第2話 服装検査1
「電子機械科で3人携帯没収らしいぞ」
イスから立ち上がり、廊下に出ようと入り口を振り返ると、
「馬鹿だな。見つかるところに置いとくからだろ」
俺が呆れてそう言うと、蒲生は太い眉を顔の中央に寄せ、「違う、例のヤツをつかったらしい」と答えた。
「あれか。あれが出たか」
団子になって廊下に向かう中、クラスメイトのひとりが声を潜めて蒲生に尋ねる。
「そうだ。携帯探知機だ」
重々しく蒲生が頷き、そこかしこから舌打ちが聞こえる。
『学内使用禁止』ではない。『学内持ち込み禁止』だ。
このご時世にあり得ないと、毎回生徒会や父母会から規制緩和の申し出が上がっているが、教員側は『風紀が乱れる』の一点張りで改善の余地なしだ。
おまけに、一部の生徒からは、『確かに不要だ』と教員に迎合し、心証を良くしようとする輩まで現れた。
そいつらが。
あろうことか、数年前に機械科と共に『携帯探知機』を作成してしまったので、性質が悪い。
こっそり学内に持ち込んだ気配があれば、教員がその『携帯探知機』を使用して探索に乗り出す始末。
ちなみに普段、『携帯探知機』は職員室に厳重に保管されているらしい。職員室には、傭兵のような教員がうじゃうじゃいる。破壊すらできない。
「機械科は何を思ってあれを作ったんだ」
俺の背後のクラスメイトが忌々しげにつぶやき、俺達は揃って廊下に出る。
「他科を貶める為に決まってるだろ」
蒲生の言葉に、俺も含めて皆が訝しげに奴を見た。
「お前ら、機械科が『携帯探知機』で携帯を没収されたって聞いたことあるか?」
疑り深そうに蒲生が眉根を寄せる。俺達は顔を見合わせ、「そういえば」と呟いた。
聞いたことが無い。
いつも携帯を没収されているのは、溶接科、電子機械科、電気科の生徒ばかりだ。
「機械科のやつらが作ったんだから、なんらかの「穴」があるんだよ。あいつらはそれを知ってるから、自分たちが携帯を持ち込んでも、探知機では見つからないんだ」
蒲生は鼻息荒く俺達を見回す。なんだかその目は、陰謀論にとりつかれたアブナイ奴に見えた。
「おれらだってそうだろ。毒薬だけ開発するか? 違うだろ。解毒薬とセットで開発するだろ」
「……おれたちは、工業薬品を扱うのであって、毒薬を開発しているわけではない」
念のためにそう付け加えるが、「一緒だよ」と蒲生に切り捨てられた。全然違うのに。恐ろしい男だ。
「機械科のやつらめ。いつかこの悪事を暴いてやる」
蒲生は何故か鬼のような形相でそう誓い、おれたちは顔を見合わせて肩を竦める。
「早く廊下に並べ! 女子は廊下の西、男子は東だっ」
廊下に出た途端、科長の鋭い声が聞こえた。
俺達は反射的に背筋を伸ばし、廊下に一斉に並ぶ。
中央を空け、男女別に並んだ。
並んだ瞬間、俺も含めて生徒全員が手早く身だしなみを整える。
学ランの襟を留め、手櫛で髪を撫でつけ、ベルトを引っ張ってきついぐらいに締める。
「軍隊かよ」
俺の隣で蒲生が呟き、俺は苦笑いする。以前、ドキュメンタリー番組で自衛隊に入隊したての隊員の様子を追っていたが、俺達の生活と大して変わらなくて驚いたことがある。
「それでは、順番に服装検査を行うっ」
北条科長が声を張る。
数メートル先では溶接科の科長が同じように声を張るから、北条科長は負けないように頑張ったらしい。
なにしろ。
工業化学科の科長は、学内でも珍しく、ひょろひょろの体格だ。溶接科、機械科などの教師は皆、やくざかやくざかやくざにしか、見えないが、白衣に丸刈り頭のその姿は、どちらかというと『狂科学者』のように見えた。ちょっとジャンルが違う怖さが科長にはある。
「合格した者より、教室にもどれぃ」
科長は声を必死に張ってそう言うと、一番近くの生徒に歩み寄った。
同時に。
女子の列には、英語の赤松先生が歩み寄る。
月一度の服装検査では、男子は男の教員。女子は女の教員が検査を行うことになっていた。こういうところは、この学校は非常にしっかりしている。
頭髪の長さ、制服の着こなし、みだしなみ。
そういったものを毎月検査され、その様子はうちの母親に、「……私たちの頃より厳しいわね」と言わしめた。「あんたたち、囚人?」と。
つい先日、全国ニュースで、生まれつき髪が茶色い生徒が学校側の指導により黒く染めるように言われて問題になっていたが、黒工ではそういったことはない。
本当に地毛であれば、この高校にも茶髪の生徒は何人か在籍している。その生徒達が「黒髪」を強要されることはない。
地毛が茶色だ、と自己申告した生徒は、工業化学科が使用する電子顕微鏡で毛髪をチェックされ、教師たちによって地毛かどうかを確認される。だから、黒髪への染髪など強制されない。
生まれつきであれば問題ない。
教師達も俺達も、そう考えている。
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