049 【第8章 完】身代わりと強制イベント
絵画から呼び出された海賊船なのだが、海の上と違って地上だとものすごくゆっくりとしか移動できない。
けっこうイライラするくらいのスピードしか出なかった。歩く速度よりも遅い。
まあ、地上なんだからそれは仕方ないだろう。
最初から機動力には期待していなかった。たとえほとんど動けなくても、海賊船はそのたくさんの大砲で魔物たちを
黒い海賊船は俺の命令で魔物たちに大砲を向ける。
「撃てえ!」
俺の号令で黒い海賊船からの砲撃がはじまった。
船員のいない無人の船みたいだが、砲撃が可能なのだ。
命令に従ってくれるから海賊船自体に命みたいなものが宿っているのかもしれない。会話はできないけれど、こちらの声は届いているみたいだった。
自分が召喚できる絵画の中では、最強の全体攻撃はこの海賊船だった。
ただ敵味方が入り混じった戦場になってしまうと、砲撃に仲間たちまで巻き込んでしまう。だから、召喚するのなら、向かってくる魔物たちがこちらに到着する前のこのタイミングだった。
大砲のすさまじい威力で、魔物の半数以上を蹴散らした。
狐面の男がいる祭壇は、俺たちにとっても大切な場所なので、そこには大砲を当てないよう指示は出してある。
砲撃によって地下空間が崩れやしないかと少し心配になった。けれど、まあさすがにラストバトルの舞台である。地下の天井が落ちてくるなんてこともなかった。
例のゲームだと、この地下空間で主人公たちが魔王と、もっと派手なバトルをしていた。
それに、魔王が封印されている大切な場所だから、魔物たちの方で地下空間が崩れないよう何か強力な魔法でもかけているのだろう。
派手な戦闘をするには都合のいい空間である。
やがて、海賊船は消えてしまった。
『黒い海賊船』は強力な絵画ではある。だが、召喚時間が短いのが欠点だ。
それでも、ラスボス前の凶悪な魔物たちを半数以上も倒してくれたのなら充分だろう。
元四天王のツチグマとミズカメが俺たちの先頭に立ち、魔物たちとの本格的な戦闘がはじまった。
敵を蹴散らしながら、俺たちはじわじわと祭壇まで近づく。
そして――。
コンチータが、青い髪を揺らしながら地面に手をついて叫んだ。
「オークションハウス・オープン!」
狐面の男がいる場所が、コンチータのオークションハウスの範囲に入ったのである。
俺を殺す原因をオークションで落札してしまおうという杏太郎の作戦を実行するのだ。
しかし……。
なぜか、いつものようにオークションハウスへ移動できない。
コンチータが地面に手をつき直し、もう一度叫んだ。
「オークションハウス・オープン!」
通常ならば周囲が青白い
だが、やはり移動できない。
狐面の男の笑い声が聞こえてきた。
「はーははははっ! オークションを開催できんだろ?」
それから狐面の男は、近くにいたゴリラみたいな見た目の魔物に合図を送る。
魔物は一人の若い男を連れてきた。どうやら人間のようで、18~20歳くらいといったところだろうか。魔物に操られているのか、男の目はうつろである。
身体は細く、背は180センチ近くありそうだった。髪は明るい茶色で、顔は地味だがまあまあ整っている印象。
黒とワインレッドを基調にした服を着ていた。貴族が着るような装飾が多い豪華な服だから、きっとお金持ちだと思われる。
そんな男を目にするなり杏太郎が「なっ……」と、声を漏らした。
狐面の男が祭壇の上から俺たちを見下ろしながら言う。
「お前たちだけでなく、こちら側にも『オークションハウス』はいるんだ。『オークションハウス』か『オークショニア』がいる場合、一方的なオークションの開催を拒否することができる。知らなかったのか? はーははははっ!」
狐面の男はどうやら、職業が『オークションハウス』の人間をどこかで見つけて、誘拐してきたのだと思う。
この日のために、オークション対策をしていたのだった。
俺は杏太郎に尋ねた。
「おい、杏太郎。オークショニアかオークションハウスが相手側にいる場合、オークションの開催を拒否されるなんてこと知っていたか?」
俺はそんなことは知らなかった。
そもそも、コンチータ以外のオークションハウスを目にしたのも、はじめてだった。
ちなみに、この一年の冒険で自分以外のオークショニアに会ったことは一度もない。
オークショニアもオークションハウスも、ものすごくレアな職業だとは思っていたけれど、まさか最終決戦のこの場で、コンチータ以外のオークションハウスに、はじめて会うことになるとは……。
杏太郎から返事がないので、俺は彼の肩をポンポンと叩く。
「おい? 杏太郎、どうした?」
「シュウ……。あの魔物に捕まっている男……ボクの数少ない友人の一人なんだ」
「えっ?」
杏太郎はやや動揺した様子で、話の先を続ける。
「シュウやコンチータと旅をする前、ボクは他の『オークショニア』と組んでいた。以前、そんな話をチラッとしたことがあるだろ?」
俺は小さくうなずく。その話は、なんだか薄っすらと覚えている。はじめてこの異世界にやって来た日、ギーガイルの洞窟で杏太郎がそんなことを言っていた。
あれ以来、杏太郎はまったく話題にしない。だから、あまり質問してはいけないのかと思い、俺も
とにかく杏太郎が、レアな職業であるオークショニアのことにやたら詳しいのは、俺以外のオークショニアと過去に組んでいたことがあったからだという説明は一度聞いていたのである。
杏太郎はごくりとツバを飲み込むと俺に言った。
「あの捕まっている男は、そのときの『オークションハウス』なんだ」
なんてことだ……。
オークションの開催を封じられたうえに、人質までとられているとは。
俺は杏太郎に尋ねる。
「じゃあ、助けなくちゃいけないよな。友達なんだろ?」
杏太郎は、こくりとうなずく。
「ああ……。良いやつなんだ。なんとか助けたい。魔物に操られているようだし……」
どうやら、『オークションを開催して狐面の男を落札する』という作戦を成功させるのは無理そうだった。
狐面が、きちんとオークション対策をしてくるとは、俺たちも予想していなかったのだ。
そもそも、オークションの開催を拒否する方法があるなんて……。
杏太郎だって今日まで知らなかったのだろう。
ひとつ目の作戦が失敗に終わったところで、ゲームでいうところの『強制イベント』がはじまった。
オークションの開催を阻止することに成功した狐面の男が、祭壇の中心で笑い声をあげる。
「はーははははっ! オークションが開催できなくて残念だったな。そして、お楽しみはまだあるぞ。『勇者・シャンズ』とお前たちのリーダーらしきその『金髪の
俺は覚悟を決めて、シャンズのいる方向に走り出す。
祭壇の前で燃えていた巨大な青い炎から一発、二発と、ほぼ同時に火の玉が放たれた。
強制イベントだからこの二発の火の玉は『防御不能魔法』だろう。
必ず命を奪う魔法だということは、確かゲーム内でもきちんと記述されていたと思う。
ただ、ターゲットとは別の人間が身代わりになることは可能なはずだ。
例のゲームでは、『主人公の親友』と『ライバルキャラの妹』が身代わりとなって命を失うイベントだったのである。
一発目の火の玉は杏太郎に向かって飛んでいった。
二発目の火の玉は、勇者・シャンズに向かって飛んでいく。
作戦通り俺は、シャンズと火の玉の間に飛び込んだ。
勇者様の身代わりになって死んだのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます