第四話 鉄砲百合と空の旅

前回のあらすじ


空爆不可避。







 大叢海の遊牧国家アクチピトロを支配する、高慢にして不遜なる天狗ウルカの王族たちでも、おいそれとは翼の届かない空の高みを、竜車は往く。


 手を伸ばせば雲は手にも触れられそうで、頭上を仰げば日差しが髪にも触れそうで、見下ろせば人の住む世がはるかに遠く、小さく広がっている。

 辺境貴族や、選りすぐりの飛竜乗りたちでもなければ見られない光景を、あたしたちはしばしのあいだ独占したのだった。


 リリオは久しぶりの竜車に目を輝かせ、あたしも職人謹製のものとは違う手作り感あふれる車体に感心し、そしてウルウはどこまでも広がる大空にきらめく乙女心をふりまき、ひとしきり空の旅というものを満喫した。


 それが飛び立って十分かそこらくらいの話。


 景色がいいとは言っても、人里から離れてるから山か森か平地しか見えないし、それも見慣れてくるし、見飽きてくるし、窓は小さくて狭いし、まじないがかけてあるとは言っても開けっぱなしでは冷えるし、いつまでもぼけらったと景色を眺めていられるほど枯れていないあたしたちは、誰か言い出すでもなく自然と窓を閉ざしてしまった。


 窓を閉めてしまえば、竜車だなんだとは言っても所詮はただの箱だ。

 しかも装飾も何もない簡素なものだ。

 角灯に仕込まれた火精晶ファヰロクリスタロがちろちろと投げかけてくるぼんやりとした明かりの下で、あたしたちは早々に暇を持て余していた。


 馬車なら交代で御者を代わって、いくらかの暇つぶしにもなったけれど、なにしろ飛竜を乗りこなせるのは奥様だけだ。

 朝から夕までぶっ通しで飛竜を駆り、冷たい空気に身をさらしている奥様の負担を考えると、お客様然としてこうして暇を持て余しているというのもなんだか申し訳ない気もする。ましてやその暇にぶーたれて悪態をつくというのはますます持って問題よね。


 奥様は飛竜に乗るのは楽しいし、飽きないと仰ってくださるし、実際伝声管越しに調子っぱずれの鼻歌が聞こえてきたりと、余裕は余裕そうだし、楽しそうは楽しそうだ。

 航路も飛行計画も余裕をもって立てているから、気にしないでいい、そのかわり野営の準備は全部任せるわ、と奥様は笑うけれど、どうも、こんなに楽をしていると旅をさせていただいているという感じがして、落ち着かない。


 でも、暇なものは暇なのよね。

 何と言おうと、退屈を感じる心はごまかせない。


 ここでがっつり睡眠時間を稼いで、野営の見張りをがんばるというのも考えないではないけれど、そもそも飛竜が寝そべってる野営地に、どんな馬鹿が近づこうというのだろうか。

 火の持ちのいい鉄暖炉ストーヴォもあるので、焚火の火を絶やさないように、なんてことも必要ない。


「あたしたち、こんな快適で怠惰な旅して、いままで通りの旅に戻れるのかしら」

「真顔で悩んでるところ申し訳ないんですけど、毎日お風呂入って、毎日新鮮な材料でご飯作って、夜は謎の魔除け頼りで見張りも立てず、ふわふわのお布団で三人仲良く惰眠をむさぼってる辺り、私たちいままでも大概快適で怠惰な旅してますからね」

「よりによってリリオに言われるとは」

「さらに言えば、ヴォーストで乙種魔獣狩りで荒稼ぎしたのでしばらくお金にも困りません」

「何気にお金持ちなのよね、あたしたち」

「稼ぐ割に使わないしねえ、意外と」


 冒険屋ってのは、普通はお金があんまりたまらない。

 仕事道具である武器や防具ってのは使えば使うほどすり減るし、時には壊れてしまったりもする。

 使い捨ての道具なんかも多いし、仕事前に神殿で術をかけてもらったりしたらそれも少なくない出費だ。

 依頼を達成するために必要なものを買い集めて、現場で道具を壊したり怪我をしたり、なんだかんだで結局、本末転倒なことに足が出たりする。

 それもまだ依頼を達成できているからましな方で、頑張って準備して、あれこれ苦労して、結局失敗したら、依頼料は入らない。大赤字だ。

 無事成功したって、大喜びで打ち上げなんかしてたら、手元に残るのはほんのちょっぴりだ。


 無所属で冒険屋やるって言うのは、それらを全部自分で抱えて対応しないといけないっていうことだ。世間一般で言うところの、「金で雇えるごろつき」っていう冒険屋の印象が、それを物語ってる。


