最終話 静かの音色
前回のあらすじ
ようやくムジコの町の異変は落ち着いた。
奇妙な余韻を残して。
町の人々はあれからすぐに元気を取り戻し始め、私たちが滞在していた短い間にももう賑やかな楽器の音色が響き始めていましたけれど、何しろ私たちも路銀を節約したい旅道中ですから、すっかり回復した賑やかな姿を拝見する前に、早々と出立することになりました。
まあその時点でも十分に賑やかでしたし、なにより、あの厳かで、静けさすら思わせる音色を芯まで味わってしまった身としては、ただ賑やかなばかりの音楽というのはどこか上滑りして聞こえるものでした。
そうして旅立った私たちは、ボイちゃんの牽く馬車に揺られて、東部のひなびた街道を、のんびりとことこと進んでいるところでした。
「なんだか不思議な体験だったね」
膝に乗せた自鳴琴の奏でる音色を夢現に聞きながら、ぼんやり呟くのはウルウでした。
結局あの自鳴琴はあれ以降、開いてもただ美しい音色を響かせるばかりで、あの町の人々を衰弱させたような魔性の音色は失ってしまっているようでした。
折角なので墓前に供えようとも思ったのですけれど、不動産屋に是非持って行ってくれと渡されたのでした。
「結局旅人が来るまで何にも解決しなかった町のことなんか、そいつもすっかり愛想が尽きたことでしょうよ。旅の空にでも連れて行って、気晴らしをさせてやってくださいな」
とは不動産屋の言葉でしたけれど、まあウルウもお気に入りのようですし、依頼料代わりと思って受け取っておくことにしましょう。
「結局あれはどういう異変だったっていうことになるのかしら」
「不動産屋のいう通りじゃないですか? 館の幽霊というか」
「付喪神ってやつかなあ」
「そのなんちゃらですよ、きっと」
「いやそういうことじゃなくて」
トルンペートはボイちゃんの手綱を取りながら、なんとなく納得のいっていない様子で首を傾げるのでした。
「あの町のほとんどの人にとってはさ、結局なんでかわからないままはじまって、それでまた、結局なんでかわからないまま終わった異変ってことになるじゃない」
「まあ、そうなりますねえ」
「別に吹聴して回ったわけでもないしね」
「そこよね。そこがひっかかるのよ、あたし」
確かに消化不良と言えば消化不良と言えるかもしれません。
あの館は主人の死を悼むものがないことを悲しみ、毎夜ああして嘆きの歌を歌っていたのかもしれません。ところが、町の人は結局そのことを理解しないままいつまでもただ無気力に衰弱していって、そして、異変が解決した今も、結局そのことを理解しないままいつまでもただ無責任に楽しんでいくことでしょう。
それはなんだかこう、むしゃくしゃするというか、もやもやするというか、すっきりしないものが残るのは確かでした。
「でもさあ、館も何も、町中の全員が主人の死を悼めとまでは思っていなかったんじゃないの」
「そうかしら」
「うるさい、だまれ、しずかにしろ、って、そんな具合で町中の人から生気を奪ったかもしれないけどさ、それは、確かにとてもとても強い思いなのかもしれないけどさ、でも、ただ、誰かにもういいんだよって言ってほしかったっていう、ただそれだけの話だったんじゃないかなあ」
「もう、いいんだよ?」
「館ってさ、結局住む人がいないと館としてはやっていけないじゃない。どれだけ愛した主人でも、やがて次の人が住んで新たな主人になっていく。だから、言い方はなんだけど、主人の死は乗り越えなきゃいけなかったんだよ、館にとっても」
「ふーむ」
「それでも悲しくて、やるせなくて、ああして毎晩泣いてしまうくらいで、でもいつかは切り換えなきゃいけなくて、そのきっかけを待ってたんじゃないかな」
「それがあたしたちだったって?」
「まあ、私たちじゃなくてもさ、誰でもよかったんだろうけど」
「うーん」
「納得した?」
「したような、してないような」
「まあ、旅をしていればそう言う葛藤も結構あるでしょうから、今後慣れていくでしょう」
「またリリオは知ったようなことを言う」
「旅の話はたくさん聞きましたから」
「耳年増ー」
「やーい耳年増ー」
「なんですとー!?」
馬車はのんびりゆっくり、次の町へ。
「次はなんていう町だっけ」
「レモです。放浪伯領の小さめの町ですね」
「レモねえ。パッとしない名前」
「名前で判断するものでもないでしょ」
「まあそうだけど」
「レモは医療が進んでいて、特に温泉を利用した湯治なんか有名なんですよ」
「医療はともかく、温泉は楽しみだね」
ウルウがよっこいせと体を起こして、するりと御者席から外をのぞきました。
「そんなに急いだってまだまだつかないわよ」
「旅は眠くなるねえ」
「全く、そんなこと言って、御者変わる?」
「居眠りしちゃいそうだ。遠慮しとく」
とん、ぴん、しゃらり、風に揺られて自鳴琴、歌うはのんびり眠たげな歌。
大きなあくびが、ひい、ふう、みい。
用語解説
は
ない。
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