第四話 妛原閠の異界事情
前回のあらすじ
街をぶらつき、小腹を満たし、異世界観光などしているかと思いきや、おもむろに確信めいたことを呟くウルウ。
そういうのってもっと話が盛り上がった頃にする奴じゃないの?
さてと。
それでは。
改めまして。
総集編ってわけじゃあないけど、ちょっと私自身のことを整理してみようか。
何しろこの世界に飛ばされてきてからこっち、ろくな説明もないままに流れに流されてやってきたせいで、私自身なあなあで済ませてしまっていることが多いからね。
私の名前は
こっちの世界ではもっぱらウルウと名前だけで名乗っている。
この世界、というよりはこの国でも苗字というものは一般的なものらしいのだけれど、同名の人がいるときとか、書類に名前を書く時とか、余程きちんとした名乗りをするときとかくらいしか使わないようだ。
まあそう言った理由以上に、どうもアケンバラという発音は、こちらの人には母音過多の言いづらい名前らしいので面倒くさくて控えているのだが。
以前リリオが挑戦した結果は、アクンバーとかになったくらいだ。ちょっと格好いいじゃないか、ウルウ・アクンバー。
さて、私の冒険の始まりは、ある朝目が覚めると森の中で倒れていたという、前置きなしの異世界生活開始だった。しかもただ異世界に飛んだというだけでなく、いつもプレイしていたゲームのキャラクターとよく似た身体と能力になった上でだ。
これで単に元の事務職の体で異世界に飛ばされていたとか、素直にゲームの中に飛ばされたとかだとわかりやすかったんだけど、まあ前者の場合森の中であっという間に死んでいただろうし、後者の場合なんで半分現実逃避のゲーム内で現実と向き合わなければならないのかという絶望と戦わなければならなかったわけだが。
異世界転移とか異世界転生ものでよくある、状況説明も兼ねた神様とか超存在とかの会話シーンは生憎と私の記憶に残っていないので、多分そんなものはなかったか、私の意識が曖昧だったかなのだろう。
何故そう言い切れるかというと、今まで言っていなかったことではあるが、私のささやかなチート能力のおかげだ。
さんざんチートやらハーレムやら異世界テンプレの主人公をおちょくってきた私だが、実のところ私も十分にチート性能を持ち合わせている。ゲームでのレベル最高位にあるこの体のことではなく、素の私の能力としてだ。
私は見聞きしたものを忘れることがない、いわゆる完全記憶能力者である。
生まれた時から、多分死ぬ時まで、私の記憶は薄れるということがない。まあ寝てるときとか酔っぱらってるときとかみたいに意識が明瞭でないときは当然記憶も明瞭ではないけれど。
この能力があるから、私は初見の森の中でも道に迷うことを恐れなくて済んだし、瞬間的でしかなかった
この記憶力で助かったことは大いにあるとはいえ、それで幸福になったことは微塵もないのであまり素敵な能力だとは思えないのだが、それでも忘れっぽい周囲の人間を見る限り便利な能力なのだなあとは思う。忘れっぽい周囲の人間に苛立つのでやっぱり不便かもしれないが。
あ、でもフレーバーテキストを覚えていられるのは素直に感謝だ。気に入ったものはインベントリに入れてたけど、限度があるからな。
さて、そんな完全記憶能力者の私でも、異世界に飛んできたその瞬間のことを覚えていない。これはたぶん、二つの可能性がある。
ひとつは私が寝落ちしている間に飛ばされたから。寝ている間の夢は覚えていても、寝ている間の現実は認識できないからね。
もうひとつは私をこの世界に飛ばした奴が原因。異世界間を通行できる奴が人間風情の能力を凌駕できないとも思えないし、超存在を認識した私が発狂を阻止するために意識をシャットアウトした可能性もある。
ざっくり言えば今の私は、「名前:ウルウ。種族:異世界人。年齢:二十六歳。職業:冒険屋。特技:完全記憶。性格:人見知り」みたいな感じだ。
それ以上はまあどうでもいいだろう。私にとっても、私を観ている奴にとっても。
そんなウルウこと私は、森の中で旅をする少女リリオと出会い、まあ、なんやかんやあって旅を共にすることにした。
リリオはどうやらここよりずっと北の方にある、帝国の北東の果て、辺境領というところからやってきた貴族のお嬢さんらしい。
見た目は少年と少女の境界もあいまいな小柄な体に、象牙のようなクリーム色を帯びた白い髪、日焼けすると赤くなるような北国由来の白い肌、鎧も白い皮革と白尽くめだけれど、目ばかりは転げ落ちそうに大きな翡翠みたいな緑色。
本当に、見た目だけなら儚げと言ってもいいくらい作りがいいのに、何しろうるさいしゼンマイ仕掛けのおもちゃのようにバイタリティにあふれるし、欠食児童じみてよく食べるせいで色気も何もあったもんじゃない。
この世界の基準で成人したばかり、つまり十四歳ということだから、もう少し落ち着きを持てというべきか、年齢通りの活発さというべきか難しい頃合だ。
なんで貴族のお嬢さんが洗っていない犬の匂いがするような有様で旅をしていたかと言えば、従者であるトルンペートを撒いて一人で旅していたから――これは悪臭の理由か。
