第三話 鉄砲百合と作麼生説破

前回のあらすじ

キャンプ地を決めて野営地を整える一行。

ふとしたことで過去の悪行を暴かれる閠であった。






 リリオが意気揚々と狩りに出かけ、お守りは任せてと言わんばかりにやれやれ顔のウルウがそれについていき、さて、あたしはどうしようかと考えた。

 あの二人に任せておけば、まあ角猪コルナプロくらいは手に入ることだろう。そこのあたりは心配していない。心配するとしたら一頭どころか二頭も三頭も、それどころか鹿雉セルボファザーノなんかまで獲ってきてしまうことだけれど、まあさすがにそこまで阿呆ではないだろう。と信じたい。信じさせてお願い。


 まあいささか不安ではあるけど、問題はそこじゃなくて、副材料だ。いくらなんでも肉だけの鍋なんてのはちょっと武装女中として認めがたい。リリオだけなら嬉々としてそういうこともやりそうだし、ウルウもなんだかんだで面倒臭がりなところがあるから文句言わなそうだけど、このあたしがいる限りそんな不精鍋は許さない。


 とはいえ、折角山の幸を楽しもうということで、余計な材料は持ってきていない。野菜の類をちょっと持ってきた方が良かったかもしれないが、勢いというのは怖いものだ。どうせウルウの《自在蔵ポスタープロ》は底なしなんだから、常備菜を放り込んどいてもいいんじゃないかしら。


 ま、ないものはないもので嘆いても仕方がないわね。


 ないならあるものを使う。

 というわけで、早速キノコやらでも採りましょうか。

 まあ火の番もあるし、そんなに離れるわけにもいかないけれど、幸いこの野営地は今季まだ使用されていないらしく、来るときも近くにちらほらと美味しそうな秋の実りが見え隠れしていた。ちょっと歩くだけで私たち四人が食べるには十分な量が取れることでしょ。


 そう思い立って、キノコ取り用の背負い籠を背負ったところで、のっそりとウールソさんが立ち上がった。


「キノコ取りですな。拙僧もただ飯ぐらいでは格好がつかぬ故、御助力致そう」

「それは助かるけど……試験はいいのかしら?」

「まさかキノコ取りやら猪狩りやらで合格印は捺せませんなあ」


 鷹揚に笑うウールソさんだけど、はあ、まあ、この人もこの人で食えない人であるのは確かだ。もとより神官ってのはどこか普通の人とは感性が違うものだしね。


 ともあれ、人手が多いに越したことはないもの、あたしはウールソさんにも籠を渡して、早速秋の幸を採りに出かけた。

 にしても、あたしやリリオにとっちゃ背負い籠だけど、ウールソさんが持つと完全に手提げ籠ね。背負ったら壊れるわよ、これ。


 あたしは辺境の武装女中として、山中での生存訓練も受けている。その中には毒キノコの見分け方や、毒蛇の見分け方や、毒舌芸人とただの毒舌野郎の見分け方をはじめとして様々な毒の見分け方の他、そもそもどんなところにどんな山の幸が眠っているかということもよくよく教わっていた。

 だからあたしは、初めての山や森の中でも、ある程度どんなものがどこで採れるのか、見当をつけられる。実際、この山でもあたしは手早く籠の中を満たしつつあった。


 でも、


「……ウールソさん冒険屋じゃなくてキノコ取りの人なんじゃないの」

「これも冒険屋の技の一つですなあ」


 そう嘯くウールソさんの籠はすでにいっぱいになっていて、そしてその中のどれもが一級品の品ばかりだ。


「キノコ取りは試験じゃないんでしょう? せっかくだからコツの一つも教えてくれないかしら」

「積極的なことは大事ですな。加点一」

「加点制!?」

「だったら面白かったでしょうなあ」


 そり上げた頭をつるりと撫で上げながら、ウールソさんはフムンと一つうなった。


「そうですな。トルンペート殿の探し方は実に理に適っております。かといって教科書通りでもなし、初めての山でも、きちんと山の理というものを見ておられる」


 そうだ。山にはその山の理というものがある。

 どんな木でも、どこに生えても同じように伸びるというわけじゃあない。キノコもそうだ。どんな木の陰にも同じように生えるわけじゃない。山菜もそう。それらはみんな育ちやすい環境というものがあって、それは木の角度や、山の湿り気、そういった要素のたった一つが違っても随分と様変わりしてしまう。

