第174話 秘密
イルミナとオルタが巡回に出てどれくらいの時間が経っただろうか。
門の傍に焚いた火の揺らめきを眺めながら、タシェルは耳を澄ましてみる。
特に変わったことの無い、静寂。
変化のない時間の流れに眠気を感じ始めていた彼女は、首を振って意識を集中する。
カリオスはと言うと、焚火の中に鉱石を放り込んで光エネルギーの蓄積をしているようだ。
「結構経ちましたね」
お互いに座り込んでいる状態でカリオスに話しかけてみると、彼は小さく頷きながら空を見上げた。
そんな彼の視線に釣られるように、タシェルも空を見上げる。
天を埋め尽くすような星々と、薄っすらとかかる雲、そして煌々と輝く月。
ささやかに世界を彩っているそれらに思いを馳せていると、カリオスがメモを手渡してきた。
折りたたまれているそのメモを受け取った彼女は、読み上げる。
「『今回の件は本当にすまない。俺の失態だ』……いいえ、私も二人の傍を離れてしまったので。手紙を出すなら皆で行けば良かったのに」
言葉にした途端、滲みだしてきた悔しさと憤りを抑えるように、タシェルは拳を握り込んだ。
きっとカリオスも同じような気持ちなのだろう。
そう考えたタシェルは、ふと今日のカリオスの様子がおかしかったことを思い出す。
異常と言うわけでは無いのだが、何か、隠し事をしているような。考え事をしているような。
少なくとも、タシェル達に伝えていない何かがあるような。
確信があるわけではないが、疑念がないわけでもない。
図書館で読んでいた本。
武闘会を見に行くために急いで図書館を出たので忘れていたが、あの時カリオスは何を読んでいたのだろう。
何を知ったのだろう。
膨れ上がる疑念を抑えきれなくなったタシェルは、意を決し、聞いてみることにした。
「カリオスさん。あの、気のせいだったら悪いんだけど。何か私達に話してない事とかありませんか?」
なるべく明るい口調で尋ねたタシェルは、軽い気持ちでカリオスを見る。
焚火の傍で座りこんでいるカリオスはと言うと、驚いた様子でタシェルを見つめたかと思うと、視線を落とし、何やら考え始める。
しかし、メモを取る様子は無かった。
しばらく待ってみたタシェルは一向に反応が無いカリオスに業を煮やし、再び問いかける。
「カリオスさん。図書館で何の本を読んでいたんですか?」
その問い掛けを聞いたカリオスは、ようやくメモとペンを手にする。
差しだされたそれを受け取ったタシェルは、一度カリオスへと視線を向けた後に読み始めた。
「『本の内容は生命エネルギーの性質について書かれていた。そこで、エネルギーのプラスとマイナスに触れられててな、生命エネルギーはプラスもマイナスも含有した状態らしい』……プラスとマイナスを含有した状態? どういう事ですか?」
カリオスから渡されたメモを読んだタシェルは困惑しながらも、疑問を投げ掛ける。
彼が思い悩む理由として、このメモの内容は薄すぎる。
そんなタシェルの疑問を分かっていたように、カリオスは次のメモを差し出してきた。
「『俺たちは食べることで他の生き物の生命エネルギーを“吸収”する。これがマイナスの性質だ。じゃあ、プラスは何かと考えた時、ふと思ったんだ。吸収される側は、エネルギーを放出していることになるんじゃないかって。つまり、死っていうのが“放出”に近い性質だと思う。そこの結論までは読み切れてなかったから、確信は無いが、そんな感じで合ってるはずだ』……なるほど。そんな風に考えたことは無かったですね。ただ、それがなにか大きな問題があるんですか?」
未だにカリオス言いたい事の大きさに触れられなかったタシェルは、再び差し出されたメモを読んだ。
そして、読み進めるごとに背筋が凍り付く感覚に襲われてゆく。
「『ミノーラが精霊を食べて、その精霊と似た力を使えるようになっているだろう? それは恐らく、精霊を食べたことで、そのエネルギーを吸収したからだ。ただ、普通の狼は精霊を食べることなんか出来ない。これは推測でしかないが、首輪だ。どんな原理かは分からないが、ミノーラの首輪がそれを可能にしている。そして、クロムの作ってた毒だ。あれは恐らく、プラスの生命エネルギーの性質を利用したものだと思う。似ていないか? どこの誰にこんなことが出来ると思う? 少なくとも俺は、一人しか心当たりがない。サーナだ。全部あの女が関わってる。そんな気がする』……てことは、クロムが作ってた毒の大元は……」
思いも拠らない話に動揺しながらも、タシェルは頭を整理する。
カリオス達から聞いた話では、サーナは二人にクロムを追うように命令したはずだ。
現在の情報で考えられる理由としては、クロムがサーナの元から毒を作る技術や知識を盗んだ。と言う具合だろうか。
考え込んでしまっていたタシェルに、カリオスが再度メモを手渡してくる。
「『この話はあくまでも推測だ。まだミノーラには言わない方が良いと思ってる。もう少し確信を持てた時に、俺から話す。だから、秘密にしててくれ』……分かりました」
タシェルが短く返事をしたとき、夜の平原に微かな遠吠えが響いた。
思わず立ち上がった二人は、その遠吠えの聞こえた方向、つまり南の方に目を向ける。
南と言えば、マリルタからエーシュタルに向けて越えて来た山のある方角だ。
しばらく様子を伺っていたタシェルの耳が、聞き馴染んだ声を拾う。
「タシェル! タシェル! 見つけた! 穴! 穴があるよ! この奥からミノーラの声が聞こえた! 速く! まっすぐ南!」
「もう! シルフィ! 見つけたらここに戻るように言ったのに! カリオスさん! まっすぐ南に行くと穴があるらしいです。動きますか?」
声だけを飛ばしいてきたシルフィに文句を述べながら、タシェルはカリオスに判断を仰ぐ。
カリオスは焚火の中から鉱石をかき集め、ポーチの中へと収めると、松明片手に南を睨みつけた。
そうしてタシェルの方を見ると、深く頷いて見せる。
それを見たタシェルも、松明を高く掲げながらカリオスの隣に立つ。
準備が出来たのを確認したのか、カリオスが右腕を空に突き上げ、拳を握った。
その瞬間、平原に光の柱が立ち上ったのだった。
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