第22話 亡霊と冒険屋見習い
前回のあらすじ
あ ば ば ば ば ば ば ば っ 。
飲み過ぎた。
酔っぱらっていて意識が揺れまくっていたせいか記憶があいまいだけれど、どうにかこうにか《目覚し時計》はセットしたようで時間には目覚められた。
しかし、気分は最悪だ。アルコール耐性もつけてくれよと思ったがそうなると酔いたいとき酔えないで困るのか。不便だ。
二日酔いで痛む頭を抱えながら身を起こすと、景色が違う。
何故だと思ってみれば、これは私のベッドではない。部屋の反対側だ。
いやな予感というか確信がして布団をはいでみれば、中途半端に服を脱ぎ散らかしたリリオが腰のあたりに抱き着いて涎をたらしていた。
反射的に蹴り落として、生理的嫌悪感からくる鳥肌をさすりつつ、自分の有様を確認してみた。
一応、酔っぱらいながらも着替え位はしたようで、下着はつけていないし寝巻代わりの《コンバット・ジャージ》にも着替えているが、うまくジッパーが閉じられなかったのか前は開いているし、かなりだらしがない格好だ。頭に触ってみれば寝ぐせも酷い。
最悪の目覚めだ。
取り敢えず酩酊状態を回復する《ノアの酔い覚まし》という水薬を一口飲んでみると、幸い効果があったようで頭痛も吐き気も晴れた。酔っぱらった時点で飲んでおけばよかったものをと思うが、酔っぱらった時点で思考能力などお察しだ。仕方あるまい。
しかし、この二日酔いという最悪の目覚めはあったが、昨夜の食事は素晴らしいものだった。まさか異世界で天ぷらと刺身が食えるとは思わなかった。勿論、いくらか違うところはあったし、醤油ではなく少し匂いのきつい魚醤であったが、私の中にもわずかばかり存在していたらしいホームシック的な郷愁の念も晴れたというものだ。
刺身を食べた時のあのしびれる感じは驚いたが、ワサビがなくて少し物足りないなと思っていた口にはちょっとうれしい驚きだった。フグの胆ってのはあんな感じなのだろうか。いや、まさかあそこまで直接的物理的にしびれるというのではないだろうけれど。
さて、寝癖を直し、汲み置きの水で顔を洗って歯を磨き、普段の装備に着替えて、これでいつも通りだ。
ベッドから蹴り落とされても暢気に眠りこけているリリオを《目覚し時計》の角で殴って起こし、先に言っていると言い残して階下に降りる。
するとまあ、悲惨なものだった。
こぼした酒や食べ物、また吐瀉物で床は汚れ、転がっている椅子などもあり、飲み過ぎたらしい泊り客が何組か青ざめた顔でテーブルに突っ伏し、その間をやや緩慢な動きでジュヴェーロさんが掃除していた。
「ああ、ウルウ君か。おはよう。すまないが朝飯は昨日の残りで我慢しておくれ」
「構いませんよ」
昨夜揚げた
手早く食べ終えて、私は少し考えていったん引っ込み、これなら汚れてもよかろうと昨夜の給仕服に着替え直して、片づけの手伝いに参加した。昨日は随分美味しいものを食べさせてもらったし、これも給料分だ。年甲斐もなく足を出した格好は恥ずかしいものがあるが、酔っ払いに尻を触られそうになっては自動回避が発動しまくってブレイクダンスじみたことさえしたのだ。もう、慣れた。
ジュヴェーロさんに感謝されながら掃除をし、半分ほど片付いたあたりでリリオもおりてきた。リリオは最初から手伝う気だったようで給仕服を着こんでいて、先程までの寝ぼけぶりなどどこへやら、そして二日酔いなどまるでないらしく元気溌剌に掃除に参加した。こいつの高
私と、そしてえらく元気なリリオの活躍によって掃除は手早く終わり、ジュヴェーロさんは昼から営業を再開することを宣言した。眠そうではあるが、宿屋というものは基本的に年中無休だ。一応昼には雇われの給仕も来るらしいので、それで何とかしのぐそうだ。
「さて、それじゃあ報酬と依頼票だ」
ジュヴェーロさんは、私にはまだ虫食いのようにしか読めない依頼票にさらさらとサインをして依頼の完遂を認めてくれ、写しにも同じようにサインをして寄越してくれた。
「さて、報酬だけど、ウルウ君の活躍もあって結構な額になってね。どうしようか。手形にするかい? というかしておくれ」
「うーん。とりあえずの手持ちに二十
