第五話 亡霊と亡者宿

前回のあらすじ

音の出所を探して走り回るも、結局徒労となる三人。

どうしたものか。







 気の抜けたゾンビ映画みたいって言ったら大体伝わるだろうか。


 私ゾンビ映画あんまり見ないから多分そうなんだろうなって想像で物言ってるんだけど、予算低めの、青空の下で特殊メイクもいい加減なおっさんたちがうーあー言ってのそのそ動いてるやつが私のイメージしてる「気の抜けたゾンビ映画」だ。


 何の話って言って、宿の中の状況のことね。


 食堂のテーブルに突っ伏していた商人やら旅人たちもようやく朝日に照らされて起き出してきたんだけれど、これがまた一晩ですっかりやつれちゃってまあ。

 それでも、毎晩聞かされている住人よりよほどましなようで、徹夜明けに朝日がつらいよといったような状況なんだと思う。知らないかもしれないけれど、普通の人は徹夜って辛いんだ。普通じゃないことだからね。


 私も徹夜明けだけれど、何しろこのボディは優秀で、一徹二徹くらいだとびくともしない。まあ体はそうであっても心の方はそんなに持たないから、睡眠って言うのは大事だけれども。


 これだから嫌なんだこの町は、とぼやいている商人のおじさんがいたので、いくらかは訳知りなのかもと思って早速インタビューの時間だ。


「ちょっとよろしいですか」

「あ? ああ、冒険屋の娘さんか。昨夜はご馳走になったよ。ありがとう」

「作ったのは連れなので。ところであなたは、この町には慣れてらっしゃる?」

「まあ、慣れている言えば、慣れてるかな。ここ何年かはずっと利用してるよ。最近はこんな有様だが」


 ビンゴ。以前の町の様子を知っている人だ。

 何かヒントがあるかもしれない。なんていうと、アドベンチャー・パートみたいだな。


「何しろ付き合いもあるし、愛着もあるし、販路もあるし、こうなっちまってもなかなか迂回するってわけにもいかなくてね」

「こうなる以前は、普通の町だったんですか」

「勿論。いや、普通の町よりもずっと賑やかだったよ。町の住人はみんな楽器ができるんじゃないかな。朝から晩まで、どこかで誰かが演奏していて、やかましいくらいでね。静かなのは葬式のある時くらいだったよ。まあ、いまとなっちゃあ、あのやかましさが懐かしいもんだけど」


 さすがに葬式のときに静かなのはどこの人でも同じか。いや、私が知らないだけで、お葬式を賑やかにやる文化もあるんだろうけれど、生憎と私はそこら辺の文化史は専門じゃないので調べたことがない。面白そうなんだけどね。


「原因は何か心当たりあります?」

「原因ねえ。それこそ俺は旅商人だからね、いくらなじみとはいえ、そこまでこの町のことに詳しいわけじゃないんだ」

「じゃあはっきりわかるような何かがあったわけじゃあなさそうですね」

「多分ね。そのあたりは町の人間に聞いた方がいいだろうな。まあ、町の人間で、答えられるような連中がまだ残っているんなら」

「……よくそれで商売になりますね」

「まあ、町の連中も随分陰気になったけど、それでも死ぬまではいかないんだよ。生きている以上腹が減るし、腹がへりゃあ飯も食わなけりゃやっていけない。いくら面倒でも、腹は減るんだなあ」

「じゃあお腹が減らなくなるってことはないわけですね」

「そりゃあ、そうだろう」


 そうでもない。

 どこに線があるのかわからないけど、人間ある線を超えると、お腹が減らなくなる。減らなくなるというか、空腹感を感じなくなる。私の場合習慣で口に物を入れていたけれど、あれは別にお腹が空いて食べていたわけじゃあないしね。

 億劫になって動くことも減ると、消費カロリーが減って本当にお腹が減らなくなるというのも聞く。メンタルの面がやられてくるといよいよもって腹が減らなくなる。


 でもこの異変では疲れはするけれど、メンタルがやられるわけではなさそうだ。体の疲れにつられて気疲れもするけれど、心が疲れるから体が疲れてくるというパターンではない訳だね。

 まさしく生気、バイタリティを吸われている状況なわけだ。


 試しにと思って、私はインベントリから林檎ポーモ、ではない、ゲーム内アイテムの《濃縮林檎》を取り出して渡してみる。


「話して喉が渇くでしょう。おひとつどうです」

「おお。悪いね。疲れたところに甘いものはありがたい。いただこう」


 実際甘いものに飢えていたようで、商人はすぐにぺろりと平らげてしまった。

 そして変化は劇的だった。


「お? おお!? なんだ、本当に疲れが取れたぞ!」

「お気に召したなら結構です」


 そろそろ営業スマイルが疲れてきたから私もいただこう。

 この《濃縮林檎》は少ないながらも《HPヒットポイント》を回復する効果がある。これで回復するということは、精神ではなく純粋に体力の疲労ということだ。まあ体が疲労すれば心も疲労するものだけど、それはつまり、心がすっかり疲れ切ってしまう前であれば、体を癒してあげれば心も回復するということでもある。


 まあ、心まですっかり疲れていそうなこの町の住人にはまた別の処方が必要だろうが、アイテムが効くというのを確認できただけでも幸いだ。


「うーむ、この町に林檎ポーモを売りに来るといいかもしれんなあ」

「ところで、いつごろからこの異変が起きるようになったかはご存知ですか?」

「うん? そうだな……一年程前くらいからだったと思うよ。少なくとも、それ以前にはあんな音色は聞こえなかったはずだ」

「成程。成程」


 私は商人に礼を言って、席を離れた。

 十分な情報が取れたと思うし、それに、さすがに会話するのに疲れた。


 さて、まとめるとこんな感じか。


 昨夜の調査では、夕暮れとともにメロディが始まり、朝日が差し込むと同時に掻き消えた。

 つまり完全に夜というには、少し時間がずれているのかな


 それから商人から聞き出したことは、一年前に何かなかったのかを、町の住人に確認してみるといいということ。必要であれば回復アイテムを処方すればいいだろう。


 といったところだろうか。

 まあ、これでやってみる他にないだろう。







用語解説


・気の抜けたゾンビ映画

 作者もあまりゾンビ映画は得意ではないので、その時点からしてイメージでものを言っている。

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