第十一話 白百合の咆哮
前回のあらすじ
おっさんは昔からおっさんだということしかわからなかった。
必殺の予定であった『
とはいえ。
「せいっ!」
「はいよ」
「とりゃっ!」
「あい」
「ふんぬっ!」
「よっと」
「でええりゃあああああああああッ!」
「うるせっ」
全力で切りかかっているのに、片手で防がれ続けていると、さすがに自信が圧し折れてきます。束のようにあった自信が束で圧し折られて行きます。何本束ねようが無駄だと言わんばかりです。
しかもこれ事前の宣言通り、一歩も動かないどころか、足の裏を地面にぺったりとくっつけて一度たりとも離さないまま、私の連撃を全て受け流してます。
「まだ強化魔法さえ使ってないんだからよぉ、もうちょっと頑張ってほしいとこだなっと」
「あなたこそ人間やめ過ぎじゃありません!?」
腕力勝負に持ち込めればとつばぜり合いを仕掛けようとするのですが、そのすべてがことごとく、真綿でも切りつけているようなぐんにゃりした奇妙な感触とともに綺麗に受け流されてしまいます。
わかります?
棒立ちした相手の前で棒振り回して、しまいにはその勢いで一人で転んだりしている私がどれほど間抜けか。
「ば、馬鹿な……どう考えても理屈に合わないでしょう……」
「辺境者に理屈がどうのこうの言われるのははなはだ納得いかねえ」
「幾ら辺境者でももうちょっと道理が…………」
「言い切れないんならやめろ」
まあ確かに辺境の剣士は結構人間やめてますし、考えてみればこれくらいのことはできるのかもしれません。
しかしこんなにも手ごたえがないとなると、何か手段が要りそうです。
真正面から殴り合って駄目ならば、
「『搦手を考えた方がいいかもしれません』、か?」
「んぐっ!?」
「顔に出やすい、表に出やすい、鎌にかけられやすい、救いようがねえな」
「う、うるさいですよ!」
「第一よぉ」
メザーガは至極面倒くさそうにため息を吐きます。
もはや構えてすらいません。両手をだらんと下げて棒立ちです。隙のない構え方とかそういうことですらなく、完全に脱力です。やる気なしです。そしてそのやる気なしの棒立ちですら、今の私には突破する道が見えません。
「真っ向勝負しかできねえ奴が搦手考えたとこで、付け焼刃にすらならねえだろうが。真っ向勝負しかできねえ奴が真っ向勝負でさえ負けちまったら、そりゃあ、もう、終わりだろ」
「う、ぐぐぐ、ぐ、ま、まだ、まだ負けてません!」
「そうだな。まだ負けてないな。で、その『まだ』はいつまで続くんだ?」
「ぐぐぐう」
ざくりざくりと、棒立ちのままのメザーガの言葉の刃がわたしに刺さります。刺さり続けます。
「俺は別段、あとどれだけだってここで立ち続けられるぜ。勝ちが見えてるからな。だがお前はどうだ。リリオ。お前はどうだ。お前に見えているのはただただ敗北だけじゃあないのか」
「ち、が」
「俺から打ち込まない以上、お前の敗北の形は降参だけだ。好きなだけやりゃあいい。だがそれでも、お前に勝利の形は見えているのか? 俺には見えている。お前が降参する姿が見えている。もう無理だと膝をつく姿が見えている。だがお前に見えているのは何だ。敵わないという未来だけじゃないのか。いくら打ち込んでも、いくら斬りかかっても、ことごとくを完封されて、膝をつく未来じゃないのか」
違う。
そう言いたくて、しかし言えませんでした。
なぜならば確かに、それは私の思い描く未来そのものでしたから。
「そりゃ、僅かな希望を信じるのは大事かもな。何十、何百、何千、何万、何億回と切りかかれば、もしかしたらそのうちの一回くらいは、九億九千九百九十九万九千九百九十九分の一くらいは、俺に届くかもしれねえな」
「そ、そ、うで」
「その僅かな希望にすがって、お前は九億九千九百九十九万九千九百九十九回を振るえるのか? たった一回の僅かな希望に、お前はすがれるのか? それが正しいのか?」
「あ、ぐ」
剣を持つ手が揺らぎそうになりました。
言葉で言えば、それはただそれだけのことかもしれません。
しかし実際に剣を持ち、挑もうとしている身としては、それはあまりにも遠く、儚い希望でした。
そのような気持ちで我武者羅に切りかかっても、打ち込んでも、メザーガにはまるで届きません。むしろ、先程までは確かに届きそうだと感じた一撃さえも、どこまでも遠く遠く感じてしまいます。
そこに立っているだけの男が、たった一人の男が、しかし今やどこまでも高い塔のようにも思え、どこまでも分厚い壁のようにも思え、そして、それは。
それはどこまでも強大な
「そうだ。そうだったはずだろう。竜と向き合うということ。竜と向き合うという恐怖。竜と向き合うという覚悟。あまりにも強大で、あまりにも無責任で、考えることさえ放棄したくなるほどに絶望的な相手」
壁が。物言う壁が。塔が。竜が。物を、言う。
「いいさ、諦めちまいな。お前はそこまでだったんだと、お前の見せられる景色はここまでだと、そう諦めちまいな!」
ぎらり、と振りかぶられた剣に、しかし私は反応できませんでした。
恐怖が、あまりにも絶大な恐怖が、私の体を縛っていました。
そしてそれ以上の恐怖が、私を突き動かしていたのでした。
「う、ぁああああああああああッ!!」
それは、ここで終わればもう彼女とともに歩むことはできないのだという、そういう言う絶望でした。
反射的に切り上げた剣は、ただ緩く握られていた聖硬銀の剣を弾き飛ばし、そして、それが地に落ちる音を聞いて初めて、私は目の前の人の顔をまじまじと見つめたのでした。
「やれやれ。武器がなくなっちまったんなら仕方ねえ。参ったよ。降参だ」
その人はどこまでも皮肉気で、面倒臭がりで、物臭で、いつもつけをため込んで辛気臭くて、それで、そして、それから、そう。
その人は私のおじさんでした。
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