第10.5話 オシャレ

 そこは、彼女にとって初めての経験がひしめくように並んでいた。


 なにしろ、人間の街など初めて来るのだから。


 大勢の人がり歩く街並みの中で、彼女が最も興味をかれたのは、言うまでもなく、食欲をそそる香りである。


 彼女が知る限り、森の中でこれほどの香りを嗅いだことはない。そのうえ、食事をするためには、必ず狩りをしなければならない。


「人間はこんなに簡単に食事を摂ることができるのですね……なんだかズルイです」


 ケバブを頬張りながら呟くミノーラ。一応、お金という対価を払っていることは理解している彼女だが、どことなく憮然ぶぜんとしてしまう。


 次に彼女の興味を引いたのは、街を歩く人々の見た目だった。


 サーナやサチは真っ白でシンプルな格好だった。そんな二人に対してカリオスの事を少し変な格好をしていると思っていた彼女だが、街に出てそんな考えは払拭ふっしょくされる。


 一部を除いて同じ格好をしている人間はいない。


「ねぇカリオスさん。なぜ人間は色んな格好をしているんですか?」


 ふと湧いた疑問を隣にいる男へと尋ねてみると、彼は驚いたような目をした後、腕を組んで考えだした。


 数秒の間だろうか、立ち止まった彼は、あたりを見渡して何かを探し始める。


 かと思うと、何かを指差した。取り敢えずその店へと向かってみる二人。


「ここは何のお店でしょうか?」


 ここもまた、彼女が見たことのない物ばかりが並んでいる。


「いらっしゃいませー! ほらほらお客さん! そんなところに突っ立ってないで、中へ入ってくださいね!」


 店のものを眺めていた二人に気がついたのであろう、快活で身振り手振りの激しい女性が二人へと歩み寄ってくる。


「あ、すみません、少し教えてもらいたいことがあるんですが」


「……え? あ、すみませんお客様、少し驚いちゃいました! それで、どんな質問でしょうか?」


 おそらく、ミノーラが言葉を発したことに驚いたのだろう。まぁ、それが普通の反応である。


 むしろ、すぐさま客への対応に切り替えたのは褒められるべきだろう。


 ただ、今の彼女にはそんなことを気にしているほどの余裕はなかった。何しろ、気になることばかりなのだから。


「人間はどうして色んな格好をしているのでしょうか?」


 そんな、漠然ばくぜんとした疑問。案の定、店の女性は頭を悩ませている。


「中々難しい質問ですねー。オシャレをする理由ですかー? ……すんごく簡単に言えば、自分の魅力を上げたいから? とかですかねー」


「色んな格好のことをオシャレと言うんですか?」


「……お客様はもしかして、サーナ様のお知り合いだったりします?」


「そうですけど、なぜ分かったんですか?」


 店の女性はアハハと軽く笑った後、話を続けた。


「それはもう、この街で不思議なことがあれば、それは100パーセントサーナ様が関わっていますから。初めからもしやとは思ってましたよ。て言うことは、そちらの無口な……奇抜なお兄さんも、サーナ様のお知り合い?」


 そんな問いにカリオスは頷いて答える。そして、なにやらジェスチャーでミノーラを指差している。


「そうですね、えっと、お客様、オシャレのなんたるかを知りたいのでしたら、オシャレしてみるのが良いですよ!」


「私もオシャレできるんですか!?」


 少し食い気味に聞いてしまった自身に気づき、恥ずかしく思ったが、本心に抗うことはできない。尻尾も正直なのだから、今更遅いでしょう?


 そんな彼女の様子が面白いのか、店員も少し嬉しそうに目をきらめかせながらミノーラの頭を撫でてくる。


 心地いい。


「はい、私にお任せください!」


 そう言った店員は、ミノーラを店の奥へといざなう。


「楽しみです!」


 忙しない後ろ姿を残して、彼女は店の中へと消えて行った。


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