第4話 亡霊と鉄砲百合

・前回のあらすじ

日本語でおk。




 事務所の扉を開けるや否や、ものすごい勢いでリリオが引きずり込まれ、そして意味不明の怒声が響いてきた。


「よーうやっく見つけただよおぜうさま! いったいひとりでどーこまでほっつきまわりよっとですか! もう成人だっちうのにいい年してなーに子供みてな真似さしてっだ! おらァもうさんざっぱらあっちゃこっちゃ探し回ったんだど! ほだら一人でこげなとこまで! はーもう御屋形様になんてお詫びしたもんか!」

「せ、せからしかぁ! 耳元で叫ばんといてん!」

「はんかくしゃあ真似すっかい、怒られるんだべさ!」

「おらァ一人でんでぇじょぶだって何度も言っとうが! 国さけえれ!」

「おぜうさま残してけえるわけにいかんべや! けえるなら一緒だべさ!」

「だ、誰がけえるかいまだなんもしとらんべさ! やっとこさ冒険屋さなったんだど!」


 …………何語?


 私がぽかんとして眺めていると、クナーボがそっと手を引いて、騒ぎから離れた椅子をすすめてくれた。

 そこではげんなりとした様子のメザーガが苦々しげに豆茶カーフォをすすっているところだった。


「おう、早かったな。できればもう少し遅くて良かったんだが」

「……なにあれ」

「俺が聞きてえ。お前、あいつのお目付け役じゃなかったのか」

「そう名乗った覚えはないし、リリオもそう言ったことはない」

「そんなわきゃあ……いや待て」

「あんたが勝手にそう言っただけ」

「くそっ、はめられた!」


 別にはめた覚えはない。私もリリオも、メザーガが勝手に勘違いしたのを訂正しなかっただけだ。


 まあ、多分だけど、事前にリリオかその親御さんが送っていた手紙には、リリオともう一人、国許からお目付け役をつけて送る、という感じになっていたんだろう。

 それが何かしらの理由で……まあこのやかましさから察するに、リリオがお目付け役をうっとうしく感じて旅の途中で撒いたのだろう。本来一人でのこのこ来ればばれるはずだったけれど、運よくか運悪くか私が合流して人数が合致してしまったため、メザーガは誤解したのだ。


 誰が悪いといえばまあリリオが悪いんだろうけれど、別に嘘はついていない。訂正もしなかっただけで。


 クナーボの淹れてくれた豆茶カーフォをすすりながら待つことしばし、飲み終える頃にようやく怒鳴りあいが終わった。


 リリオをとっ捕まえて怒鳴っていた、同じくらい小柄な女性は、いまさら過ぎる感はあるが身だしなみを整えて私たちに向き直った。


「ん、んん、こほん。失礼いたしました。わたくし、ドラコバーネ家付きの三等武装女中、トルンペートと申します」


 武装女中。

 新しいワードが出てきたが、頼りの辞書が今は向こうでとっつかまっていて翻訳できない。メザーガは期待できない。クナーボをちらりと見ると、少し考えた後、ああ、と頷いてくれた。


「武装女中っていうのは、歴史が長いので省きますけれど、戦闘技能を修めた女中メイドです。主人の護衛や身の回りの世話などを一手に行う上級の傍仕えですね。特に辺境の武装女中は専門の養育機関で育てられて、飛竜の紋章が入ったエプロンの武装女中は精鋭と有名です」


 成程。役に立つ子だなクナーボは。それに比べて肝心な時に役立たないリリオときたら。


 私は改めてトルンペートと名乗った武装女中とやらを眺めてみた。


 服装はいわゆるメイドさんといった感じではある。深い紺色のエプロンドレスに、頑丈そうな編み上げのブーツ。ただしエプロンは革製で、多分これ、飛竜の革とかいう上等な品なのだろう。胸元には確かに飛龍らしき紋章がある。

 腰帯にはリリオと同じように剣とナイフを帯び、背中側には斧が一丁。道具入れもついていたりと、野外活動を念頭に置いた装備だ。手元の手袋も絹製などではなく革製で、決してただのお仕着せではない、よくよく使い古した感がある。

