幕間十二ノ十三

 その日も、『彼女』は山を覆い尽くす森の中で獲物を探して動き回っていた。

 森には大きな木々が立ち並び、見渡しが悪い。されど『彼女』には鋭い本能がある。ちっぽけで腹も膨れぬ有象無象が慌ただしく逃げる姿には目もくれず、ひたすらに感じ取った気配を求めて進み……

 ついに獲物を見付けた。

 獲物もまた『彼女』に気付き、慌てて逃げ出した。されどこの距離ならばもう逃がさない。『彼女』は獲物を超える速さで迫り、自慢の足で獲物を踏み付ける。頑強な獲物の甲殻も、こちらの力に敵うものではない。

 殻を打ち砕き、中にたっぷりとある脂の乗った肉を喰らう。獲物はまだ生きていて、ジタバタと暴れているが……こんなもので振りきれるほど『彼女』の力は弱くない。容赦なく食べ続け、やがて獲物は動かなくなる。もりとりとその肉を引き千切り、味わい、飲んで腹を満たす。

 食べられる部分を全て腹に収め、『彼女』は満悦した

 ……のは僅かな時間だけ。満腹には程遠い。

 『彼女』は困った。どうにも最近腹が減って困る。を考えるようになって、頭を使うからだろうか? 今まで一日一匹食べれば満足だったのに、今では全く足りない。

 憂鬱な気持ちを抱きつつも、足を止める暇もない。何も食べなければ飢えては死ぬのだ。次の獲物を求め『彼女』は周囲に意識を向ける。

 そうしていて、ふと気付く。

 獲物の気配が無数にある。

 それ自体は悪い事ではない。むしろ歓迎するところだが……何故か獲物達の気配は一直線に、真っ直ぐ山の麓を目指して進んでいる。何故そんなところに?

 麓には、ちっぽけな生き物しか棲んでいなかった筈だが……

 考えた『彼女』は気付いた。そうだ、麓にはちっぽけな生き物がたくさん棲んでいた。自分達の獲物は、確かあのちっぽけな生き物ぐらいの大きさの生き物を好んで食べていた。成程、餌を求めて移動しているのか。

 思えば最近獲物達は増え、森のちっぽけな生き物は減っていた。増え過ぎて餌を食べ尽くしたか。このままでは獲物が飢えて死に、減ってしまうかも知れない。

 だとしたらむしろ、このままにしておくのが得策か。

 たくさん餌を食べれば、たくさん獲物が増えるかも知れない。たくさん獲物が増えれば、自分も食べ物に困らなくなる。実に良い事尽くめではないか。幸いにしてあの餌は物凄くたくさんの数がいる。ちょっと獲物が増えたところで食い尽くされる事はあるまい。

 そう、『彼女』は賢かった。生態系の仕組みを理解し、その結果を予測出来るほどには。

 故に『彼女』は獲物達の動きを静観する事にした。それは本来の生態系から逸脱した動きであったが……なんら問題はない。

 世界は変わりつつある。変わる世界の中で変化を拒めば、滅びるのは己自身。

 『彼女』は変化出来るものだった。

 即ち『彼女』はこう呼ぶのが正しいのだ。





















 第十三章 適応者



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