第三話 白百合と宿交渉
前回のあらすじ
茨の魔物なる魔獣を討ち取った二人。
街の人には歓迎されたようだ。
取りつかれていた少年が介抱され、人の輪が徐々に解かれ始め、そして二度目の私の胴上げが終わったころ、ようやく応援らしき衛兵たちがやってきました。
完全武装の重鎧の歩兵で、なるほどこれならあの鋭い茨の相手ができるという訳でした。こんなものを着こんで走ってきてこの時間ですから、全速力でやってきてくれたのは確かでしょう。
「茨の魔物が出たというが、まことか!」
それも事実確認をすっ飛ばして直接応援に来てくれたということですから、これは、レモの町がどれだけ本気で茨の魔物退治に精を出しているかわかるというものです。
町の人たちが次々とそれぞれにがなり立てる報告を、重武装の衛兵は何とか聞き分けて、そして私たちの方へと目を向けました。
「あなたがたが、茨の魔物を退治してくれたという冒険屋か」
「ええ、勝手とは思いましたが」
「とんでもない、実に見事な手並みでけが人もなかったということで、大変助かり申した」
これには私も、ウルウもきょとんとしました。
たいていの町で衛兵というものは冒険屋と張り合うところがあって、むしろ問題ごとを起こす冒険屋の相手も多いもので、所によっては目の敵にしているところさえあるくらいです。
それがこのように素直に頭を下げて感謝の言葉を公然と伝え、そしてそれが全く演技でなく誠意から来るものということがはっきりと伝わってくるのでした。
これは東部でも珍しいほどに、すがすがしいほどに清廉とした衛兵です。
それもこれは彼一人のことではなく、応援として駆け付けた五名の重装歩兵たち全員が同じような気持ちであるということでした。これにはまったく、驚かされます。
ましてこのようなことをおっしゃるものだから、さすがの私も大いに驚きました。
「茨の魔物にはまったく困らされているのです。旅のお方に助けられて例もなしではレモの町の名が廃ります。ご領主様も是非とも歓待をと仰ることでしょう。ぜひ、ご領主様のお屋敷まで」
「いやいやいやいや!」
大慌て手首を振る私に、ウルウが腰を曲げて耳元で尋ねてきました。
「ご領主様って、放浪伯のこと?」
「ばっ、そんなわけないですよ! 放浪伯の領地はみんな代官がかわりに治めているんです。レモの町は」
「レモの町は
「
「貴族に特別取り立てられた一代貴族です」
「それならリリオも貴族じゃない」
「領地持ちの
このあたり、ウルウはあまりピンとこないようですけれど、まあ貴族社会というものは奇々怪々ですからね。
私も貴族の娘ではありますけれど、兄が健在で当主になる見込みはありませんし、嫁婿に行くにしろ嫁婿を貰うにしろ結婚はすっかり父に諦められてしまっていて、私は貴族と言っても先のない貴族なのです。極端な話、貴族とつながりのある平民と言って何ら差し支えありません。父には権力がありますけれど、私にはおねだりするくらいしかできないのです。
一方で
一代貴族とはいえもっぱら一族が代替わりするたびに叙任されていて、古い一族など下手な新入り貴族より歴史があったりします。
同じ一代貴族でも騎士という身分がありますが、こちらは領地を持たないか、主人の領地を一部与えられて、武力を提供する関係となっていますね。
「お偉いさんというわけだ」
「そのお偉いさんにただの旅人が歓待されるなんてとてもとても恐れ多い話なんですよ!」
「なんとなくわかった」
「よかった」
「でもそれを断るのってもっと失礼じゃない?」
「うぐぐ」
そう言われると困りますが、しかしこれはこの衛兵が言っているだけで公式なお誘いではありません。まだ大丈夫なはずです。
「恐れ多いというのでしたら
そう言われて、私たちは困って顔を見合わせました。
「いえ、それが」
つい先ほど辿り着いたところで、まだ宿が取れていない、どこかいい宿でもないかと探しているところなのですと正直に打ち明けると、衛兵はなるほどとうなずいて、それならばとこう提案してくれました。
「湯治宿ですが、立派な宿を一つ知っております。ささやかではありますが、そちらの宿の支払いを持つということでお礼にかえさせていただくのはいかがでしょう」
「本当ですか!」
「なにしろ小さな町ですので、ひなびた温泉宿ですが、飯もうまいし、温泉もよく効きます」
「ありがたい、ぜひ!」
喜んで私たちが受け入れると、衛兵はにっこりと笑ってこう付け足した。
「それにいまは、聖女様もいらっしゃいますよ」
用語解説
・
貴族階級と平民の間にある身分。
主に貴族が不在地主である領地で、代官として領地を治める家。
一代貴族であるが、通常は長男が次の
・ジェトランツォ・ハリアエート(Ĵetlanco Haliaeto)
レモの街の代官として代々郷士に叙任されてきたハリアエート家の現当主。
五十を超えていい加減代替わりを考えねばならない年だが、長男がせめて一度でいいから父に土をつけるまではと代替わりを渋っている。
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