 飴色の髪はシニョンにカバーをかぶせた髪型で、気の強そうな釣り目と相まってこまっしゃくれた感じがある。


 それに。


「強そうだ」

「主人の身の守りを務める以上、最低限の武技は身に着けております故」


 恩恵とやらの影響か圧も感じるし、私にはいまだによくわからないが、少なくとも身のこなしは隙がなく優雅だ。私のいい加減な身のこなしよりかなり洗練されている。


「今までお嬢様を保護頂いたようで誠にありがとう存じます。これよりはこのわたくし、トルンペートが本来の業務としてお嬢様をお守りいたします故、これまでご迷惑をおかけしましたこと、平にご容赦いただければ幸いです」

「ちょ、トルンペート!」


 深々と頭を下げるチビメイドに、私は顎を撫でる。


 へえ。

 なるほど。

 そういうこと。


 慇懃無礼というのはこういうことだな。

 言葉ばかり繕ってはいるが、私に対してかなり敵対的な空気を感じる。被害妄想と現実逃避すれすれを歩いてきたブラック企業患者をなめるなよ。こちとら敵意に敏感なんだ。


「つまり、怪しいよそ者はとっとと失せろってことかな」

「そのようなことは」

「私は君が道草食っている間、リリオの面倒を見ていたんだ。いまさら外野の出る幕じゃあないよ」

「……はあ」


 トルンペートは苛立たしげに額を叩きながら、敵意を隠しもせずにこちらをねめつけた。


「これだから平民は。人が下手に出ればこの始末。それで? いくら欲しいんです?」

「……なんだって?」

「だから、金が欲しいんでしょう? いくら欲しいんで」

「リリオ、君、御貴族様だったのか」

「あれ、言ってなかったでしたっけ」

「ちょっとー!?」


 うるさいな。挑発はどうでもいいが、リリオが貴族だったというのは驚きだ。

 いやまあ、育ちがいいんだろうなあとは思ってたけど、まさか貴族だとは。


「一応まあ、貴族の家の長女やってます。上に兄が一人」

「貴族の子女がなんでこんなとこで冒険屋なんてやってるのさ」

「こんなとこで悪かったな」

「いえまあ、成人の儀というのがありまして」


 リリオが説明するところによれば、この世界の貴族の子供というのは、成人の頃になると、家を出て旅をして回り、見聞を広めることを慣習としているらしい。一つには世間のことを知って領地経営に役立てるため。また一つには他所の領地の不正などがないかを見張る相互監視のため。


 ふつうはお隣さんに物見遊山程度に出かけるものらしいけれど、武人の多い辺境の人たちは武者修行も兼ねているのだそうだ。


 リリオはどうせ家を継ぐこともないし、そのまま冒険屋として旅に出たいらしく、こうして親戚のメザーガを頼ってきたということだったらしい。


「君もいろいろあるんだねえ」

「私だって頭空っぽなわけじゃないんですよ」

「いや、頭は空っぽだよ」

「もうウルウったら」

「ふふふ」

「あはは」

「人さ放っぽっていちゃこらしてんでねーべや!!!!」


 怒られた。

 だって相手するの面倒臭いんだもん。


「ともかく! お嬢様のお目付けはわたくしの仕事! あなたはお役御免です!」

「いいんじゃないの」

「えっ」

「えっ」

「だって私保護者じゃないし」

「う、ウルウ!?」

「よ、予想外ですが、それでしたら結構です。ではあとはわたくしが」

「私はリリオのパーティメンバーだしね」

「ウルウ!」

「リリオ」

「あはは」

「ふふふ」

「だからいちゃこらしてんでねーべや!!!!!」


 怒られた。

 だってからかうと面白いんだもんこの瞬間湯沸かし器。


 とにかく、別に私はこのチビがリリオの護衛につこうがお目付けにつこうが構わない。人が一人増えるだけで、むしろ私がひっそりと観察できる時間が増えるだけ楽でいい。リリオにしてもお喋りする相手が増えた方が楽しいだろう。


 と述べたら、呆れられた。


「ど、こ、の、お目付け役がっ、不審な余所者を主人の傍に置くものですかっ!? あなたはただの、邪魔もの、お邪魔虫、けだものっ!」

「けだものではないんじゃないかなあ」

「いかにも胡散臭いそんななりをしておいて!」

「それは否定できない」

「とにかく、わたくしはあなたがお嬢様の傍にあるにふさわしいとは認めませんからね!」


 別にこのチビに認められる必要はないのだけれど、とリリオをちらと見たが、どうにもリリオには命令権がなさそうだった。一応立場としてはこのメイドの方が下なんだろうけれど、多分お目付け役の命令はリリオの上、つまりリリオの親から出ているのだ。

