第124話 丸太

 オルタは、後悔していた。


 昨晩、ミノーラの話を聞いた彼は、何とか力になりたいと思い、タシェルが島に行くことに賛同した。


 それはまぁ、この際良いとしよう。


 だが、ハイドが彼女に着いて行くということがどういう事なのか。オルタは考えが至っていなかった。


 ミノーラがいるとはいえ、流石に心配だ。どうせ行くなら、なぜ俺ではだめなのか。


 カリオスに抗議した彼は、一言で一蹴された。


『重すぎる。』


 海岸沿いの防風林に姿を隠し、立ち去って行くザムス達を見送る。


 つい先ほどカリオスと交わしたやり取りを思い出していたオルタは、そのカリオスに肩を叩かれ、自身の役目を思い出した。


 茂みに隠していた太い丸太を一本、肩に担いで海岸へと歩く。


 この丸太でカリオスが何をするつもりなのか、オルタは良く知らない。ただ、タシェルとミノーラは既に船を漕ぎ出し、海の上だ。


 背後でカリオスとハイドが何らかの打ち合わせをしている様子を見ながら、砂浜に丸太を置く。


「カリオス。この辺で良いか?」


 そんな彼の呼びかけに反応したカリオスは、丸太の横に立ち、海の方へと目を凝らしている。


 どうやらタシェル達の乗っている小船を探しているようだ。


 波間にチラチラと姿を見せているその小舟は、今のところ順調に島に向けて進んでいる。


 一緒になって船の様子を見ていたオルタは、隣にハイドが立ったことに気が付くと、思わず鋭い視線を送ってしまう。


「ん?なんだ?俺が隣に立っちゃいけねぇってのか?張り倒すぞきさん。」


 やはりこの男とは仲良くなれそうにない。と考えるオルタは、元凶が自分であると認識していなかった。


 一つため息を吐いたオルタに対して、ハイドが何かを言おうとした時、カリオスが間に割って入る。


「『ハイド、やめておけ。死ぬぞ。それより、準備は良いか?さっき渡した袋に、念のためクラミウム鉱石を入れてるから、必要になったらタシェルに渡せ。使い方は中にメモを入れてる。』……ったく、なんで俺が行かないけんのかちゃ。このデカブツが行けばよかろうもん。」


 ハイドのぼやきを意識的に無視したオルタは、カリオスの反応を待つ。そもそも、彼はどうやってこの男を説得したのか、オルタには想像もつかない。


 恐らく、ハイドからすれば死にに行けと言われているようなものだろう。それほどまでに危険な船出なのに、ハイドという男が安請け合いするわけが無い。


 しかし、既に船出した小舟に、どうやって乗り込むつもりなのだろうか。


 オルタがようやく抱いた疑問を口に出そうとした時、カリオスがメモを二人に見せる。


「『オルタ、丸太を小舟の方向に向けて、抑えててくれ。ハイド、しっかり掴まってろよ。』……分かった。だけどカリオス。どうするつもりなんだ?俺が丸太を投げたとしても、到底届かないぞ。」


 オルタのそんな指摘に、カリオスは大きく首を横に振ると、自身の右腕に着いている籠手を指差した。


 なにやら考えがあるような素振りに、オルタは根拠も無く納得し、全てカリオスに任せることにする。


 言われたとおりに丸太を固定すると、ハイドがそれに跨り、しがみついた。


 これで準備は完了なのかとカリオスに聞こうとすると、籠手をスライドさせているカリオスが「そこを退け」とジェスチャーをしてくる。


 仕方なく丸太を離し、場所を開ける。その場所に位置取ったカリオスは、最後に五回ほど籠手をスライドさせると、丸太を軽く叩く。


「おう、良いぞ。」


 あらかじめ決めていた合図なのか、ハイドが短く答えて、砂浜に静寂が訪れた。


 しゃがみ込んでそーっと籠手先を丸太に当てたカリオスは、何度か籠手の向きと丸太の向き、そして海の方角を確認した後、三回連続で丸太を叩く。


 次の瞬間、カリオスの右手が握り締められたかと思うと、落雷のような轟音と衝撃波、そして、丸太が勢いよく放たれていった。


 衝撃のあまり、後方に吹っ飛んできたカリオスをキャッチしたオルタは、巻き上がる砂埃が目に入らないように、手で顔を覆う。


 一瞬何が起きたのか分からなかったオルタだったが、姿を消した丸太と、周囲に広がる砂ぼこり、そして、遥か海の上をはねている何かを目にし、カリオスのしたことを理解した。


「お前は馬鹿なのか!」


 思わず出た言葉に間違いはないと自分を納得させたオルタは、目の前で悪びれることなく海を眺めているカリオスに、半ば呆れのような感情を抱く。


 この男は、ある意味一番危険な男かもしれない。


 なんとなくそう感じた彼は、それ以上強く突っ込むことなく、カリオスにの指示を仰ごうと口を開いた。


「で、これからどうするんだ?とりあえず、元々話してた通り、タシェルとミノーラとハイドを無事見届けたけど……無事?なのか分からんが。」


 そんなオルタの問いに、カリオスは答えることなく、静かにしていろと再びジェスチャーをする。


 なぜ、と問いかけようとした時、オルタにも理由が分かった。


 集落の方からザムス達がぞろぞろとやって来たのだ。


「何があった!今の音はなんだ!?」


 そんなことを言っているザムスが、すぐさまカリオスとオルタの姿を見つけ、詰め寄ってくる。


「貴様ら、何かしたのか?」


 カリオスに詰め寄ったザムスは、全く返答が帰って来ないことに業を煮やしたのか、一瞬オルタの方を見たが、すぐに目を逸らされた。


 少しばかり憤りを感じるのは何故だろう。


 そんなザムスの様子を楽しんでいるように見えるカリオスが、一枚のメモをオルタに渡してくる。


 仕方がないので、オルタはそれを音読することにした。


「『さぁ、雷でも落ちたんじゃないか?』」


 全く本当のことを話すつもりは無いらしいカリオスは少し楽し気な顔をしていたかと思うと、突然真顔になり、もう一枚のメモを渡してくる。


「『それより、ミノーラとタシェルはどこだ?まさか、もう出発したとか言わないよな?』」


「ふん、貴様らが姿を隠しているのが悪い。……ハイドはどこだ?貴様ら、まさか!」


 悪びれる様子の無いザムスが、何かに気が付いたのか周囲を見渡した後、怒りを滲ませた表情で再びカリオスに詰め寄る。


 あまりに詰め寄るザムスを手で押しのけたカリオスが、再びオルタにメモを渡してきた。


 メモを渡されるたびに全員がこちらに注目するのはやめて欲しい。そんなどうでも良いことを考えながら、音読する。


「『ハイド?知らないな。俺たちがハイドに何かしたとでも?』」


「とぼけるな!島に行って良い人間は一人だけだ!貴様らまさか……。」


 ザムスが捲くし立てる間にも、カリオスはメモを書き続けており、ザムスの言葉が切れたタイミングでオルタへとそれを渡してくる。


 まるで、用意していたかのような速さに若干戸惑いつつも、オルタは仕方なく読むことしかできなかった。


「『ハイドが俺たちに加担したとでも?そんなことする理由がハイドにあったようには見えないが。』」


 オルタの言葉を聞いたザムス達は黙り込んだ。誰も口を開かない中、時を刻むような波の音だけが静かに響いている。


 強烈な居心地の悪さを覚えながら、オルタは空を見上げる。


「……晴れないかな。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る