 あたしはそういった山の理を見る。こういった山であればどんな風に木は育つのか。こんな気候であればどんなキノコが多いのか。これこれの植生ならこんな山菜があるはずだ。

 そういった理屈にのっとってあたしは動いている。


 でも、そんなことを気にした風もなく動くウールソさんは、はっきりとあたし以上に優れたキノコ採りだ。数が多く取れるばかりではなく、そのどれもが良く肥えたいい品ばかりだ。

 じっとその挙動を見守ってみても、あたしには何が違うのかまるでわからない。


「しかし、そう、その見ているというのが良くないのでしょうなあ」

「見るのが、よくない?」

「左様。拙僧をご覧あれ」


 ウールソさんはそう言って、おもむろに目を閉じてしまった。

 そうして暫くの間じっと佇んでいたかと思うと、不意に歩き出して、近くの木の傍から丸々肥えたキノコを一房手に取っているじゃない。

 まるで手品だ。じっと見ていたにもかかわらず、あたしにはそれがどんな理屈なのかわかりゃしない。

 だって、目をつむっているのよ?

 何も見えないでどうやって探すっていうの?


「わかりましたかな」

「ぜんっぜんわかんない」

「でしょうなあ」


 鷹揚に頷くウールソさんに、けれどあたしは腹を立てたりしない。これは馬鹿にされてるんじゃあない。冒険屋が、胸襟を開いて自分の技を教えてくれているのだ。

 しかしわからない。どうして見えもしないものがわかるのか。

 わからないなら……。


「左様、それが正しい」


 まず、真似をしてみるのが近道だ。

 あたしは自分でも目をつむってあたりを探ってみる。こう見えてあたしは暗殺者としての訓練も受けてきた。目が見えずとも人の気配くらい簡単に察せられる。ウールソさんの気配は酷く薄いけど、それでもとらえきれない訳じゃない。

 風の動きを感じ、気配を肌で受けて、そうして周囲を探れば、森の中であってもあたしは目をつむって歩き回れる。そんなことはわかっている。でもそんなことじゃあないんだ。足りないものがあるんだ。

 目をぎゅうとつむって肌に感じる気配を辿り、耳に聞こえる音に気を配り、そして、ふわりと鼻に漂う香りを感じた。


 はっとして手を伸ばした先には、ウールソさんの手があった。

 正確には、ウールソさんが握った石茸シュトノフンゴが。そのかぐわしい香りが、確かにあたしの手の中にあった。


「……匂い?」

「それが入り口、でありますな」


 ウールソさんはスンと鼻を鳴らして辺りを見回した。


「目で見て、頭で思って、それで理は描けるやもしれませんな。しかし山の理は人の理の通りにあらず、ましてや理外れも往々にあると来る。理を踏まえて、その上で己の手で、肌で、鼻で、感じ取らねば見えてこないものもありますぞ」