 事務所に所属してる連中は、仕事も回してもらえるし、住処だってあるし、怪我した時は面倒見てくれたりもするから、ずっとましになる。その分、事務所に払うお金もあるから、まるっきり楽になるってわけでもないけど。


 活躍している冒険屋ばかり見ていると見落としがちなことだけれど、事実として、冒険屋なんて言うのはやくざな商売で、真っ当な仕事じゃあないのだ。


 あたしたちの場合は、ちょっと特殊だ。


 腕がいいっていう、まあそれだけで一財産かけて育て上げなければならない条件を、あたしたちは冒険屋になる前から持ち合わせていた。だから怪我もしないし、大抵の仕事は労せずこなせる。

 怪我もしなければ疲れもしないから、そんなに休みを入れないでも仕事を続けられるから、お金も次から次に入ってくる。


 それから装備だって上等なものだ。あたしは結構安物使ってるけど、リリオのものは、飛竜革の鎧に、大具足裾払アルマアラネオの剣なんて言う、まずもって壊れることもすり減ることもない代物だ。買い替える必要なんてないし、手入れもそこまで気にしなくていい。

 ウルウの装備も、どんな代物かよくわからないけれど、大して手入れもしていないようなのに、ずっと使っていられるようだから、大したものだ。


 お金を使わなくて済むって言うのは、基本的にあらゆるものを擦り減らしながら走り続ける冒険屋にとって、理想的な状況だ。


 それに加えて、あたしたちは最初はともかく、こなれてきてからはもっぱら乙種魔獣の討伐を重ねてきた。

 これが、稼ぎがいいのだ。

 護衛とかみたいに拘束時間が決まってるわけでもないから、手際さえよければ短い時間でさっさと終わらせられる。つまり時間当たりのお賃金が、いい。

 討伐数が決まっていなければ、狩れば狩っただけお金になるし、狩った魔獣の素材をさばけば、依頼とは別にお金が入る。


 正直、辺境で魔獣の相手をしてきたリリオやあたしにとっちゃ、北部の魔獣はそこそこ歯応えがあるなっていう程度で、しっかり準備をすればまず負けることなんてない。

 でも普通の冒険屋にとっては割に苦労する手合いだから、競争相手が少ないので気兼ねなくやれるから、いい仕事だ。

 まあ、少ないって言うだけで、単一の魔獣の専門家とかみたいな熟練の冒険屋は、あたしたちより腕も手際もいいから、すっかりあたしたちで独占ってわけにはいかないけれど。


 打ち上げに関しては、ウルウはともかくリリオもあたしも結構盛大にはしゃぐし、そうでなくても普段からよく飲みよく食べるので、これが支出としては結構大きい。

 大きいけれど、圧迫してくるほどではない。

 狩ってきた魔獣を食材として消費することも多いし、店で食べるばかりじゃなくてあたしが調理することが多いからそこまで高くつかない。


 そんな具合に、入ってくるお金が多くて、出ていくお金が少ない、という当たり前のことで当たり前にあたしたちの財布は肥え太っていたのだ、いつの間にか。

 あんまり実感はないけど。


「ほとんどパーティとして資金管理してるから、自分のお金っていう感覚がないのかしらね」

「かもしれませんねえ」

「経済は回していかないと腐っていくだけだから、ちょこちょこ使っていかないとね」

「そう言う意味ではウルウが一番お金使うわよね」

「単価が高いだけで、頻繁ではないかな。リリオの財布は緩いんじゃない?」

「まあ、ご当地ご飯は大抵買い食いしてますけど」

「ご飯とか、あとに残らないものくらいしか買わないわよねえ」

「記念品とか集めてみる?」

「まあ悪くないけど………しまうの、あんたの《自在蔵ポスタープロ》よ?」

「思い出は荷物にならない」

「これだから馬鹿容量持ちは」


 あたしたちはそんな風にうだうだとよもやま話を繰り広げ、そして口元がにぎやかになった分、寂しくなった手元をトランプで埋めることにした。


 お金のことが話題に上がったので、じゃらじゃらと邪魔っけな三角貨トリアンを掛け金にして、ポーカーで遊ぶことにした。

 トランプもポーカーも帝都から広まった遊びで、ヴォーストでも大抵の酒場で札を広げる姿が見られたものだ。

