第198話 越境

「で? おめぇらこれからどうするんだ?」


 イルミナ達が部屋を出てすぐ、ノルディスがそんなことを問いかけてくる。


 当初の目的であるザーランドの場所は、既に確認できている。


 となれば、いそいで向かうべきなのだが、カリオスは一つの懸念を抱いていた。


 隣国へ行くには、何らかの手順を踏む必要があるのではないだろうか?


 カリオスはその方法を具体的に知っている訳では無い。


 かといって、目の前に立っているノルディスへ直接問いかけても良いものなのだろうか?


 そんなことを考えていた時、クリスが声を上げた。


「俺ら、クラリスを助けにザーランドに行くとばい!」


「ザーランドっておめぇ、お隣さんじゃねぇかよ。どうやって行こうってんだ?」


 クリスの言葉を聞いたノルディスが、カリオスやタシェルへと視線を投げ掛けてくる。


「それは……」


 タシェルもザーランドへの行き方について、答えを持ち合わせていないようで、言葉を濁している。


「歩いて行けないんですか?」


 そう尋ねたのは、ミノーラだった。


 そんな素朴な疑問を聞いたノルディスが、頭を掻きながら話し始める。


「ん~。行けねぇことは無いが、見つからずにザーランドまで行けるのか?」


「見つかるっていうのは、誰にでしょうか?」


「エストランドの連中だ。場合によっては捕まっちまうかもしれねぇ。人を助けに来たなんて言う話が通用するとも思えねぇ」


 ノルディスの返答を聞いたミノーラは、しかし、腑に落ちていない点が多いようだ。


「……仕方がねぇなぁ。俺が教えるのは良くねぇんだがよ。おめぇら、北の山脈を登れ」


「ノルディス長官!? それは……」


 溜め息を吐きながらそう告げたノルディスに対して、マーカスが驚きを示す。


 何かを言おうとしたマーカスだったが、ノルディスの制止を受け、それ以上何かを言うことは無かった。


 カリオスにしてみれば、そんな中途半端な情報を与えられるのが最も歯がゆく感じる。


 何か危険があるのであれば、先に教えておいて欲しいものなのだが。


「北の山脈には何か危険でもあるんですか?」


 同じことを考えたのか、タシェルが単刀直入にノルディスへと問いかけた。


「だははははっ! おめぇらなら大丈夫だと思うぜ?」


『それは暗に、何か危険があると言ってるようなもんだろ?』


 ノルディスの言葉を聞いたカリオスは呆れを感じながら心の中で独白する。


 そして、一つ抱いた疑問をメモに書き記し、タシェルへと手渡した。


「『北の山脈に行くのは良いとして、そこからどうやってザーランドに向かえば?』……たしかにそうですね」


「北の山脈には馬鹿みたいにデカい坑道があるんだぜ? かつて、山の中に一つの国があったんじゃないかって言われるほどのな。その坑道は山脈を東西に貫いてやがるからよ。坑道を東の端まで行けば、ザーランドの目と鼻の先だ」


 その話を聞いて、カリオスは明らかな違和感を覚えた。


 そのような坑道があるのだとすれば、国境を守っているエーシュタルの存在意義がなくなるのではないか。


 しかし、エーシュタルは名実ともに国境を守るための砦だと言われている。


『と言うことはだ、その坑道を通るのはエーシュタルを攻め落とすよりも危険で、難しいと言う事じゃないのか?』


 わざわざそのような危険を冒す理由が分からないカリオスは、ノルディスの提案に込められている意味を図りかねていた。


 考え込むカリオスの様子を見兼ねたのか、ノルディスが再び問いかけて来る。


「助け出さなくちゃいけねぇ奴がいるんだろ? 少しでも成功する確率は上げた方が良いんじゃねぇのか?」


 その言葉を聞いて、カリオスはノルディスの言わんとしていることに気が付いた。


 気が付いたうえで、今まで考慮もしていなかったことに、自身への憤りを覚える。


『そうだ、なんで今まで気が付かなかったんだ? 国境を越えてしまうってことは、敵の陣地に乗り込むってことだ。つまり、見つかれば監視されるし、捕まればその時点で勝機は無くなる。クラリスを助けるためには、ザーランドでクロム達に打ち勝つだけじゃだめだ』


 要は奇襲を仕掛けなければならない。


『さすがは長官ってところだな……なんて、偉そうなことを言える立場じゃないな、俺は』


 カリオスはノルディスに対してなんとなく抱いていた印象を大きく書き換えると、メモに返事を書き出した。


「『ノルディス長官の提案に乗ろう』……坑道ですか。ちょっと気は引けますけど、行きましょう。クラリスちゃんのためですからね」


「タシェル、大丈夫ですよ。何かあっても私が守りますから! 坑道ってことは暗いんですよね? だったら、私の出番です!」


 元気に告げるミノーラが、得意げに鼻先を舐めた。


「ありがとう。たしかに、ミノーラが居ればかなり心強いね」


 タシェルの言う通り、暗闇においてミノーラは無敵と言っても過言では無いだろう。


 そう考えたカリオスは、オルタとクリスに目を移した。


 目が合った二人は、小さく頷きながら賛同して見せる。


『となれば、あとは出発の準備だけだな。結局クリスの装備も調達できていないし、出発は明日ってところか』


 カリオスがそう考えた時、ノルディスが口を開いた。


 今までとは打って変わり、声量を抑えた声で、こうささやく。


「今の話は、イルミナには内密にな。バレたら俺がどやされちまうからよぉ」


 彼の言葉を了承したカリオス達は、ようやく聴取から解放されたのだった。

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