そういった辺境貴族のやり方を野蛮だ、洗練されていないということもあるが、辺境の作法が決していい加減というわけじゃない。

 辺境だから礼儀などいらんと無礼な態度をとった貴族が、その場で斬首され、周りの辺境人もそれを賛美したという逸話も故事にあるくらいだ。

 ただ、作法や形式を多少曲げることよりも、中身もないのに形ばかりを強調するやり方を良しとしないってわけ。


 別にその辺境のやり方が最上に素晴らしくて、内地の作法は形骸化したゴミだなんていう気はない。

 辺境のやり方だって善し悪しだし、内地のやり方だって善し悪しだ。

 その土地にはその土地のやり方があり、譲れないところは仕方がないとして、譲れるところは譲るほうが文明的だというだけだ。


 という風に頭の中で唱え、念じたのは、つまるところ譲りがたいけど譲らざるを得ないこの現状に対して思うところかあるけど言うに言えないからだ。


 暖かい部屋、美味しいお酒、美味しいごはん、とっても素晴らしい。

 素晴らしいけど、そんな晩餐会に武装女中あたしが席をもらっているってのがもう、落ち着かない。

 いくら辺境がざっくりばらんとしてるからって、使用人は使用人、そこはしっかりと区切られている。内地と比べれば大分距離が近いかもしれないけど、それでもこうして主人と同じ卓につくなんてのは、まずない。


 しかし、いまのあたしはリリオのお付きの武装女中ではなく、リリオの冒険屋仲間のトルンペートという形で認識されてしまっていて、そしてその通りに遇されているのだった。

 いや違うんで、女中なんで、なんてことはもちろん言えない。

 リリオも悲しむだろうし、閣下も興を損ねるだろう。

 というか閣下も、顔見知りなのだしあたしが武装女中だということもわかっているだろうに。

 まあ、辺境貴族は豪放だ、だからどうしたって言うんだろうけど。


 だから仕方がなく、せめて前掛けは外して精いっぱいお客様面するけど、でも女中に給仕されるとどうにも背中がむずむずする。

 リリオに給仕してる姿を見るとあたしにやらせてって言いたくなる。

 これも職業病っていう奴だろうか。

 ウルウも、人見知りの癖に平然と給仕されてて、なんかようやく手のひらからエサを食べてくれるようになった野良猫が他所でもエサ貰ってるのを見た時のような気分だ。そんな経験ないけど。


 そんなあたしのもやもやをよそにウルウはなんだかんだ美味しそうに食べるし、リリオと奥様、男爵閣下は思い出話に花を咲かせている。

 あたしとしてはもう、せっかくいいお酒が飲めるんだから、考えるのをやめて酒食におぼれたいところなんだけどそうもいかない。

 リリオが思い出話するってことは、当然、リリオといっつも一緒にいたあたしも話に巻き込まれざるを得ないのだった。


「いやあ、まったくお懐かしい。旅に出られるときはすぐに出て行ってしまわれたから、お見送りも半端なもので」

「もう、私を肥え太らせて食べるんじゃないかってくらいおもてなしいただきましたよ」

「おや、そうでしたかな。はっはっは!」

「リリオがお暇しようとする度に、不思議と名物料理が出てきたのを覚えていますよ、閣下」

「いや! いや! いや! まあそのような偶然もあるかもしれませんな!」


 男爵閣下には確か息子さんばかりで、結局娘さんができず、ちょくちょく遊びに来ていたリリオのことを目に入れてもいたくないと言う可愛がりようだった。

 リリオもリリオでまったく人見知りすることもなく物怖じもせず、おじさまおじさまと無邪気になついていたものだから、閣下としても可愛がり甲斐があったことだろう。それによく食べるから、餌付けのし甲斐も。

 あたしもリリオのおこぼれにあずかってよくお菓子をいただいたものだ。


 ……あれ、あたしも餌付けされてるな。

 よくよく思えばあたしもリリオと二人まとめてかわいがられていた気がする。

 まあ、いくらあたしだって、子供の頃はそんなものだろう。うん。仕方がない。


 カンパーロは堂々たるド田舎だけど、でも内地から遠ざかる一方の他の地域より、よほど物珍しい品が流通している土地柄でもあって、その上、土地も広いのでリリオにとってはいい遊び場所だった。

 遠路はるばる竜車で遊びに来て、結局旅疲れでついて早々ぐっすり寝て一日つぶしてしまったり、よく知りもしない森にフラフラっと遊びに行って二人して迷子になったり、牧場で羊たちのお世話をすると言いだして、結局牧羊犬に面倒を見られたり。


 いやあ、こうやって語ってみるとなんだかほのぼのして見えるけど、当時のあたしにとっちゃ、ついていくだけで全身がぼろぼろになりそうなほど疲れる大冒険だった。


 あ、これ比喩表現じゃないわよ。

 森で害獣や魔獣に追っかけ回されて骨折ったり、リリオが力加減間違えて骨折ったり、骨折ってばっかりだったわ。あ、これも比喩表現じゃなく、物理的にね。骨を折られては泣いて、強制的に回復させられては泣いて、また折られては泣いて、あたし、けっこう泣いてばっかりだったわ。腕から折れた骨が飛び出て泣かない子供がいたらあたしが見てみたいけど。

 まあそんな風に、腕を折られ足を折られ、あばらを折られ鎖骨を折られ、全身大概折ったんじゃないかってくらい折ったわね、骨。


 骨付きの肉をいただきながら、こんな感じだったかなーなんて、今では平気で思っちゃえるくらいだ。

 って言う話を隣のウルウに振ってみたらものすごく嫌そうな顔された。

 それが面白くてつい、ウルウが食べようとしてるお肉と見比べて、自分の脇腹のあたりを指してみる。


「それ、このあたりね」

「あのねえ。食べる気なくなるんだけど」

「背中側ね。あばら骨についてるやつ」

「君は肉付き悪くてまずそう」

「あら言ってくれるじゃない」


 ウルウは、はァー、とクソでかいため息をついて、ちょっとあたしの耳元に口を寄せて、脅すみたいに言った。


「食べちゃうよ」


 かすれ気味の低い声が、腰のあたりにぞわぞわ来た。


「懐かしいですねえ。ラピーダはまだ元気ですか?」

「まだまだ現役でやっとります。子供も、もう立派な牧羊犬ですな。雪解けしたら、新しい卵も孵ることでしょう」

「楽しみですねえ」


 あたしがうへあ、と変な声を出している間に、ウルウはお肉を骨から綺麗に外す作業に戻り、リリオたちは牧羊犬の話で盛り上がっていた。

 それどころではないあたしは、しばらく腰のぞわぞわに悩まされるのだった。





用語解説


・ラピーダ

 カンパーロ男爵家の牧場に飼われている八つ足の牧羊犬。

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