旅自体の理由は、貴族の子供はみんな、成人すると同時に、自分とこの領地とか、近くの他領を旅して見て回り、見聞を広めるという成人式の風習があるからだそうだ。
もっとも、リリオみたいにガチで旅するのは辺境領のやり方らしくて、普通の帝国貴族の家では、修学旅行みたいな感じで馬車に従者に案内にと至れり尽くせりらしいけど。
それに、リリオの場合は別に家を継ぐこともまずないだろうから、そのまま冒険屋になりたいらしく、修行がてらあえて大変な旅路を選んだところはあるみたい。
冒険屋というのは、まあ、テンプレートなファンタジーものでいうところの冒険者と同じようなものだ。でもテンプレートな冒険者ギルドみたいな世界規模の組織はなくて、地方地方で中小企業めいた事務所があって、それぞれがゆるーく組合という形でつながっているような、そんな感じだ。
さて、お次はメザーガかな。
メザーガ・ブランクハーラ。冒険屋。年齢は知らないけど、多分四十台の中年だ。
リリオの母親の従姉弟に当たる人らしくて、母親譲りだというリリオの白髪とよく似た髪に、母親からは譲られなかったという褐色の肌のエキゾチックな容姿で、南方出身だとか。
このことからリリオの母親も白髪で褐色の肌の人だったと想像できるけれど、あまり詳しくは聞いたことがない。
面倒臭がりなところとか、その癖面倒を抱え込んでしまう苦労性な所とか、なんだかんだ面倒見が良いところとか、思わず同情してしまいそうになる彼が、私たちが所属している冒険屋事務所の所長だ。
ウールソ、ガルディスト、パフィストというメンバーと共に組んだパーティでかなり有名だったらしいのだけれど、最近はもっぱら事務仕事で目と腰が痛いと言っているおじさんだ。
事務所でお手伝いしているクナーボという少女に言わせれば今でも腕は全然衰えていないということだけれど、本人は冗談めかして膝を矢で射られちまってなとか言って働く気を見せない。
そんな事務所に所属するようになってすぐに現れたのが、三等武装女中のトルンペートという少女だ。
彼女はリリオの実家であるというドラコバーネ家からお目付け役としてつけられていたのにものの見事に道中撒かれてしまったかわいそうな子だ。
年頃はリリオより少し上くらいだから、まあ十六くらいかなあ。孤児である本人も正確な所は知らないらしい。
リリオと同じか少し大きいくらいの小柄な体系ながら、レベル三十九のリリオよりも強いレベル五十二とかいう破格の高性能メイドさんだ。それなのに胸はリリオと同じくらいのかわいそうな子だ。
なんでも彼女は武装女中というこのファンタジー世界特有の《
装備だけでなく実力も折り紙付きで、単にレベルが高いだけでなく、実戦能力は私に初めて傷をつけたくらいの代物だ。性能頼りの私なんかが真正面から組み合うと、多分経験差からボコられる可能性がある。これで三等とかいうのだから、辺境人はおそらく、頭がおかしい。
まあ最初こそ我こそは正当なるお目付け役とばかり私に食って掛かったトルンペートだけれど、夕暮れの河原で殴りあうこと(柔らかな表現)で仲直りし、今ではリリオと三人で《
その新進気鋭の女性パーティも、先日地下水道で大暴れした結果、装備の消耗が限界を超えてしまい現在休暇中、というあたりで現状の整理はこんなものだろうか。
そんな風になんだかんだ異世界生活を満喫していた私が、本当に何も考えずに異世界を堪能していたかというと、別にそういう訳では無かったりする。
そりゃまあ、元の世界に未練があるかというと実のところ全然なかったりはするのだけれど、原因不明でやってきたというのは、またどんな理由で元の世界に戻ってしまうのかわからないということでもあるし、いくらか落ち着かなかった。
だから単純な知的好奇心以外に、研究目的でもいろんな書籍をあさってみたのだけれども。
「どうも、この異世界に飛ばされてきたのは私だけじゃないみたいなんだよね」
人気のない礼拝堂に、独り言が響いた。
用語解説
・完全記憶能力
超記憶症候群などとも呼ばれる。
ウルウの場合、文字や会話などの言語情報は完全に記憶しており、また目と耳で見聞きした情報に関してはまず忘れることがない。嗅覚情報がそれに次ぎ、味覚はやや劣り、触覚はそこそこ忘れることもある。
ただ、覚えていられるだけであって使いこなせるのとは別の話で、要は引き出しの容量が人と比べて多い程度だとウルウは考えている。キーワードを与えられればそれに付随する記憶は欠損なしで引き出せるが、思い出す切っ掛けもないことは普段出てこない。
生まれた時から、と言っているが、実際ウルウの場合は幼児期健忘の影響がほぼない。
・礼拝堂
祈りを捧げるための部屋。実は我々が想像するようないわゆる礼拝堂が存在する神殿は少ない。
というのも、例えば風呂の神の神殿であれば浴場がそれであるし、鍛冶の神であれば鍛冶場、水の神であれば水場など、それぞれの神ごとに祈りの形は違うからだ。
プルプラの神殿にいわゆる礼拝堂が存在するのは、ありとあらゆる境界、つまり万物の間を取り持つ神であるプルプラにはそう言った祈りの形さえも曖昧であること、そしてプルプラ本神の趣味であるという。
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