 だからリリオが何と言おうとも、この娘を説得しなければ私の同行は認められない訳だ。


 認められなかったところで私の同行を防ぐ手立てがあるとは思えないが、それも《隠蓑クローキング》あればこその話だ。表立って顔を出してついていけないと旅の楽しみがいくらか減る。それは私の素敵なゴースト・ライフの妨げとなる。


 となれば。


「どうすれば認めてくれるかな」

「認めません」

「どうすれば認めてくれるかな」

「認めませんってば」

「どうすれば認めてくれるかな」

「認めないといっているでしょう!」

「どうすれば認めてくれるかな」

「だから!」

「どうすれば認めてくれるかな」

「うーがー!」


 必殺、イエスというまで終わらない無限ループ。なお私の場合、何しろ《隠蓑クローキング》でどこまでもついていけるので、やろうと思えば枕元に立って質問を繰り返すこともできるので心を圧し折るには最適だね。


 ともあれ、実際にそれをする前に、メザーガが待ったをかけてくれた。


「おいお嬢ちゃん」

「トルンペートでございます」

「そうかい。あんたがリリオのお目付け役になるってことは、リリオの冒険屋パーティに入るってことでいいな」

「トルンペートですわ。そうですね、勿論、お嬢様の傍で働く以上、そうなりますわね」

「じゃあ試験な、

「は?」

「リリオにも受けさせたし、ウルウも通過した。あんただけ何もなしってわけにはいかんだろう、

「…………わかりました。いいでしょう」


 トルンペートは苛立たしげに額を叩きながらメザーガをめつけた。


「それから、私の名前は、トルンペートですわ」

「試験に通過したらな、


 忌々しげに舌打ちしてしまうあたり、武装女中なんだろうなあ。


 ともあれ、トルンペートは私たちと同じように乙種魔獣の討伐を言い渡され、リリオと同じように目を剥き、そして私たちがそれぞれ単独でやってのけたことを告げられて、渋々了承した。


「とはいえ、そこの馬の骨が乙種の魔獣を倒したという証拠はありませんわ! 私が同行する前で仕留めなければ、お嬢様の傍にあることは認められません!」

「いいよ」

「えっ」

「それくらいでいいなら楽なもんだ。三十八匹もとらなくていいんでしょ?」

「さんじゅ、え?」

「トルンペート、ウルウは一人で霹靂猫魚トンドルシルウロを三十八匹生け捕りにしてます」

「は、はあっ!? ちょ、ちょっとま」

「辺境の武装女中に二言があるとはね」

「そっだたこだねえ! ……ん、んん、こほん。わかりました、いいでしょう」


 辺境の人間はちょろい。

 その実証例が一人増えたのだった。







用語解説


・何語

辺境領は多種族が多地方から集まって住み着いた経緯があり、様々な方言や他では忘れられた言い回しなどがごちゃ混ぜに混在しており、他領の人間には理解しづらい。それどころか同じ辺境の人間もなんとなくで通じているところがある。


・ドラコバーネ家

 辺境の貴族の家。リリオの実家。


・武装女中

 その歴史は長く、辺境領が帝国に編入した頃に誕生したとされる。

 もとは、ただでさえ強い武人の国として怖れられた辺境の者が、帝国の人間を恐れさせぬように騎士の代わりに女中に剣を持たせて護衛として連れたことが由来とされる。

 現在ではある程度の貴族家では護衛として、また側近として腕の立つ武装女中を雇うことが多い。

 辺境には武装女中の養成施設があり、ここの出の女中は非常に高評価である。

 施設出の女中は一等から三等まで分かれており、一等ともなれば家中のことを取り仕切り、主人の仕事の手伝いまでこなせるパーフェクト・メイドである。


 なお武装女中のネーミングは、あの今野隼史先生の同人作品である「シュレディンガ・フォークス」に登場する同名の職業を拝借した。先生の作品は他にも「絶体絶命英雄」などがありどちらも大変読みごたえがありおすすめだ。


・人さ放っぽっていちゃこらしてんでねーべや!!!!

 訳:人を放っておいてイチャコラしてないでください!!!!


・だからいちゃこらしてんでねーべや!!!!!

 訳:だからいちゃこらしてないでください!!!!!


・そっだたこだねえ!

 訳:そんなことはありません!

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