第十二話 鉄砲百合と大熊犬

前回のあらすじ


もしも海賊と出会ったら:《三輪百合トリ・リリオイ》編。







 オンチョさんに連れられて伺った厩舎に待ち構えていたのは、三人用としては実に立派な幌付きの馬車だった。

 《メザーガ冒険屋事務所》の所章である《一の盾ウヌ・シィルド》の紋章と、あたしたち《三輪百合トリ・リリオイ》の紋章が並べて描かれた立派なもので、中身は中古かもしれなかったけれど、新品同様に磨かれたものだった。


 リリオと争うように幌の中を覗いてみると、旅に必要と思われるものはおおよそそろっていると言わんばかりの充実具合だった。暖を取ったり煮炊きができるように、鋳鉄の焜炉が据え付けられていて、煙突が飛び出るための換気口もついていた。

 椅子もあれば、折り畳みの簡素な寝台もあって、物入れもあって、それでいてあたしたちが後から何かを詰め込めるようにまだ余裕があるようにしつらえてあった。


「これはまるでキャンピングカーだねえ」


 覗き込んだウルウは、まあちょっとばかし縦に長いから窮屈かもしれないけれど、それでもチビが二人とノッポが一人の女三人で寝起きするには十分すぎるほどの代物だった。


「こんなに立派なもの頂いて、大丈夫なんですか?」


 そりゃあ、貰えるものは何でももらうのが冒険屋だけれど、さすがにこれほど立派なものとなると気後れもする。恐る恐る訪ねてみると、オンチョさんは陽気に笑ってこう言った。


「なに、お代はもう頂いているんですよ。なんでも積立金があったそうで」

「積立金?」


 聞けば、なんでもあたしたちが冒険屋として魔獣を倒したり倒したり倒したりして稼いだ依頼料の結構な額がハネられており、それを積立金と称してこの馬車を購入していたらしい。そりゃあ、いずれ旅に出るのは確かだったんだから、積立金と言ってもいいのかもしれないけれど、しかしそれにしても試験に受からなかったらどうするつもりだったんだろう。

 メザーガなりの信頼と考えるべきか、そのときは黙っているつもりだったのか、悩むところだ。


 なお、ピンハネされていることにはウルウだけは気付いていた、というよりは、契約書に「将来のための積立金」なる項目が書いてあったということをしれっと言われた。

 そんなわけはない、いくらあたしでもそんな馬鹿みたいな見落としはしない、と言い張ったところ、なんとこの女、後生大事に取っておいているらしい契約書の写しを取り出して、見せてくれた。


 そのを。


「なっ、なっ、なっ」

「契約書はちゃんと読まないと」

「詐欺じゃないの!?」

「帝国法上、いまのところ詐欺罪には当たらないらしいよ」

「むがー!」


 じゃあなんで何も言わなかったのかと思ってたらこの女、すました顔でこんな風に言うのだ。


「君の契約は君個人が結んだもので私の知ったことじゃなかったし」

「うぐ」

「リリオの契約も、ちゃんと注意はしてあげたけど、普通に見落としたからスルーした」

「ぐへえ」

「で、私の場合は特にお金に困ってなかったし、いざとなれば事務所辞めれば取り戻せたし」


 あたしたちがぐったりとしているのを楽しそうに眺めて、オンチョさんはあらためて、こほんと一つ空咳を打った。


「そして、もう一つ」

「もう一つ?」

「車があっても、牽く馬がなければ困るでしょう」

「おお、もしかして!」

「こちら、当商会自慢の一品、東部の数少ない名産でもある、大熊犬ティタノ・ドーゴにございます!」

「おおー!!」


 リリオがそれこそしっぽでもふりそうな勢いで喜ぶわけだった。


 そこにのっそりと立っていたのは、一頭の非常に大きな四つ足の犬だった。名前の通り、巨人の飼う犬のようだ。犬というより、ほとんど熊の域に近いわね、これ。体高があたしたちとほとんど同じくらいあるもの。

 犬を馬として車を引かせることはあるけれど、これだけの幌馬車を一頭で牽くには、なるほど、これくらい大きな犬でないと馬としては成り立たないわね。


 もふもふと長い毛はあたしの髪とよく似た飴色で、あたしとリリオが二人で乗っかったらそのまま毛に隠れてしまいそうでさえある。


 巨大な割に、というか、巨大だからこそというべきか、大人しく、賢い目をしていて、早速きゃんきゃんとうるさいリリオを前にしても吠えたりすることがない。背の高いウルウがぬるりと上からのぞき込んでも、怯えたりしない。うん。いい子だわ。


「ボイちゃんにしましょう!」

「うん、何が」

「この子の名前です!」

「なんでボイちゃんなの?」

「犬はボイと鳴くものです!」

「そうかなあ……」


 ウルウは釈然としないようだったし、あたしもそんな名前はどうかと思ったけれど、かといって他に妙案があるわけでもなく、結局成り行きでこの馬の名前はボイということになった。


「今年で三歳の雌です。食性は雑食。御覧の通り非常に賢く、簡単な指示を理解します。また丙種魔獣相手に十分に戦えるという記録もありますな」

「よく食べそうね」

「よく食べます。しかし、ま、なんでも食べますし、困ったら自分で狩ってきますので、生き物の多い地帯であればそこまで困らないでしょうな。あまり水は飲みませんが、食べ物から摂取しているようです」

「糞は?」

「一日に二、三回といったところでしょうな。健康であれば乾いたごろりとした糞をします。馬車にそれ用の塵取りがありますので、回収すれば乾燥させて燃料にもなります」

「西方の遊牧民みたいですね」

「燃料もなかなか馬鹿になりませんからな」


 あたしたちはそうしてしばらくこのボイと名付けた大熊犬ティタノ・ドーゴの説明を聞き、それから親交を深めるために匂いを覚えさせ、その毛並みをたっぷり楽しんだ。


 そして、出発の時が来た。







用語解説


大熊犬ティタノ・ドーゴ

 大型の四つ足の犬。犬というより熊のようなサイズである。

 性格は賢く大人しく、食性は雑食。

 北から南まで様々な環境に対応でき、戦闘能力も高い。

 丙種魔獣相手に十分に戦え、乙種相手でも相性による。


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