「助かるよ」
そう言えばこの国、帝国だったかでは、貨幣がきちんと統一されているようだ。これは何気に凄いことだと思う。貨幣というものは担保となる金なり銀なりの価値が安定していて初めて通用する。貨幣がきっちり統一されて、その価値の変動が少ないということは、採掘量が安定している、というよりは国家としての信用がしっかりしていることだと思う。
しかも手形、この場合約束手形になるのかな、そういうものが存在しているということは商取引がかなり洗練されているということだ。専門じゃないからよくわからないが、少なくとも金銭のやり取りを現金以外の方法でできるというのはかなり近代的だろう。
さて、昨夜見せてもらった硬貨は小さいものから順に
名前の通りそれぞれやや丸みを帯びた三角形、五角形、七角形、九角形の硬貨で、どれも大きさは似たようなものだ。
百
十
この
結構計算が面倒くさいが、たいていの場合
なんか算盤みたいなの使って必死で計算しているところ悪かったが、私、途中から暗算なんかしてないんだよね。単品の値段は固定だから、それかけることの幾つかっていうのは、客の数からいって限られてくるから、その組み合わせを覚えれば、あとは計算しないでも当てはめてしまえばすぐに数字出るんだよね。
単純な数の計算ならもっと簡単で、九九を覚えてるかどうかというのと同じレベルで、二十かける二十くらいの計算までなら昔暇つぶしに覚えたから。
私、計算力はそこそこだけど、記憶力だけはいいんだ。
さて、その上の金貨となるとこれはもう普通は流通しなくて、恩賞や贈答用であったり、銀行や貴族が箔付けにもっていたりというものらしい。
何も考えずにゲーム内通貨の金貨をばらまいた気がするけど、そりゃああの野盗も、リリオも困るわけだ。換金しようにもそうそうできまい。
なので、ウルウの稼ぎですからと渡された手形はそのままリリオに渡した。散々渋られたのだが、私の方も散々渋った挙句に、苦肉の策としてパーティの資金だからというとにこにこ笑顔で納めてくれた。ちょろい。
なお、手形をちらっと見た感じちょっと金額がおかしかったので心の底からジュヴェーロ氏には申し訳ない。そりゃ即金で払えないわ。二メートル弱の奴一匹で八百
あまりの申し訳なさに、ウルウもある程度は持っていてくださいと寄越された
そのようにして私たちは初めての魔獣討伐を終え、あまりにも早すぎる試験終了のお知らせを叩き付けにメザーガ冒険屋事務所へと向かうのであった。
メザーガという男は、野ネズミのように勘のいい男らしい。
私たちが、というよりはリリオが事務所の戸を勢いよく開いた時、メザーガはちょうど上着を羽織ろうとしていたところだった。つまり、前回と同じだ。いま思うに、あの時も恐らく逃げ出そうとしていたのだろう。
私としては面倒ごとを回避しようというその姿勢には大変共感が持てるのだが、リリオの物語がこれ以上進展しないとそれは観客としては退屈極まりないので諦めていただこう。
さて、苦汁をリッター単位で飲み下したような顔で椅子に座り直すメザーガに、リリオは意気揚々と完遂済みの依頼票をもって、さあどうだと冒険譚を語り始めた。冒険者にしろ冒険屋にしろ、武勇譚を語りたがるというのはファンタジーものの定番らしい。
その間私はというと、クナーボと名乗った町娘風の少女に椅子をすすめられ、淹れたての珈琲っぽい飲み物を頂いた。結構大人びた顔立ちだが、成人するのは来年とのことで、西欧人の顔立ちはわからないというか、この世界の生育具合がわからないというか。
このクナーボという少女は冒険屋というものに対して実に愛らしくいたいけな憧れと理想を抱いているようで、それというのもリリオと同じように親戚筋であるらしいメザーガの冒険譚を聞いて育ったもので、それに強く憧れているらしいのだった。
いまは前線を退いているとはいえメザーガの若い頃の武勇はそれはもうすさまじいもので、いや、今だって若者に活躍の場を譲っているだけで腕は全く衰えていない、確かに少しだらしないし金勘定もいい加減だし事務処理だって自分が片付けている部分は多いが、まあ人間としていささかの難点はあるけれどそれを差し引いても冒険屋としてこれほど立派な人はそうはいないと、聞いているこちらの背中がむずかゆくなるような話を聞かせてくれるわけだ。
