第七話 亡霊と釣り道楽

前回のあらすじ

ライトノベルでじっくり猪の解体をやらかすというお得なお話でした。

真似するときはちゃんとした人に師事しようね。






 わくわく動物ランド(屠殺編)を私は何とか乗り越えた。つまり、その、なんだ、乙女塊を吐き出さずに済んだ。いやー、動物の解体シーンって初めて見たけど、慣れるまでかなりきついものがあった。

 慣れると、なんかもう、心が麻痺するっていうか、麻痺させないと心が折れるというか。辛い現実と向き合うときに大切なのは、それと向き合う力ではない、向き合い方だ。直視することがつらいものであれば、半分だけ見るのだ。半分だけ見て、半分は目を逸らす。


 よし、大丈夫。


 後半なんかはもう、《影分身シャドウ・アルター》を使って積極的に解体作業に参加して、さっさと切り上げようとしてたくらいだからな。

 これは本来攻撃|技能《スキル》で、複数の分身を現出させ、敵単体に超高速の連続攻撃を繰り出すものだが、プルプラも気を利かせてくれたのか、元の形より融通が利くようで、単純な指令ならば従ってくれる分身を生み出すスキルとして活用できた。


 そうして解体の終わった猪肉を選別し、今日の夕餉に使わない分は、小分けにしてインベントリにしまう。後で売りに出してもいいし、私のインベントリの内部は時間が進まないようだから、今後の非常食として取っておいてもいい。


 さて、トルンペートの浄化の術でざっと血糊を落としてもらい、私は川辺の岩に腰かけて一息ついた。この体はかなりのスタミナを誇るけれど、慣れない作業には結構気疲れもする。それになんだかんだグロかったし。


 リリオとトルンペートは、肉をじっくり煮込むとかでさっそく鍋に向かった。猪肉は煮込めば煮込むほど柔らかくなるそうだ。確かに、境の森で食べた時は煮込みが足りなくてごりごりして結構硬かったもんな。


 そうなるとわたしはどうしたものか。

 肉の扱いとか知らないし、ちょっとグロッキーな気分だし、後お腹減ったし。


 ……なんだか不思議な気分だ。

 最近とみにこういう気分が増えた。

 お腹が減っただってさ。

 この私が、晩御飯を楽しみにしているんだとさ。


 以前はゼリータイプの補給食品とブロックタイプの栄養食品、それにサプリメントで満足していたこの私が、毎日今日のご飯は何だろうって気にして、晩御飯まだかなってそわそわして。


「……変なの」


 それで、その気分が、なんだか悪くないなって、そう思うんだ。


 リリオはいつも美味しそうにご飯を食べる。好き嫌いもなく何でも食べる。甘いときは甘いって顔がほころぶし、苦いときは苦いって眉根が寄るし、酸っぱいときは酸っぱいって唇を尖らせて、本当に表情豊かに食べるんだ。


 トルンペートはお澄ましな猫みたいにご飯を食べる。食べ方もきれいだし、食べ終えたお皿もきれいで、好き嫌いなんて子供っぽいこと言いませんよっておすまし顔。でも本当は酸っぱいものが苦手で、酢漬けとか酢の物とか、いつもリリオの分を多くとり分けて、自分はちょっぴりしか食べないのを知っている。


 私は、私はどうなのかな。

 私は出されたものはきっちり食べる。でも好き嫌いはまだよくわからない。甘いものは甘いし、苦いものは苦いし、酸っぱいものは酸っぱい。でもそのどれも、食べられることに違いはない。違いはないけど、じゃあどんなものが好きなのかってなるとよくわからない。

 私が美味しく食べられるものは、二人が美味しそうに食べて、ウルウもどうぞって渡してくれるものだ。私が美味しそうだって思うものは、二人ならきっと美味しいねって言うだろうと思うものだ。


 こうなると二人から離れてしまったら私は美味しいものが食べられなくなるんじゃないかと少し不安になるが、いまのところ二人から離れる予定はないので少し安心だ。


 なんてことを考えていたら、さすがにお腹がぐうぐう鳴った。

 何しろもうすっかり昼時だ。

 一日三食しっかり摂る健康的な生活を送るように身体改造されてしまった私は一食でも抜くと餓死するのだ。


 どうしよう。二人に何か催促しようか。それともインベントリの携行食でも食べようかな。


 などと考えていると、何かがポチャリと水に落ちる音がした。


「うん?」

「如何ですかな」

「……釣り?」

「暇潰しにも悪くないものですぞ」


 巨漢の武装が、ひょろりと細長い竹の釣竿を構えて、釣り糸を川に垂らしている姿は、何となく直接素手で鮭でも獲ってろよと言いたくなるような違和感だった。一応熊の獣人ナワルだったなこの人。特徴と言える特徴が、毛におおわれた耳とおっそろしい顔くらいしかないのでいまいち獣人ナワルっぽくないが。


