第十一話 白百合と焼きバナナワニ

前回のあらすじ

お願い、死なないでバナナワニ!

あんたが今ここで倒れたら、古代人との約束はどうなっちゃうの?

出番はまだ残ってる。ここを耐えれば、美味しくいただけるんだから!


前回、「バナナワニ死す」。デュエルセットダウン!






「おなか、すきました」


 大量の魔力を消費したせいでしょうか、とてもとてもお腹が空きました。近くから香ばしくて甘い匂いがしてくるのを感じるととてもではないですが耐えられそうにありません。


 私のつぶやきに反応して、ガルディストさんがフムンと顎をさすります。


「……食っちまったことにするか」

「別に構わないけど……」

「なんだよ」

「いまのリリオに食べさせて、素材、残るかな」

「……神に祈れ、給料が欲しけりゃな」


 そういうことになりました。


 私たちはまずバナナワニの解体から始めました。

 脳天から首のあたりまで真っ二つに切り裂かれているのですが、この辺りは肉をはぎ取るのが難しそうです。美味しいは美味しいのかもしれませんが、今は量が欲しいです。牙や皮、骨などの素材を採って、後は舌を切り取ることにしました。ワニタンです。


 首を落としたあたりで私が力尽きると、ウルウが私の剣を借りて作業を続けてくれました。

 血抜きしてないのであまり美味しくないかもと思っていると、ウルウは心臓のあたりに刃を突き立て、魔力を断続的に流し始めました。


「魔力を流すのってこんな感じ?」

「そうそう。あんた精霊が見えるんだから、お前らに餌やるぞーって気持ちでやれば自然にできるはず」

「あー……あ、できてるっぽい」


 雷精が断続的に強くなる、その波に合わせるようにして、水路に向けられた傷口からどくどくと勢いよく血が流れていきます。


「おお? どうなってるんだこりゃ」

「筋肉って電気……雷精で動くんだよ。だから心臓を無理やり動かして血を抜いてる」

「ほー、お前さん妙な事を知ってるな」

「まあこっちだと電気ってあんまり実感ないか」


 そうして血抜きを済ませると、ガルディストさんの指示にしたがって、トルンペートとウルウが協力して皮をはがし、腹を裂いて内臓を抜き、水精晶アクヴォクリステロの水で中を洗い、捌いていきます。


「ふーむ、見た目はバナナだが、中身はワニだな。捌き方は覚えておいて損はないぞ」

「疲れるからリリオに任せるよ」

「まったく……まあ基本はどんな生き物も似たようなもんだ。鱗獣は鱗獣、羽獣は羽獣、毛獣は毛獣、甲獣は甲獣、一種類覚えりゃ後も似たようなもんだ」


 バナナワニの身は、鮮やかな黄色の体表に比べて驚くほど白いもので、つやつやと血に濡れて桃色にぬめる様はなんだか鶏肉のようです。


「そうそう、そこの骨を外して開いてやれ。骨に沿って刃を入れりゃいいんだ。よーしいいぞ」

「軟骨食べられるかな」

「煮込まにゃならんから今日は諦めろ」

「ガルディストさん、焚火できました」

「よし、できるだけ大きめに、盛大にやれ。証拠を残していこう」

「薪は私もちなんだけど」

「どうせたんまり持ってるんだろ」

「暇さえありゃ拾ってたからねえ」


 やがて切り分けられて串に刺された肉が火にかけられると、何とも言えぬ不思議に甘い香りが漂いました。


「フーム、こいつは不思議な匂いだな。果物みてぇだ」

「もしかして見た目だけじゃないのかな、バナナワニ」

「かも、しれん。お前、焼きバナナ食ったことあるか。揚げバナナでもいいが」

「ない」

「青い奴を使うんだがな、こう、とろっとしててな、生で食うとあんまり甘くないのが、火を通すと途端に甘くなって、たまらねぇんだなあ」

「糖分が多いってことは、あんまり焼くと焦げるかしら」

「肉に糖分が多いってこともねえだろう、とは言い切れねえのが魔獣の不思議だよなあ」


 なんだか話を聞いているだけでお腹が背中とくっつきそうです。


 トルンペートがひたすら切り分け、ウルウが串にさし、ガルディストさんが焼き加減を見ては広げた革風呂敷の上に並べていきます。ある程度の数が焼けたところで、さて、どうしようかとなったようです。


