第五話 白百合と地下水道

前回のあらすじ

初めての冒険らしい冒険、そう、ダンジョンに興奮して眠れない閠。

いびきが二人分に増えたのが理由ではないはずだ。







 依頼当日。

 やっぱりお寝坊してしまいましたが、トルンペートに起こしてもらって事なきを得ました。ところで私トルンペートの一応主に当たるはずなんですけど、二段ベッドの上段から引きずり落とされるのはどうなんでしょう。


 ともあれ、今日は待ちに待った冒険日和です。


 地下水道の入り口は街中に整備用の潜孔として存在していますが、あれはあくまでも人一人通れる程度のもの。もっと大掛かりな点検整備や立ち入りの為に、水道局の建物の中から階段を下りて地下へと進むことができます。


 というのは今日初めて知ったのですけれど。


 水道局の人は思ったよりも友好的で、なんだかのんびりしたお爺さんでした。私があちこち物珍しそうに見ていると、親切にいろいろ教えてくれるのでした。


 地下水道の入り口に集まった冒険屋パーティは全部で三つで、そろいの制服を着た業者さんのような四人組が一番最初にすでに来ていて、私たちが二番手、そして時間ギリギリに最後の一組が五人でやってきました。


「《潜り者ホムトルオ》の皆さんはいつも通りとして、他の方々は初めましてですね。パーティ単位での活動になりますが、一応自己紹介していただきましょうか」


 水道局のおじいさんに促されて、到着順に軽く自己紹介をしていくことになりました。


「ホムトルオ事務所の《潜り者ホムトルオ》だ。私はリーダーのクロアカ。魔術師だ。メンバーは水の神官のトリトーノ、野伏のベリタ、同じく野伏のボッカ。水道局の依頼を主に請け負っている、まあ、地下水道専門のパーティだな」


 《潜り者ホムトルオ》は揃いの制服に体格も似通った、みな人族の男性で、聞けば水道局の専属に近い冒険屋だそうです。水道局は自前の冒険屋を持てませんけれど、馴染みの冒険屋はあるというわけですね。その方が効率的ですし。

 彼らは一番慣れているようですし、落ち着いた余裕のようなものが感じられました。


「メザーガ冒険屋事務所は、《一の盾ウヌ・シィルド》からは俺、野伏のガルディストが臨時のリーダーとして、新人の《三輪百合トリ・リリオイ》の三人を率いる。リリオは剣士だが、まあ近接は大体できる。トルンペートは投擲が得意だ。ウルウは野伏よりだが、詳しくは企業秘密」


 二番手の私たちは《三輪百合トリ・リリオイ》の三人にメザーガのパーティのガルディストさん。野伏のガルディストさんは地下水道の依頼は何度も受けたことがあるようですけれど、私たち三人は新人でもあり始めての地下水道ということもあり、あまり気負わずに頑張ってくださいと応援されてしまいました。


 最後にやってきたパーティは男女の入り混じったパーティでした。


「遅れてすまん。鉄血冒険屋事務所の《甘き鉄チョコラーダフェーロ》だ。俺はリーダーのラリー。剣士だ。魔術師のニーヴンに、野伏のトム。それに武僧のフィンリィ。地下水道は何度か挑んだことがある。ニーヴンは水中呼吸の術を使えるから、必要なら言ってくれ」


 ラリーは人族の男性で、ニーヴンは女性、トムとフィンリィはそれぞれ土蜘蛛ロンガクルルロの男女でした。

 こうしてみると、他種族の入り混じる北部でも、パーティ内の種族は精々二種族で、それもパーティ内でやや距離があるように感じられます。パーティ全員種族が違うメザーガのパーティの特殊性がよくわかります。

 特に天狗ウルカ土蜘蛛ロンガクルルロが同じパーティ内で仲良くしているのはなかなか見ません。


 私たちは水道局の監督官でもあるというおじいさんの案内で、地下水道へと降りていきました。

 階段を降り、分厚い鉄の扉を開くと、水道特有の濃い水の匂いと、苔や生物由来のやや不快なにおいがしますが、思ったより臭くはありません。


「意外に思うかもしれませんがね、地下の方が浄水機構が働いているから、上層のドブなんかよりもきれいなんですよ。ただ、水路には魔獣が棲んでいる場合もありますから、おぼれた時は病気より襲われる方に気をつけて」


 水路沿いの通路を歩きながら、監督官さんがそう教えてくれます。

 その水路にもきちんと鉄柵が張られていて、そうそう落ちることもなさそうです。というのも、この辺りはすっかり探索も済んで、魔獣も駆逐され、整備の手が行き届いているからだそうでした。


「昔は柵も錆びてたり、破れてたりしてましてねえ、水路から急に魔獣が飛び出してきたりもありました。《潜り者ホムトルオ》さんところがねぇ、昔から協力してくださって、それでずいぶん綺麗になったものですよ」