 さっとウールソさんが指さした先、あたしの足元には、気づかない内に踏みつけにしていたキノコがあった。

 さっとあたしの頬に血が上ったのは羞恥からだった。我知り顔で無造作に歩いて、自分の足元にさえ気づかずにいた無頓着をあたしは羞じたのだった。


「羞じるならば上出来。トルンペート殿はよくよく精進なさるでしょうな」

「あ……ありがとうございます」


 あたしは自然と頭を下げていた。それはあたしが女中頭や先生に頭を下げたように、全く頭が上がらない思いからだった。


「うむ、うむ。さて、ま、火の番もありますしな、後は手早く済ませてしまいましょうぞ」


 あたしは覚えたばかりの事を試すように、鼻を使い、肌を使い、それで大いに間違えながら、大いに正していき、そしてついに籠を満たして野営地に戻ってきた。


「やあ、やあ、大量ですな。これは夕餉が楽しみだ」

「今日は、ありがとうございました」

「なんの、なんの」


 ウールソさんはどっかりと腰をおろし、あたしも腰を下ろして少し休んだ。

 火の勢いは衰えていなかった。


「ところで、試験の事を聞かれましたな」

「え、ああ、そう、そうだったわ。結局試験って言うのは、」

作麼生そもさん!」


 一喝するような声に、あたしの背筋がびくりとはねた。

 それはたしか神官たちが禅問答をするときに用いる掛け声だった。いかに、とか、どうだ、とか、そのような意味合いの問いかけの掛け声だ。


「お尋ねし申す。トルンペート殿は何ゆえに冒険屋を目指されるのか。作麼生」


 確か返す言葉はこうだ。


「せ、説破せっぱ。あたしは別に冒険屋を目指してるわけじゃないわ。ただ、リリオが冒険屋を目指しているから、それを支えたいってだけよ」

「成程成程。ではリリオ殿が今のようにメザーガ殿の膝元にあるだけでなく、本当の冒険屋として旅立つ日が来たあかつきには、トルンペート殿はいかがなされるか。作麼生」


 本当の冒険屋?

 旅立つ日?

 考えてこなかったわけじゃない。

 でも、本当に向き合おうとはしてこなかった問いかけだった。


「……説破。あたしは、あたしはリリオがそうしたいと思う道を支えてあげたい。それが冒険屋だっていうなら、あたしはそれを支えるだけ」

「それがリリオ殿の幸福ではなかったとしてもか」


 幸福?

 リリオの幸福ってなんだ?

 やりたいことをやるってのは幸福じゃないのか?

 でも、そうだ、やりたいことだけやって、その後はどうなんだ。結末はどうなんだ。

 あたしはその時、その結末に責任を持てるのか。その結末を支えたのは自分なのだと胸を張れるのか。


「…………せ、っぱ。リリオの幸福は、あたしが決めることじゃない。リリオの幸福は、リリオが決めることよ。あたしが、リリオが進もうとする道を遮る道理にはならないわ」

「ふむ、ふむ。よろしかろう。ではもう一つお尋ね申す」


 じっと注がれる視線はどこまでも平坦だ。熱くもなく、冷たくもない。正確に推し量るような視線が、恐ろしく重たい。


「何ゆえにトルンペート殿はリリオ殿を支えたいと思うのか」

「それは、それはあたしがリリオに救われたから、」

「そうではない」


 重たい言の葉が、重たい言の刃が、あたしの未熟な答えを切り捨てる。


「何ゆえに、おぬしは、リリオ殿を支えたいとそう思うのか」


 どうして?

 どうしてだ。

 あたしは救われた。

 あたしはリリオに救われた。

 でもそれは答えじゃない。入り口に過ぎない。

 あたしはリリオに救われた。だからリリオに返したい。

 返して、その後は何だというのだ。返すとは何なのだ。あたしは。


 あたしは。


「作麼生」

「せ……せっ、ぱ……」


 あたしは。


「説破」


 あたしは。


「ほう」

「あたしはリリオを支えたいから支えるし、支えたいから支えるのよ! なんか文句ある!」

「良い」

「えっ」

「いまはそれでよろしかろう。うむ。若いというものはいいものですな」

「は」

「結構結構」


 あたしはこの寒いのに、顔まで熱くなるのを感じるのだった。






用語解説


・作麼生/説破

 禅問答で用いられる掛け声。作麼生は「いかに?」「どうだい?」など問いかけに用いられる掛け声で、説破は論破と同様、相手を言い負かすという意味で、回答する際に用いられた。


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