 辺境ではさすがにまだそんなに一般的ではないけれど、貴族の間では新しい遊戯として知られていて、あたしもリリオの遊び相手として覚えさせられたものだ。


 やり方は、地方や人々によって違うけれど、あたしたちはいつも《三輪百合トリ・リリオイ》流のやり方でやっていた。

 つまり、五枚の手札をやりくりして、強い役を作る。一番強い役のものが勝つ。親は勝ち負けに関係なく順繰りで。ジョーカーは入れない。

 ざっくりこんな感じ。


 あんまり常識と親しくないところのあるウルウは、意外にもこの遊びを知っていた。

 最初は何か奇妙なものでも見るような目で札を何度も検めていたものだけれど、やり方を突き合わせてみれば、すぐに飲み込んでしまった。

 あたしが知っているよりもずっと多くのやり方を知っているみたいだったけれど、実際に遊んだことはそんなにないようだった。

 「遊ぶ相手がいたように見える?」というのが冗談だったのか本気だったのか、いまいち判断しかねて乾いた笑いしか出なかったのも懐かしい思い出だ。


 ウルウはそんな具合で、そこまで慣れてはいない。

 リリオはちょくちょく遊んではいたけれど、やる相手がもっぱらティグロ様かあたしかくらいだったので、経験は言うほどじゃない。

 貴族のお嬢様の遊び相手として、接待も含めて徹底的に叩きこまれたあたしは、一番の熟練と言ってよかった。相手を勝たせる方法を知っているのだから、当然自分が勝つ手技も仕込まれている。


 だから根が正直で顔に出やすく、ついでに言うと掛け金も吊り上げ気味なリリオなんかはいいカモで、接待なんか気にしないでいいこういう場では、いくらでもむしり取れる。

 もちろん、あんまり露骨にやると疑われるし、すぐに飽きてやめてしまうので、ほどほどに勝って、ほどほどに負けて、最終的にほどほどの儲けを出すのがうまいやり方だ。


 なのでリリオ相手であればいくらでも転がしてやることができるのだけれど、ウルウときたら、これが問題だった。

 最初の内こそ、まあ運がいいやつだなと思っていたのだけれど、さすがに三回連続手札交換なしでむちゃんこ強い役ロイヤルフラッシュを繰り出してきた時は思わず真顔になったものだ。


 毎度毎度という訳ではないのだけれど、ここぞというときに必ずいい役を拾ってくるので、リリオみたいに手ひどく負けるということがない。

 何が何でも勝つというタイプではないので、ほどほどにしか勝たないけれど、逆に言えばそのほどほどが崩れることがない。

 あたしが仕込みを入れてなんとか負かそうとしたときに限って、リリオが調子に乗ってかけるのを尻目にさっさと降りてしまうのである。


「……あんたがむやみやたらに運がいいのは知ってるつもりだけど」

「そうかなあ」

「ロイヤルフラッシュが三人被るってある?」

「私、はじめてのロイヤルフラッシュが引き分けなんですけど……」


 あたしたち三人が場に出した手札は、そろって最上位の手役が出来上がっていた。

 あたしがロイヤルフラッシュなのは積み込んだからだ。

 リリオがロイヤルフラッシュなのも積み込んだからだ。

 でもウルウには役なしハイカードになるように積み込んだはずだ。

 二人もロイヤルフラッシュをそろえて、手札がハイカードから、勝てるはずがない。


 なのにこいつ、手札全交換して一発でそろえてきやがった。


 そもそもロイヤルフラッシュなんて手役、自然にそろうものではない。

 散々仕込まれたあたしだって、なにも仕込みを入れずにロイヤルフラッシュがそろったことなんて、ありゃしない。一発で引くなんてのは、どうかしている。


 素直にすごいですねえと感動しているリリオを尻目に、あたしは乾いた笑いしか出てこなかった。


「六十四万九千七百四十分の一」

「……一応聞いとく。なにが?」

「ロイヤルフラッシュ引く確率」


 めまいがする。

 それを三人分って、どれくらいの確立なんだろう。

 いや、あたしとリリオの分はあたしが揃えたんだし、その二人分のロイヤルフラッシュを抜いたところから揃えてきたんだから、確率はもうちょっと変わってくるんだろうけれど、