「私にも、できるものかな」

霹靂猫魚トンドルシルウロを釣りに釣ったと聞き及んでおりますが」

「あれは、魔法の釣竿だったから」

「ほう、拙僧にも使わせていただけますかな」

「うー、ん……交換で」

「では」


 この世界の人間に能動的に道具を使わせるのはちょっと怖いものがある。例えばよく二人に貸している《コンバット・ジャージ》や《知性の眼鏡》は、言っても受動的な効果のあるものだ。

 魔法の釣竿……《火照命ホデリノミコトの海幸》は能動的な道具だ。この利便性をパーティ外の人間に経験させるのはすこし、まだ、不安要素が大きい。


 しかしこれもある種の実験だ。

 《一の盾ウヌ・シィルド》とか言う冒険屋パーティは決して狭くはないヴォーストの街でも知らぬ者のいない凄腕パーティであったらしい。魔法の道具にも慣れていることだろう。ここで反応を見ておくことで、魔法の道具の平均値を推測しておきたい。

 ウールソであれば人格的にも信頼はおけそうだし、返してくれずに争いになるということも避けられそうだ。


 というのはまあ建前で、実際のところはそこまで深く考えず、普通の釣りというのもやってみたかっただけだ。


「餌は付けられますか」

「餌?」

「そこらの虫でよろしかろう」

「……虫」

「虫は苦手でしたかな」

「いや、いい。慣れる」

「ではこちらで」

「うひゃう……これ。さ、刺せばいいのかな」

「左様、左様」

「う、ひゃぁ……」

「竿は、こう、しならせて、ひょい、と置くように」

「……こう」

「すこしぎこちないですが、そのような具合ですな」


 私がそんな風におっかなびっくり釣り糸を垂らしている間に、ウールソはすでに三尾も釣っていた。


「ほおう、ほう。これはまた、見事な竿ですなあ。針先まで意識の通るようでさえある」

「こっちは全然釣れないんだけど」

「釣りとはまあ、もともとそんなに釣れるものではないですからなあ」

「何という自己矛盾」


 まあはじめてまだ全然経っていないというのはわかる。わかるけど、なにしろ私が触ったことのある釣り竿というものは《火照命ホデリノミコトの海幸》だけで、釣りをした経験というのも霹靂猫魚トンドルシルウロだけだ。

 だから私には釣りというもの自体が全然わからない。

 ひょいひょいと釣果を重ねるウールソは楽しそうだが、あれが釣れるから楽しいのか、釣りそのものを楽しんでいるのか、それさえわからない。


 ぼんやりと糸を垂らして、ぼんやりと水面を眺めていると、無駄な時間なんじゃないかと、少し焦れるくらいだ。


「釣れない、ねえ」

「まあ、元来、冷えてきたころは釣れないものですからな」

「そういうもの?」

「魚も寒くなれば動きが鈍くなるものでしてな」

「じゃあ、釣れないんじゃ」

「コツがありましてなあ」


「……ウルウがめっちゃ喋ってます」

「下手すると一日で二言とか三言しか喋らない日もあるのに」


「君たち、後でお話ししようか」

「ぐへぇ」

「ぐへぇ」


 昼食は、シンプルに焼き魚となった。






用語解説


・乙女塊

 苦くてすっぱくてスパイシーで主に朝食などからできているもの。


影分身シャドウ・アルター

 ゲーム|技能《スキル》。《暗殺者アサシン》系統が覚える。

 単体敵に対して、複数の分身体を生み出し、高速の連続攻撃を見舞う物理属性の《技能スキル》。

 攻撃回数がとにかく多いので、クリティカルが連発すると恐ろしいダメージ寮になる。

『お前が己で、お前も俺で、お前も俺なのか、そうするとお前も俺だな、じゃあお前は誰だ、俺か。それで、そう。俺は、誰だ?』


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