外伝3話 闇色の髪の少女

「アビー、おはよう」


 また知らない声だ。

 さすがに覚えてる。あのまま寝てしまった俺を覗き込む、あいつらの顔。

 それよりもこの顔を見せない茶色い髪の男は一体何者なんだって思うけど、なんとなくこいつを呼び止めたらだめな気がして、男の気配が消えるまで部屋でじっとして、男の気配が近くになくなったとわかってからベッドから起き上がる。


 まず鏡の前に立って、自分の体を確かめる。

 自分の姿は確か大人の男のはずだと思っていたので、鏡に写った自分の姿に「は?」となったあと、もう一度恐る恐る鏡を見て、自分が10歳かそこらの少女の体になっているという事実を受け入れる。

 ご丁寧に質の良いやわらかなネグリジェに身を包んでいる。もしかして……とそっと下半身にある小さな小さな布地を少し引っ張って覗き込むと、そこには慣れ親しんだ俺にあるはずのものはなにもなかった。


「……お前らならわかるのか」


 俺は、一緒のベッドに横たわっている緑色の帽子を被ったリスのぬいぐるみと、金色の剣を持った羊のぬいぐるみに話しかけた。

 こいつらなら事情を知ってるはずだ。毎日毎日少しずつ俺に違和感を埋め込んでいったことはもうわかってる。


「やぁアビー。おはよう。今朝はずいぶん不機嫌だね」

「アビー、おはよう。わらわたちに聞きたいことはなにかしら」


「たんたんとるーるー。そうだ。俺の友人だ」


 二人を見て痛む頭を抑えながらも、痛む頭の底にある答えを掬うようにそれを口にする。

 ピキンとなにかにヒビが入るような音がするが気にしないまま俺は部屋を歩きまわりながら話を続ける。

 もう少し……もう少しでこの気持ち悪い俺を包んでいるフィルムにようなものが取れそうなんだ。邪魔をするなと痛む頭を心の中で叱りつける。


「いつからの……だ?この世界はなんだ?」


「ぼくたちは最近友達になったけど、それでもこの世界が出来る前からの友達だよ」


「はは……お前の口からそんな言葉が聞けるとはな……ルリジオ」


 自然と口からそう出た名前に懐かしさが込み上げてくる。

 そうだ。こいつはルリジオ……金髪碧眼の……巨乳に目がない顔だけは極上に良い世界を救った英雄……。

 痛みを増していた頭痛がピタリと止み、俺の眼の前にいた金色の羊のぬいぐるみは光りに包まれた。 

 頭の中身を覆っていたフィルムが取れたみたいにスッキリしてる。

 そして、ルリジオだった羊のぬいぐるみの隣にいた、深緑の三角帽をかぶっていたリスのぬいぐるみを抱き上げて目線を合わせる。

 そうだ。この色、あの声は、俺が恋焦がれてしまった女……。


「……俺が生涯を捧げたい唯一の女……凶風のタンペット」


 リスのぬいぐるみが俺の眼の前に浮かび上がり、ルリジオと同じように光りに包まれる。

 二つの光が徐々に大きくなり、人の姿になっていくのを眺めながら自分の頭から靄が晴れていくような感覚に襲われる。

 ここ数日間の偽りの記憶、表層に塗りつけてあった少女であった記憶がバリバリと剥がされて、素の自分に戻るようなそんな感覚だった。


「ああ……俺は……そうか。そうだ。

 俺こそが異世界からの転生者……魔を総ていた世界の破壊者……友のために破壊を止めた世界の守護者……アビスモ……」

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