 なんにしたって、ちょっと幸運に恵まれ過ぎている。


「いかさましてないわよね?」

「やり方知らないんだよね。トルンペートがしてるのは何となくわかるんだけど。教えてくれない?」

「手が付けられなくなるじゃない」

「………あれっ、トルンペートいかさましてたんですか!?」

「盛り上げる程度にしかしてないわよ」

「その割にはいつも私のお財布がさみしくなるんですけど……」

「その分あたしの財布が膨らんでるから不自然じゃないわ」

「そう、です、か……うん? あれ?」


 うんうんと首をひねっているリリオはさておいて、こうまで運といかさまで左右される遊びでは、三人が三人とも平等に楽しめるとは言い難いだろう。

 とはいえ、トランプを使うものは運が絡むものが多い。

 記憶力も絡んでくるから、とにかくウルウを相手にすると勝率が駄々下がりする。

 楽しめると言えば楽しめるけれど、リリオが不憫でならない。いかさまは止めないけど。


 なんかこう、運もいかさまもないような遊びはないかしら。

 帝国将棋シャーコも冬場の暇つぶしとして、辺境でもよく遊ばれていたものだけど、なにしろかさばるから持ってきてないし、ヴォーストでも買わなかったのよね。

 あれなら純粋に腕前での勝負になるし、駒落ちでやればあたしもいかさまなしでうまいこと加減ができる。


 とはいえ、ないものは仕方がない。

 なんかないかしらねえとあたしたちがうなだれると、ウルウも手持ち無沙汰に呟いた。


「あっち向いてホイでもしようか」


 何気ない呟きがあんなことになるなんて、その時あたしたちは思ってもいなかったのだった。





用語解説


・ポーカー

 近年、トランプとともに帝都から発信された札遊びの一種。

 ローカルルールなど細かな差異はあるが、大まかなルールは同じで、基本的に我々の知るポーカーと同様のものであるとみてよい。

 トランプと言い、誰かが持ち込んだようでさえある。

 最近では酒場などで専門のディーラーとして立ち、稼いでいる者たちもいるという。

 流行の品であり、熟練のものは見た目も洗練され、巷ではモテるとかなんとか。

 『お前なんだか、トランプとか武器にして戦いそうな顔だよな(笑)』などと煽ると危険なのでお勧めしない。


帝国将棋シャーコ(ŝako)

 おおむねチェスのようなゲーム。

 盤のマス目の数や、駒の種類など、地方によってさまざまな種類があり、統一されていない。

 また、駒の役目が同じでも、形や名称が違うということもある。

 例えばナイトに当たる跳馬チェヴァーロの駒は、帝都ではいわゆる「ウマ」の形だが、西部ではより身近な騎獣である大嘴鶏ココチェヴァーロを模した駒である。

 帝都では各地の盤を揃えた店があり、代表的な複数の帝国将棋シャーコがプレイできるようにマス目や駒を変えられる特殊な盤なども扱っているという。

 愛好家は他地方の盤を集めていたりしていて、ご当地産業にもなっているようだ。

 変わったものとしては、三人でプレイできるもの、自分の使用する駒を、複数種類の中から自由にに選んで並べることができるもの、実際の地形をかたどったものなどがある。


・あっち向いてホイ

 じゃんけんから派生する遊び。

 まずじゃんけんで勝敗を決める。

 「あっち向いてホイ!」の掛け声とともに、じゃんけんの勝者は上下左右のいずれかを指さす。じゃんけんの敗者は掛け声とともに顔を上下左右のいずれかに向ける。

 指をさした方向と顔を向けた方向が一致すれば指さした側の勝利。

 方向が一致しなければ再びじゃんけんからやり直す。

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