051 覚醒とドラゴン使い

 黒ずきんさんと抱き合っていると、杏太郎が一度だけ「こほん」と咳払いをしてから、話しかけてきた。


「そのぉ……シュウよ。そろそろいいだろうか? 一応、これから魔王とのラストバトルなのだが……」


 薄っすらと顔を赤くしている金髪の美少年に、俺は「ああ、ごめん」と謝った。

 続いて、泣いている黒ずきんさんの頭をやさしくでると、彼女とともに祭壇の台座から下りた。


 とりあえず、燃やされた身体だけでなく、スーツなんかも元通りになっていることが俺はうれしかった。

 自分の身体の状態を簡単に確認した後、周囲の確認も行った。

 女剣士の姿が見当たらないのは、俺が死んだことで『絵画召喚』スキルが解除されてしまったからだと思う。

 仲間でいないのは彼女一人だけで、他はみんな生存している。


 敵の魔物たちは全滅していた。狐面の男の姿はやはり見当たらない。

 人質にされていた『オークションハウス』の男は、無事にこちらで保護できていた。気を失っている彼は、地面に寝かされている。

 俺と同じように『呪われた青い炎』のターゲットにされた杏太郎が、どうして生き残ることができたのか?

 それも知りたかったけれど、まあ順番に話を聞こう。


 俺が死んでいる間に何が起きたのかを杏太郎に尋ねた。

 金髪の美少年は、苦笑いを浮かべながら説明をはじめる。


「シュウが殺されてしまった後、実はカゼリュウのやつが大暴れしてな……」

「カゼリュウが?」

「ああ。カゼリュウは、シュウが死んでしまったことに非常に大きなショックを受けたようで――」

「えっ? でも、俺が生き返るってことは知っていたんじゃ……って、あれ? あいつ、そういえば!」


 杏太郎がこくりとうなずく。


「そうなんだ。カゼリュウのやつは、前日の作戦会議の序盤じょばんでフラリと抜け出してしまっただろ?」

「そっか。会議に参加していなかったカゼリュウは、俺が生き返る作戦を、そもそも知らなかったのか……」

「まあそれは、勝手に会議を抜け出したカゼリュウが悪いんだが……」


 確かにその通りだ。

 金髪の美少年は説明を続ける。


「カゼリュウはシュウのことを、ボクが想像していた以上にものすごく大切に思っていたみたいでな。フラフラ飛びながら戦いを見物していたあの龍は、お前が殺されたことで怒りが爆発したみたいで……そのぉ、覚醒かくせいしたんだよ」

「はっ? 覚醒?」

「そうだ。今は気絶しているのだが……」


 杏太郎はカゼリュウに視線を向けた。

 覚醒したらしい龍だが、地面に横たわって気絶きぜつしている。ピクリとも動かない。

 本当に俺が死んでいる間に、いったい何があったのだろう?


「仲間が死んで覚醒するのって、杏太郎かシャンズだと俺は思っていたんだけど……カゼリュウが覚醒したの?」

「ああ……お前が死んだことで、カゼリュウは覚醒し『時間を止める』スキルが身についたみたいだな」

「はっ!? 時間を止める? そのスキルは凶悪すぎないか?」

「ああ。まあ、時間を止められるのは一回につきほんの短い間みたいだが、それでも凶悪すぎるスキルを身につけた。その結果、カゼリュウは時間を止めるスキルを使いまくって大暴れし、残っていた魔物たちをカゼリュウたった1体で全滅させ、さらに増援ぞうえんでやってきた魔物たちも全滅させた」


 俺は周囲を、もう一度見渡す。

 カゼリュウ1体で、おびただしい数の魔物を倒したことがよくわかった。

 ごくりとツバを飲み込むと、俺はつぶやく。


「おいおい……下手したらカゼリュウ、これから戦う魔王よりも強いんじゃ……」

「まあ、カゼリュウはそもそも、四天王最強の戦闘力を持っていたからな。たぶん、今回の覚醒で完全に『最強の魔物』になった。本当に魔王よりも強い可能性があると思うぜ」


 そいつはこの先、厄介やっかいなことに発展しなきゃいいが……。

 杏太郎は話の先を続ける。


「それと、シュウよ。実は覚醒したのは、カゼリュウだけじゃないんだ」

「えっ?」


 俺がそんな声を漏らすと、杏太郎は黒ずきんさんに視線を向ける。

 黒ずきんさんは、目の下の涙を指でぬぐいながら小さくうなずく。


 まさか……黒ずきんさんが覚醒っ!?


