第6話 白百合と死神の慈悲
前回のあらすじ
野盗に囲まれたリリオ。傍観する閠。上がる悲鳴。血の匂い。
それはそれとして昼の串焼きがちょっと胃にもたれている閠だった。
美味しいものを食べると人間は幸せになります。幸せになると人間は平和的な考え方をするようになります。なので暴力的なものの考え方をする人は美味しいものが食べられないかわいそうな人ということになります。
昔、母も言っていました。人を憎まず、罪を憎みなさいと。
お昼に食べた串焼きの実に食いでのある味わいを思い出しながら、それはそれとして私は野盗が振り上げた剣をその腕ごと切り落としました。
野盗たちがぎょっとした顔で腕を切り落とされた男に注目するので、その隙に一番面倒な手製の槍を持った男に踏み込み、構えられる前に槍に剣を打ち込んで、これを圧し折りながら男の体ごと切り伏せます。
息を吸って。
手斧の男が後ろから襲ってきますが、大声をあげながらなので助かります。剣を振り下ろした姿勢からそのまま屈んで地面に手をつき、後ろに蹴りを放てばちょうど顔面に入ったらしく倒れてくれました。
男の体を足場にして得た勢いで前転しながら立ち上がって距離を取り、振り返りざま腰の手斧を引き抜いて小刀の男に投擲。
結果を確認するより前に手斧の男に踏み込み、立ち上がる前に足の甲に剣を突き刺して動きを封じます。痛みに慣れていないものならこれで戦闘不能でしょう。
息を吐いて。
剣を引き抜きざま振り返れば、手斧は具合よく小刀の男の肩口に食い込んだらしく、悲鳴を上げて倒れています。こちらも痛みには慣れていないようで、すぐには反撃されないでしょう。
息を吸って。
残りの男は無手でした。さぞかし格闘に自信があるのかと思いきや、単に武器も手に入らなかっただけのようで、私が剣を向けるとその場にひれ伏して命乞いを始めてしまいました。まあ、体格も優れているわけではなさそうですし、気配もそう強いものではないので、さほど警戒はしないでよさそうです。
息を吐きます。
二呼吸の間に無力化できたようです。魔獣ならいざ知らず、大して鍛えてもいない野盗相手なら、私でもなんとかなるようです。よかったよかった。
「さて、どうしましょうか」
おじいさんは少し考えて、儂はどうでもいいんだがね、と横をちらりと見ました。横、つまりはウルウです。ここには三人いて、私はおじいさんに判断を求め、おじいさんは私たちの取り分を考えてくれて、そしてウルウは、ウルウはどうするのでしょう。
ウルウは私たち二人の視線を受けてちょっと小首を傾げると、まるで体重がないようにするりと軽やかに飛び降りてきて、私の傍にやってきました。それから少し屈んで、私に聞こえるように訪ねてきました。
「私はこういう
「そう、ですねえ。野盗は何しろ人を襲っているわけですし、領地にもよりますけれど、基本的にはその時点で処刑が決まってます」
「処刑」
「ええ。死刑になるか、それとも奴隷になるか。なので、ここで私たちが殺してしまっても問題はありませんし、しかるべき場所に突き出してもいいです。野盗は生死問わずで懸賞金が出ます。生きてる方が高いですけど、生かしたまま連れて行くのは危険も手間もあります」
「フムン」
「もっと消極的に、このまま放置しても問題はありません。逆恨みされてまた狙われるかもしれませんけど、それなりの手傷を負わせましたから復帰できるとも思えませんし、場合によってはこのままのたれ死ぬでしょうね」
「へえ」
できるだけ淡々と説明してみましたけれど、多分ウルウが求めているのは
私も、何しろ騎士道物語や英雄にあこがれて旅に出た口です。殺伐とした現実を憂えて、何か夢や希望がないかとも思います。まあ
でも。ウルウは、きっと違うのです。
ウルウはきっと私の説明をちゃんと理解していて、現実的に対処法が他にないこともわかっていて、それでも、それでもなお、美しいものが見たいのです。美しいものがあることを、知っているから。
私がここで現実的な対応をしたところで、ウルウはきっと気にしないでしょう。そのまま私の旅に付き合って、私の物語に付き合ってくれるでしょう。ウルウに言わせればそれが、他人の物語を傍観するというのが、ウルウの亡霊生活の暇つぶしなのです。それがいささかつまらない結末であろうと、きっと、決定的な終わりが来ない限りは、なんだかんだ義理堅いウルウは付き合ってくれるでしょう。