「勢いのまま焼いちまったが、これ、食って大丈夫な奴か?」

「いい匂いはする」

「でも毒キノコも美味しそうなやつあるわよ」

「毒持ちは大抵内臓だが、肉にないとも言い切れんしなあ」

「よし、じゃあ一番耐性のありそうな私が毒見を」

「それなら辺境でさんざんリリオの毒キノコ鍋に付き合わされたあたしが」

「まあまあ待て待て、ここは年長者の俺が責任をもってだな」

「何でもいいから早く食べさせてくださいよう!」

「どうぞどうぞ」


 なんだかはめられた気もしますけれど、暖かそうな串焼きを前に堪えられるはずもありません。

 私は早速串を一つ手に取りました。大振りに切り分けられた肉は白っぽく、軽く塩を振っただけです。その塩にしたって今回は大して持ち込んでないので、ほんのちょっとです。


 でも、お肉です。


 私は意を決してかぶりつきました。

 その時の衝撃がわかるでしょうか。


 まずこの一口。


 バナナワニのお肉の食感は、なんといいますか、鶏肉のようであって、鶏肉でなし。牛肉のようなところもあるのですが、でもやっぱり鶏肉のよう。ざっくりとした歯応えながらも、噛み締めるとスポンジのようにじゅわじゅわっと肉汁が染み出てきます。


 二口目。


 この肉汁が曲者で、まるで煮詰めた果汁のようにねっとりと濃厚な甘みがあるのです。いえ、いえ、甘いだけではありません。確かにお肉の味なのです。牛肉のようにしっかりとした肉のうまみがあるのですが、しかし牛のような臭みがありません。むしろそこは鶏肉のようにごくあっさりとしていて、どこかバナナのような甘い香りがふわりと漂います。


 三口目。


 これは危険ですね。とても危険です。とろっとした甘味に、肉のうまみ、そして僅かの塩が引き立て役となって、これらを何倍にも盛り上げてくれるのです。少し焦げ目のついたところなどは、焦がした砂糖のように香ばしいものがあり、あふれる肉汁と溢れる唾液が混然となり、瞬く間に喉の奥に落とし込んでしまいます。


 四串目。


 四口目ではありません。気づけば両手に串をもって四串目突入です。うーむむ、これは危険です、これは私が何としても一人で処理しないとあー駄目です皆さん食べちゃ駄目ですあー困ります困ります皆さんあーこれは危険です!


 気づけば私たちは焼いた分だけではとても満足できず、追加を切り分けては串にさしてということさえ面倒臭くなって、最終的には大振りな肉の塊を剣に突き刺してそのまま火であぶっては表面を削って食べるという、専業剣士に聞かれたら怒られそうな食べ方に突入してしまいました。

 なお私は責任をもって剣を支えて火に当てながらくるくる回す役を任じられ、その代わりに口を開くと肉を放り込まれるという最高の労働環境を得たのでした。


 この焼き方は串焼きとは違い、焼け方と部位の違いが一口ごとに味わえる面白いものでした。


 さらにこのとき、ウルウが素晴らしいことに気付いてくれました。


「私、盾を一枚持ってるんだけど、これを鉄板代わりに焼いたら駄目かな」

「名案ごつ」

「天才現る」

「はよ、はよ!」


 あとで聞いたら目玉が飛び出るような値段が付きそうな魔法の盾を即席の竈に乗せて焼き、程よいところでバナナワニの甘味のある脂を敷き、私たちは次々に肉を焼いていきました。

 この盾は全金属製で、やや丸く湾曲しており、私たちは安定のためにもくぼみを下にして焼いたのですが、この丸みの部分に肉の脂が美味いこと溜まっていき、これは堪えられんと乾燥野菜を加えてみたところ脂を吸って最高のアクセントが完成しました。

 さらにここに砂糖、魚醤フィシャ・サウコ、酒などを加えて肉を煮るとも焼くともいえぬ中で加熱して食べるととろとろとたまらぬ味わいとなり、これはバナナワニ鍋として私たちの間で長く語り継がれることになりました。


 ウルウ曰くのスキヤキというやつだそうです。








用語解説


・名案ごつ

 辺境人は基本的に感覚で動くというか、はっきり言うと脳筋が多く、ちょっと提案するとすぐに天才扱いされる。


・目玉が飛び出るような値段が付きそうな魔法の盾

 ゲーム内アイテム。正式名称逃げ水の水鏡。一見普通の鉄盾だが、装備すると相対した相手に自動で幻影を見せ、回避率を上げることができる。


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