 俺は彼女に尋ねる。


「覚醒したの?」

「うん。柊次郎くんが目の前で死んだのがショックすぎたみたい……」

「俺が生き返るってわかっていたのに?」

「作戦が成功して、柊次郎くんが生き返るって信じていたよ。けど、もしものときはアタシがしっかりしなくちゃって……。そう思っていたらアタシ覚醒して、カゼリュウを倒せるくらいになっちゃった」

「えっと……どういうこと?」


 黒ずきんさんの説明によると、俺が死んだことで暴れまくったカゼリュウが、魔物たちを全滅させた後、祭壇までぶっ壊しそうになったそうだ。

 祭壇が壊されると俺が生き返ることができなくなる。祭壇は俺の復活に必要不可欠なものだった。


 だから、黒ずきんさんは祭壇が壊されるのをなんとか阻止しようと強く願った。すると不思議なことに、自分が覚醒していることに気がついたそうだ。

 確かに例のゲームでも、この『強制イベント』で、主人公とライバルキャラの二人が覚醒した。

 カゼリュウの他にも覚醒する者がいたって不思議ではない。


「柊次郎くん。覚醒したアタシ、身体能力がものすごく強化されたみたいだし、新しいスキルを上手く使えばカゼリュウに圧勝できるみたい」

「はっ?」

「カゼリュウが『時間を止める』スキルを使ったときも、アタシだけは関係なく動けるの。それと覚醒したことで、『カゼリュウの動きを止める』スキルが身についたのよ」

「んっ? んんっ?」


 説明の続きを聞くと――。

 どうやら黒ずきんさんは、カゼリュウが時間を止めたとき、カゼリュウの他に唯一自由に動ける存在らしい。

 そして、カゼリュウが時間を止めたときも『カゼリュウの動きを止める』スキルが使えるみたいだ。

 つまり……。

 カゼリュウが時間を止めたとき、黒ずきんさんはカゼリュウと仲良くいっしょに動くこともできるし、カゼリュウの動きを止めて、止まった時間の中で一人だけで動くこともできるとのことだった。


 俺は後頭部をポリポリ掻きながら言った。


「なんか、ちょっとややこしい感じがするけど……簡単に言うと、カゼリュウにとって天敵てんてきみたいな感じになったってこと?」

「うん。たぶん、そう」


 黒ずきんさんは、こくりとうなずくと話を続ける。


「それで、魔物たちを全滅させたカゼリュウが祭壇を壊しそうになったとき、時間が止まっていて、他のみんなは動けなくて……。だから、一人だけ自由に動けるアタシが『ダメ!』って叫んだら、あいつの動きがピタリと止まったのよ」

「すごい」

「うん。だけどあいつ、怒りで正気を失っちゃっていたみたいだから、またすぐに暴れだしてね。仕方なく『ダメ!』って叫んで、あいつの動きをもう一度止めてからシャベルでぶっ叩いたの」

「お、おう……」

「手加減はしたんだけどね。それでも一発で気絶したのよ。なんかアタシ、覚醒して攻撃力も大幅に上がっているみたい」

「覚醒……すげえな……」


 それと、黒ずきんさんは職業が増えたらしい。

 ステータスの職業部分が『ゴーレム使い』兼『ドラゴン使い』と変化したそうだ。

 彼女が言うには、「ドラゴンをたくさん集めたら、ゴーレム使いの副業でドラゴン使いもちゃんとできるんじゃない?」とのことだった。

 どちらかというと、ゴーレム使いよりもドラゴン使いの方が、強力な戦力になりそうである。


 しかし……もしかすると黒ずきんさん。

 魔王を倒した後の世界で、一番危険な魔物となるだろうこのカゼリュウの行動を監視する役割とかを押し付けられてしまいそうな……。

 まあ、その場合は俺も、その監視役に付き合うつもりだけど。


「とにかく祭壇を守ってくれて助かったよ。カゼリュウは、俺がフェニックスと祭壇の力を利用して生き返るって作戦を知らなかったから、仕方ないところもあったんだけど」


 本当に黒ずきんさんが命の恩人おんじんである。

 祭壇を破壊されていたら、俺は生き返ることができなかったのだ。


 それから俺は祭壇の台座のひとつに視線を向ける。

 俺を生き返らせてくれたフェニックスがそこにいるのだ。

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