第十二話 白百合と異郷の少女

前回のあらすじ


彼女はなのだろうか。

それは悩むだけ無駄な事なのかもしれない。

だからただ、彼女のこの後に幸あらんことを祈ろう。








 按摩を済ませたユヅルさんにお茶を淹れてもらって、そうして次の仕事があるからと去っていった背中を見送って、私は改めてウルウを眺めてみました。


 ウルウはもう先ほどまでの霰もない姿などどこ吹く風、ちょっとつやつやつしながらも落ち着いた様子で甘茶ドルチャテオを楽しんでいますけれど、私は先ほどのウルウの様子が少しおかしかったことに気付いていました。


 普段は私たち三人でいるときでもだんまりでいることが多いウルウが、珍しく人にものを、それも至極個人的な事を尋ねたのには、驚かされました。


「君、故郷はどこ?」

「遠くです。ちょっとすぐには帰れないくらいに」

「帰りたい?」

「帰りたい……かもしれません。でも今は、帰れないかな」

「そう」


 私にはそのやり取りの意味は分かりませんでしたけれど、しかし、その短いやり取りで、ウルウが何かを考えることをやめ、満足したことには気づきました。


 思えば、あの少女、ユヅルさんは、ウルウと同じように西方寄りの顔立ちをしていました。そしてまた名前の不思議な響きも、西方のものと思えるかもしれません。

 けれど彼女の交易共通語リンガフランカは実になめらかで訛りもなく、それこそウルウのようにきれいな発音でした。

 ウルウのように。


 そこでハタと気付きました。


 もしかするとあの少女は、ウルウと同郷だったのかもしれませんでした。

 はっきりとはわからないまでも、ウルウはそれを察してあんな質問をしたのかもしれませんでした。


 思えばいまだに私はウルウの生まれも育ちも知りません。

 境の森で出会った時が私にとってウルウの始まりの時であり、そして今こうしてここにいるのがウルウのもっとも新しい姿です。それ以前のウルウのことを、私は本当に何も知らないのでした。


 いままでも気にならなかったわけではありませんでした。しかし、ウルウが何も語らないこと、冒険屋として旅人として、あまり詳しく詮索するのは野暮だということ、そしてまた私自身踏み込み切れない何かがウルウとの間にはあって、そのこともあって、私は今まで何も聞けずにいました。


 だからでしょうか。私はついつい気になって、ウルウの隣にまで椅子を運んで、そっと訪ねていました。


「ねえウルウ」

「なあに」

「あの……」


 私は何度かそうして、言葉を出そうとしても出せず、うまく言い出せないまま、もごもごとして、それでも、ウルウがしっかりとこちらを見て、言葉を待っているのを見て、えいやっと勇気を振り絞って尋ねてみました。


「さっきの、ユヅルという娘ですけれど」

「うん」

「もしかして、その」

「うん」

「ウルウと、同郷の方だったのですか?」


 ウルウは片眼をあげてじっとわたしを見つめ、それからゆっくりと、曖昧な笑みを浮かべました。


「さあ」

「さあって」

「本当に分からないんだ。もしかしたらそうなのかもしれないと思ったけれど、そうでないような気もする。確認しようとも思ったけれど、野暮かなと思ってね」


 その言葉にはまったく嘘というものはなさそうでした。あっさりと言い切ってしまうくらいには、ウルウにとっては大したことではなかったのかもしれませんでした。

 私がなんだか肩透かしのような気分でいると、ウルウはくすくす笑いました。


「でも、驚いたよ。そんなこと聞きたがるなんて」

「そんなことって」

「君がユヅルのことだけど、って言ったときね」

「はい」

「私が珍しく他の娘に構うから嫉妬でもしたのかと思ってね」

「は……はあっ!?」


 ぽかんと呆れる私に、ウルウはくすくすと笑って、トルンペートもまた寝台の上でくすくす笑いました。からかわれたのです。


「もう、ウルウ、もうっ」

「ごめん、ごめん。でも、嫉妬はしてくれなかったのかな」

「そんなのしませ……すこしはしたかもですけど!」

「うふふ」

「ふふふ」

「もう、ふたりとも!」


 私がすっかり拗ねてしまうと、ウルウはまだ笑いながら、それでも優しく頭をなでてくれました。


「ごめん、ごめん」

「ふーんだ」

「でもねえ、本当に意外だったんだよ、そんなことを聞きたがるなんて、本当に」

「そんなことって」

「私の故郷のこととか、あの娘が同郷かなんて」

「私だって、そのくらい、気にしたりしますよ」

「全然気にしてないのかと思ってた」

「聞くのも野暮かと思って、それなのに」

「ごめんって。でもねえ、本当に、私にとっては大したことじゃないんだよ」


 ウルウの手が優しく頭をなで、頬を撫で、肩を撫で、気づけば腕の中ですっかりあやされて、これではまるで子供みたいだなんてぶーたれていると、ウルウは困ったように笑いました。


「私の故郷のこととか、昔のこととかは、少し、説明しづらいけれど、でも、大したことじゃあないんだよ」

「むう」

「もし私の故郷とか、昔のこととか、そういうのを聞いたとして、私たちの関係がいまさら変わるのかな」

「えっ」

「変わってしまうのだとしたら、私は少し、悲しい」

「か、変わりません! 全然変わりません!」

「ふふ、うふふ」

「くふふふ」

「もう、ふたりとも!」


 かしましくもそうして、世はふけるのでした。

 私たちは、そうですね、こんな具合で、いいのかもしれません。








用語解説


・曖昧な笑み

 ウルウ特有の、そしてまたユヅルも浮かべていた笑み。

 転生者を見分けるいい特徴かもしれない。

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