第八話 亡霊と湯上り事情
前回のあらすじ
温泉の効能を全身でたっぷりと味わった三人。
豊かさと、心地よさと、ほんの少しの切なさと。
たっぷり長々と温泉を楽しみ、少しのぼせ気味の私たちは、ほかほか湯上りを楽しんでいた。
具体的には、体をふいて着替えを終えて、休憩所の長椅子に腰を下ろして、女中さんが淹れてくれてよく冷えた
この
でも
歴史的には、西方から
でも貴族を中心に喫茶の文化自体は広まって、自分達でもどうにかできないかなーって色々試した結果が、今の
だから地方をまたぐと同じ
今でも少ないながら
そんなわけで、以前オンチョさんに貰った西方の緑茶みたいな茶葉は本当にうれしかったりする。
まあお茶を飲むとホッとするっていうやつは本当のお茶を飲んだことがないらしいんだけど。
「心臓にアドレナリンをぶち込んだような気がする、だっけ」
「死んじゃいますって」
「ですよねえ」
女中さんに突っ込まれてしまった。
しかし
「牛乳……」
「え?」
「湯上りに冷やした牛乳飲むと、なぜかおいしいんだよね」
「またウルウが変なこと言い始めました」
まあこっちの世界には乳を冷やして飲むという文化自体があまりないからな。貯蔵の為に冷蔵こそするけど、別に冷たい牛乳をありがたがって飲む文化はない。温めて飲む方が多い。
リリオが呆れるなか、しかし意外にもこれに応えてくれたのは女中さんだった。
「わかります。美味しいですよね」
「おっ、わかります?」
「皆さんなかなかわかってくれないんですけどねえ……美味しいですよね。湯上りの牛乳」
「ああ、久しぶりに飲みたくなってきた……」
ごくりと喉を鳴らすと、内緒ですよと女中さんは番台に入っていき、そしてグラスにひんやりと冷えた牛乳を注いで人数分持ってきてくれた。自分用にこっそりと
しかも真っ白な色合いではない。
「もしやこれは……」
「イチゴ牛乳です」
「イチゴ牛乳……!」
あの、いまではイチゴ入り乳飲料とかイチゴラテとか呼ばなければならなくなったあの!
実際何が入っているのかよくわからなかったフルーツ牛乳より、味がはっきりわかってこっちの方が好きだったな。
私はありがたやありがたやと手を合わせて、腰に手を当ててこれを一気に頂いた。
やはり湯上り牛乳を頂く時の正しい作法と言えば、これだろう。
「ぷはー!」
「いい飲みっぷりですねー」
「美味しかった。ありがとう」
「いえいえ」
そんな私たちのやり取りをみて、トルンペートがおもむろにグラスをあおった。
「……成程?」
そんな、そりゃあ美味しいけどそこまでか、みたいな顔されましても。
続いてリリオもあおる。
「あー……美味しいは美味しいです」
うん、それな。
まあ、実際問題として湯上りに飲もうが他の時間に飲もうが牛乳の味が変わるわけではない。
ではなぜこれが流行ったかと言えば、そもそも冷蔵庫が各家庭にない時代にはやったんだよね。
昔、冷蔵庫がまだ普及していない頃、繁盛していた銭湯には必ずと言っていいほど冷蔵庫が置いてあったそうな。家に冷蔵庫がなければ、牛乳を飲む機会なんて朝の配達の一本くらいのもの。それがいつも言っている銭湯に登場したらどうなるか。
このコラボレーションが人気となり、そしてそのまま惰性でその感覚だけが引き継がれていった結果が湯上りに牛乳という組み合わせであって、別にこれで味が変わるわけではなく、大いに気分的な問題なのだ。
ああ、でも、美味しかった。
前世でも数回しかやったことないけど、刷り込みってすごいなあ。
用語解説
・
甘めの花草茶。というのが大まかな所で、実際には地方によって大いに異なる。
東部では甘めのベリー系のお茶のことを
・ハスカップ
多分読者のかなりの人が知らないだろう北海道産の果物。ベリー系。
生のままの保存が難しいので、もっぱら加工品として流通している。
味はブルーベリーっぽいというか、なんというか、ハスカップ味である。
北海道土産に買っていってもなにそれと言われる可能性の高いフレーバーである。
・心臓にアドレナリンをぶち込んだような気がする
けだし名言だね。
・いまではイチゴ入り乳飲料とかイチゴラテとか呼ばなければならなくなった
西暦二〇〇〇年に雪印集団食中毒事件が発生して以来、「飲用乳の表示に関する公正競争規約」により、乳一〇〇パーセントのものでなければ「牛乳」という名称がつかえなくなったのである。
・
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