 そういわれて《潜り者ホムトルオ》の面子もどこか誇らしげです。


 そうしてしばらく整備された通路を進み、いくつかの扉を抜けたところで、監督官さんが重たげな鉄の扉の前に立ちました。


「この扉が、つい最近ようやく開け方の判明したものです。仕掛けは簡単なからくりだったんですが、鍵が紛失していまして、合鍵の作成に随分手間取りました」


 そう言って取り出されたのは鍵というよりは短剣くらいのサイズのでこぼことした金属塊で、これを鍵穴に差し込んで、取り付けられたハンドルを使ってぎりぎりと回すと、どこからかがちがちと重たげな金属音が響き、鉄扉がゆっくりと壁に埋まるように開いていきます。


「先遣隊が入り口付近の安全は確認していますが、通路が分岐していて、その先はまだ未調査です。調査報告書の出来と発見物次第で基本給から値上げしていきます。地図は買い取りします。なお、地下水道内の物品は水道局の管轄ですので、えー、ここで、この出入り口でですね、回収させていただきますので、皆さん程々に」


 ちらとガルディストさんを見やると、にやっと笑って耳打ちされました。


「ばれない程度は見逃してやるからあんまりせこい真似はするなよってさ」

「なるほど」


 私が頷いていると、《潜り者ホムトルオ》のメンバーが装備を点検し、そして監督官さんの前に並びました。何だろうとみていると、監督官さんが杖と、そして謎の巾着袋を取り出しました。


「《潜り者ホムトルオ》の皆さんはいつものことですけれど、はい、水の神官である私が水中呼吸、水上歩行、水精への耐性、暗視など補助法術をおかけできます。神殿との兼ね合いで有料となりますが、この先でのお怪我や事故は危険手当込みでお給料以内のことですので、はい、まあ、お財布とお相談されてください」


 ちゃっかりしてるぅ……。


 さて、一応確認しておきましょう。


「私、鎧に水上歩行と耐性ついてます」

「俺は種族柄暗視持ちだな。水上歩行はないが泳ぎはできる」

「あたしは夜目は利くわ。水上歩行はできないけど、少しなら空踏みができるから、それでなんとかなるかしら」

「暗視の法術使わせてもらうなら火精晶ファヰロクリステロのランタンの方が安いですかね」

「片手塞がるが、まあ暗視持ち多いしいいだろ。ウルウ、お前さんは?」

「……私はどれも大丈夫」

「よし、企業秘密は俺にはなしだ。ここでのことはメザーガにも漏らさねえ」

「……暗視効果のある道具を持ってるから、リリオとトルンペートに暗視はつけられる」

「マジかよ。いやまて、俺は何にも聞かねえ。とりあえずそいつを貸してやってくれ」

「わかった」


 そのようにして私たちは支援は遠慮したのですが、意外にも水中呼吸の術が使えるといっていた《甘き鉄チョコラーダフェーロ》のメンバーは全員支援を受けるようでした。


「連中、ダンジョン慣れしてるな」

「そうなんですか?」

「術は魔力を使う。つまりリソースを削るんだ。金で解決できるならここで支援してもらった方が生還率は上がる」


 成程。お金をケチる事ばかり考えてもダメなわけです。支出と収入、最終的な計算結果を想像できないようではよい冒険屋にはなれないというわけですね。


「では、皆さんが突入したのち、安全のため一度扉は閉めます。時間までは開きません。緊急で脱出したい場合は、これから教える符丁で扉を叩いてください」


 こんこんここんと扉を叩いて、優しそうな監督官さんはにっこりと笑って私たちを奥へといざないました。


 私はちらりとウルウを見ます。


「あれって」

「うん、あの符丁で叩かれたら、危険が近いから絶対に開けないっていうやつだよね」

「ですよねー」


 そんな私たちの背後で、重たい音とともに扉が閉まるのでした。







用語解説


・《潜り者ホムトルオ

 地下水道の調査を専門にしているホムトルオ冒険屋事務所の筆頭パーティ。この事務所はほかにも数パーティ抱えており、大体同じような編成で、常時どれか一つは地下水道に潜っている。

 戦闘は得意ではないが、いまだに怪我が理由の脱退者を出していない非常に優れたベテランたちである。

 ただし、地下水道以外での活動では途端に脆くなることだろう。


・《一の盾ウヌ・シィルド

 メザーガ冒険屋事務所筆頭パーティ。元々メザーガが組んでいたパーティで、事務所結成以降は殆どこのパーティで行動することはない。全員がかなりの実力者であるだけでなく、メンバー全員が他種族であるにもかかわらず連携力にも優れた非常に優秀なパーティであった。


・《甘き鉄チョコラーダフェーロ

 鉄血冒険屋事務所所属の中堅パーティ。鉄血冒険屋事務所は荒事を得意とするものがおおく、メンバーも戦闘を得意とするものを中心に、サポートが少数置かれる編成。

 能力主義ではあるものの、そのために種族間の連携が苦手な面はあり、二種族混成の《甘き鉄チョコラーダフェーロ》は実はかなり連携が得意な方。

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