向こうでその当のメザーガが虚ろな目で天井を見つめているのは、はたしてリリオの話を聞き流しているのかクナーボの話を聞き流しているのか、どちらにしろ哀れな中年だ。
ともあれ、私が一杯の珈琲をのんびり飲み終える頃にはクナーボのメザーガ語りもリリオの武勇伝も落ち着き、疲れ果てたようなメザーガが「もういい」とどちらにともなく告げて、場を整えた。
「わかったわかった。依頼票も確かに本物だし、話の内容も嘘はなさそうだ。三十八匹も生け捕りにしたなんざ嘘であって欲しいが、ジュヴェーロがほら話の為に手形切るわけがないからな」
「じゃあ!」
「いいだろう、うちの事務所で冒険屋見習いとして雇ってやる。即戦力もいいとこだが、うちのやり方に馴染むまではまあ、見習いってことでな」
そう聞いたときのリリオの喜びようと言ったら全く、年相応の子供らしいものだった。と言えばかわいらしいが、勢いよく飛びあがって私に抱き着いてきて自動回避を発動させやがった挙句、抱き着いた椅子を締め上げて破壊するという暴挙に出るほどだった。
「……言っておくが、備品を壊したら依頼料から天引きだ」
「ぐへぇ」
砕けちった椅子の破片を涙目で組み上げようとする様は、あほな大型犬のようでかわいらしいというよりは、うっかり力加減を間違えて飼い犬をバラバラにしてしまったサイコパスみたいなちょっとぞっとする光景ではある。普段は力加減間違えない癖に私に突進するときだけやたらと破壊力高いの、壊れにくいおもちゃとでも思ってんじゃないだろうなこいつ。
「一応空き部屋があるから、二人で使うといい。ベッドが一つに、ソファが一つあるから、交代で使うなり新しく買うなりは好きにしてくれ。家具の新調は自由だが、備品を勝手に売るのはやめろ。倉庫があるから邪魔なのはそっちに移せ。消耗品は自費で賄うこと。飯は付かねえ。要するに屋根だけ貸してやるってことだ」
「わかった」
「わかりました」
「依頼に関しては俺が適正を鑑みて割り振るが、お前らの都合もあるからな、物にもよるが断っても構わん。依頼料から一割を仲介料として抜くが、これは組合の決めた割合で、俺には好き勝手にはできん。高くも、安くもな。あとは何があったか……」
「他所で依頼を受けた時ですよ、おじさん」
「そいつだ。お前たちが自分の足で仕事探して他所で受けてくる分には一向にかまわねえ。ただしその場合うちからの支援はねえし、あんまし他所に迷惑かけるならペナルティもある」
「例えば?」
「罰金、奉仕活動、除籍、まあそのあたりだな」
「大丈夫ですよー、ねえウルウ」
「私はね」
「ウルウ?」
「それから、ほっつきまわるのは自由だが、連絡が取れねえのは困る。長く留守にするときは必ず一報しろ」
「報連相だね」
「あ? なんだって?」
「報告、連絡、相談」
「おお、その通りだ。その三つは大事だ。頼むぜ」
「ええ、勿論ですよ! ね、ウルウ?」
「私はね」
「ウルウ?」
大まかな所はそのような具合らしい。
私たちは早速部屋を見せてもらったが、どうやら長らく誰も使っていなかったようで、最低限の備品はあるが、逆に言えばベッドとソファくらいしかなく、埃も積もっている。
私たちは適材適所を合言葉に役割分担することにした。
つまり、リリオは宿まで走って部屋を引き払い、その帰り道でよさ気な家具を見繕う。私は部屋の掃除を済ませ、物置とやらで何か使えるものがないか探す。
冒険屋見習いとしての最初の仕事は、まずこのようなことから始まったのだった。
用語解説
・《ノアの酔い覚まし》
ゲームアイテム。状態異常の一つである酩酊を回復させる水薬。他の薬品と比べてかなり小さな瓶として描かれているあたり、少量でも効果は抜群、つまり味は相当まずそうではある。
『今年の抱負:酔って脱いでも孫を呪わない』
・記憶力だけはいい
相当なレベルで。
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