第155話 便箋

 ターニャに言われた通りに噴水広場を抜けたタシェル達は、難なく精霊協会を見つけることが出来た。


 石造りの建屋の入口に、『精霊協会 エーシュタル支部』と書かれた看板が掛けられている。


 警戒する必要はない筈なのだが、緊張を拭えない。初めて訪れた場所だからだろうか。


 かといって、他の皆に任せるわけにはいかないので、タシェルは意を決して扉を開け放ち、中へと入り込んだ。


 協会内では、大勢の職員が何やら忙しなく動いている。


 受付で対応をしている者、奥の事務所で書類を確認している者、沢山の書物を抱えて運んでいる者。


 そんな様子を見たタシェルは、誰もこちらへと目を向けていないことに安堵する。


「なんだか、忙しそうですね。」


 後ろからやって来たミノーラが、協会内を見渡しながら呟いた。


「多分、武闘会の準備とかで忙しいんじゃないかな?」


「どうして武闘会で忙しくなるんですか?精霊術師も沢山出場するとか?」


 受付の列に並びながら答えたタシェルに、ミノーラが質問を重ねてくる。


 並んでいる列がそこそこ長い事に幻滅しながら、タシェルは質問に答えることにした。


「精霊協会はね、確かに精霊術師を育てるのも一つの仕事なんだけど、精霊術を使った道具とか薬、医術の開発も仕事の一つなんだよ。私はそっちの分野はあまり詳しくないんだけどね。武闘会で怪我を負った人は、精霊協会主導の元で治療するんじゃないかな?だから、カリオスさんの肩を完治する薬とか売ってるかも。」


「そうなんですね。勉強になります!タシェル先生!」


「ちょっと、先生はやめてよ。恥ずかしいから。」


 タシェルの説明に軽く頷いているカリオスと、おどけて見せるミノーラ。少し退屈そうなクリス。


 そんな三人の様子を見ていると、受付から呼ばれた。


 カウンター越しの職員に呼ばれたタシェル達は、ゾロゾロと前に進み、対応してくれる女性の前に向かう。


「こんにちは、別支社の方ですか?」


「あ、はい。ボルン・テール本部から来ました、タシェルです。」


「職員番号をこちらに頂いても良いですか?」


 受付から渡されたメモを手にしたタシェルは、周りから見えないように隠しながら、自身の職員番号を記し、メモを折りたたむ。


「お願いします。」


 そう言いながら受付の女性にメモを渡したタシェルは、少し時間が掛かるであろうことを予想し、なんとなく協会の中を見渡してみた。


 隣の受付に対して文句を言っている男性は、どうやら薬の効果が薄かったと抗議しているようだ。


 あまりジロジロと見ているのもトラブルの元になると判断した彼女は、職員番号を照合中の女性に視線を戻す。


 ぶ厚いリストの中からようやく番号を見つけた様子の女性が、リストを閉じながら、顔を上げる。


「確認できました。ご用件を伺います。」


「はい、えっと、まずはボルン・テール本部のハリス会長に手紙を送りたいので、定期便用の便箋を下さい。あと、マリルタにも手紙を送りたいんですけど、ここから届けることって出来ますか?」


「マリルタについてですが、こちらから送ることは出来ます。便箋は二枚でよろしかったでしょうか?」


「はい、二枚で大丈夫です。それと、薬について相談したいんですけど、誰か詳しい方っていませんか?」


 便箋の準備を始めている女性に対して問いかけたタシェルは、受付の女性が少しばかり怪訝な表情を見せたことに気が付く。


 何故だろう、と考えた彼女は、すぐさま理由に気が付いた。


「申し訳ありません。本日より武闘会が開催されることになっておりまして、担当の者が手を離せない状態になっております。火急の御用なのでしょうか?」


 受付の女性の言葉を聞きながら申し訳なさを抱いたタシェルは、小さく首を横に振った。


「いえ、そうですよね。また落ち着いてから出直します。ありがとうございました。」


「いえ、こちらこそお力になれず申し訳ありません。もし調べ物がしたい場合は、噴水広場の近くに図書館がありますので、そちらをご利用されてはいかがでしょうか。」


「ありがとうございます。」


 便箋を渡しながら丁寧に教えてくれる女性に感謝を示したタシェルは、そのまま受付を後にし、協会の外へと出た。


「カリオスさん、すみません。薬についてはもう少し先になりそうです。取り敢えずはどうしますか?まずは図書館で手紙を書こうと思うんですが、あ、そう言えばミノーラ、オルタさんの試合って何時頃から始まるか知ってる?」


 仕方ないとばかりに肩をすくめながら首を横に振るカリオスを確認したタシェルは、思いだしたようにミノーラに話を振った。


「えーっと、何時って言ってましたっけ?」


「オルタ兄ちゃんの試合が始まるのは昼過ぎからばい。まだ時間あるよ。」


 ミノーラの背中に跨っているクリスが、少しけだるげに告げた。


 ふと空に目を向けたタシェルは、城壁のすぐ上から差し込んでくる日の光に眩しさを覚える。


 そんな彼女に対して、カリオスがメモを差し出してくる。


「『とりあえず図書館に行って考えよう。手紙も書けるし、ザーランドとタンラムについて分かるかもしれない。』……確かに、そうですね。」


 そんなカリオスの提案を受け、タシェル達図書館を探して噴水広場へと戻ったのだった。

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