だからこれは、私の方の
「ウルウは」
「うん」
「ウルウは、どうしたいですか」
ウルウはあのなんにも映っていないような、それでもその奥にきらきらしたものを捨てきれないでいる目でしばらく私を見つめて、それから、酷く
「私はね。私は、ハッピーエンドが見たいんだ」
「はい」
「あと腐れのない、さっぱりとした、
「はい」
「それは酷く馬鹿馬鹿しくて、到底叶わないような夢物語で、きっと何もかも無駄になるような徒労に過ぎないんだろうけれど」
「はい」
「君は、それを許してくれる?」
「私はきっと
ウルウは忌々しそうにぐしゃぐしゃと顔を隠して、それから、小さく、うん、と呟きました。
「私にはちょっと手が届きませんから、ウルウが手を貸してください。ウルウが私の物語を、完全無欠の
「努力は、するよ」
ウルウはしかめっ面で傷ついた男たちの体を引きずって集め、手斧を引き抜き、切り落とされた手首を拾ってきて、道の端に並べて横たわらせました。一人無傷の男は怯えたようにうずくまったまま、それでも何が起こるのかと恐ろしげに事態を見守っていました。
「これから、起こることは」
それは誰に言い聞かせるつもりでもないような囁きでした。しかし誰もが息をのむ中で、
「ただの気まぐれで、ただの偶然で、きっと二度と起こりはしない」
ウルウの手が腰の《
「だから、期待はするな。次は、ない」
ウルウの手が瓶の栓を抜き、その中身を横たわった男たち一人一人の口に丁寧に注いでいきました。咳き込みながら、むせながら、それでも飲み下した男たちは、熱に浮かされるようにびくりびくりと震え、それから、ほーっと深く息を吐き出し、そしてぐったりと脱力して意識を失ったようでした。
「なんてこった……!」
おじいさんが茫然と呟きました。
私も信じられない思いでした。しかし、私自身の身に起きたことはつまりこういうことだったのだという納得がありました。
ウルウの与えた霊薬によって、切り裂かれた傷は塞がり、あざは消え、そして切断された手さえも繋がっているのでした。それはどんなに優れた傷薬でも有り得ない、本当に魔法のような癒しの力でした。あの一瓶の霊薬にいったいどれほどの金貨を積めばいいのでしょうか。
ウルウはただ一人この奇跡を目撃してあえぐように見上げてくる男の傍に歩み寄り、無理やり引きずり起こすように立ち上がらせると、その手に一握りの輝きを持たせました。
「こ、ここ、こりゃあっ」
「換金できるかどうかは知らないが、そこまでは私の仕事じゃあない」
「き、きんっ、きんかっ」
「一人に三枚。十五枚。これだけあれば、大抵のことはできるだろうさ」
「はーっ、はーっ、はーっ……!」
「これはお前たちのものだ。好きにするといい。畑を買って、農民をやり直すのもいいだろうさ。街で商売を始めたっていい。パーっと使って手放すのも、いいだろう」
けれど。
ウルウの細い指が、ずるりと男の額を指さしました。
「お前達の死は、彼女の物語に下らない汚れをつけないために、
まるで抗えぬ魔力が宿るかのように、男は浅い呼吸を繰り返しながら、ウルウの指先にひれ伏しました。
「好きにしろ。好きに生きろ。好きに死ね」
ウルウはひれ伏す男の傍に屈みこみ、呪詛のように囁きました。
「……できれば、善く生き、善く死んでくれ」
「ひゃ、ひゃひぃっ!」
ウルウは外套を翻して立ち上がると、足早に馬車に戻ってするりと荷台に乗り込みました。そして呆然とする私たちにしびれを切らして、どすの利いた声で早く出せと命じました。私が慌てて荷台に乗り込むのと同時に、おじいさんが馬車を走らせます。
目の前で起こった
揺れる馬車の上、私だけがその不思議な出来事の事実を知っていました。
膝を抱えるように座り込み、頭巾ですっかり顔を隠してしまったこの不器用な人は、耳まで真っ赤にして羞恥に耐える
用語解説
・一本の瓶
正式名称は《ポーション(小)》。《
『危険な冒険に回復薬は欠かせない。一瓶飲めばあら不思議、疲れも痛みも飛んでいく。二十四時間戦えますか』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます