第61話 横槍

 マーカスは、現状把握を行うために、自身の周りを確認する。


 傷付き倒れたミノーラの頭を撫でているマーカス。少し離れた位置に落ちていた、ミノーラの帽子を拾っているもう一人のマーカス。ウルハ族の男に対し剣を向けて牽制している別のマーカス。そうして、現状把握をしている自分。


 合計四人のマーカスがこの場にいる。実はもう一人いるのだが、そのマーカスは坑道の中で部下たちに指示を出している最中である。


「なんだぁ?おめぇら、四ツ子か?瓜二つじゃねぇか。」


「二つでは足りていないぞ?こういう場合は瓜四つと言うのだ。覚えておくといい。まぁ、これからの人生で二度と使う事の無い知識になると思うがな。」


 剣を構えたマーカスが、ウルハ族の男に対して言い放つ。それに付け加えるように、帽子を手にしているマーカスが言葉を紡ぐ。


「貴様は何者だ?なぜ彼女に対して攻撃を行った?何を目的に動いている?応えてくれないだろうか。正直、今ここで貴様のような者と事を構えていることが時間の無駄だと考えている。不毛の上に不要だ。」


「それを言う気はねぇよ。面倒くせぇからな。そんなに時間が惜しいならとっととそこを退きやがれ。」


 全く聞く気の無い男の様子に、呆れたのか、剣を構えていたマーカスがゆっくりと剣を下ろした。


 かと思うと、他のマーカスたちが全員、ミノーラのそばへと集まり始めた。仕方がないので、自分もミノーラのそばへと駆け寄る。


「皆、異論はないな。」


 ミノーラを撫でていたマーカスが他のマーカス達に対して声を掛ける。当然、全員が深く頷き、ウルハ族の男へと視線を向けた。


「よし、光速で終わらせる。」


 四人のマーカスが横並びに立ち、全員でウルハ族の男を睨みつける。なんとも滑稽な光景だ。


 しかし、そんな光景は長くは続かなかった。マーカスは、四つに分かれていた自身の意識と視界が次第に一つに合わさって行くのを感じながら、右腕を前にあげる。


 前に差し出された右腕の先端に、徐々に輝かしい光が集まり始める。集まった光は次第に大きさを増し、ゆっくりとウルハ族の男へ向かって移動し始めた。


「なんだぁ?それで攻撃しているつもりかぁ?こんな遅い弾なんざ、いくらでも避けられ……なんだぁ?くそっ!何も見えねぇ!おいてめぇ!何しやがった!」


 ゆっくりと進んでいた光球に対し、小ばかにするような態度で声を荒げていたウルハ族の男が、突然、何も見えないと言い出す。傍から見ていても、ウルハ族の様子に変化が合ったようには見えない。


 しかし、本当に何も見えていないのか、ウルハ族の男は周囲へと出鱈目に腕を振るっている。明らかにマーカスの接近を警戒しているのだろう。


「くそっ!精霊術か!?影の精霊だな?何も見えねぇ!ふざけんな!面倒くせぇ!」


「先程の光を見た上で影の精霊だと言っているのかい?それはあまりにも邪推が過ぎるだろう?それに、私は精霊術師ではない。精霊術の基礎すら知らない、ただの剣士だ。強いて言うならば、精霊剣士と言うところだろうか。経験だけは豊富なものでね。私の可愛い精霊たちにお願いして、貴様の視界を奪って貰っただけだ。失明させることもできたのだが、それではあまりに酷だろう?」


 そう告げる一人のマーカスの周りを、人のこぶし大くらいの光が四つ、フワフワと浮かんでいる。その光達はまるでマーカスに対して求愛でもするように、彼の周りで優雅な舞を見せ始めた。


 その舞を見て優しく微笑んだマーカスは、次の瞬間にはウルハ族の男を睨みつけて、一歩前進する。


 その足音を聞いたウルハ族の男は、ニヤリと顔を歪ませると、してやったりと声を上げる。


「だははは!視界を奪われたところで、おめぇの足音でバレバレなんだよ!」


 しかし、そう叫んだ男はすぐに事態の変化に気が付いたようだ。


「忘れていたのか知らなかったのか分からないが、私は一人ではないのでね。いくらでも誤魔化しが効く。こうしている間にも、私の部下は人数が増えていくぞ?さて、貴様にもう一度問おう。なぜ彼女に攻撃した。何が目的だ。その答え次第では、貴様は裁かれなければならない。」


「それについては私が答えてあげましょう。」


 ジリジリとウルハ族の男に近づいていたマーカスは、不意に上空から掛けられた声に対して、反応してしまった。


 それ故に、右側からの強烈な衝撃を躱すことが出来ず、数メートル程吹っ飛ばされてしまう。その衝撃でウルハ族の男に掛けていた視界を奪う術も解けてしまう。


 吹き飛ばされた勢いを殺すことなく、左半身を地面に強打する。しかし、とっさに受け身を取ることで大きなけがを負うことは無かった。


 すかさず体勢を立て直すと、その場から大きく退避する。次の瞬間には、彼が立っていた場所の地面が、何らかの力で大きく抉られた。


「あれ、今のを避けるのですか?」


「経験だけは豊富なのでね。悪いのだが、横槍を入れないで頂けるかな?」


「おい!クロム!お前がサボってたから、こんなことになってんじゃねぇのか?とっとと処理しねーから見つかっちまうんだ。」


 上空からゆっくりと降りてきた細身の男が、攻撃を避けたマーカスに関心を示している。そのクロムと呼ばれた男は、ウンザリした顔でウルハ族の男を一瞥した。


「なぜ簡単に敵に情報を渡すんですか?何のためのおつむですか?あなたは少し黙っていてもらえますか?」


 そんなことを告げたクロムに対して、激昂しかけたウルハ族の男は、突然全身を振るわせて、気絶してしまった。恐らく、クロムの仕業だろう。


「マーカス・ボルフェンですね?あなたに見つかってしまうとは。これは少し考え直す必要がありますね。」


 そう告げるクロムの表情は、どこか虚ろだとマーカスは感じた。

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