おっぱい狂いな無敵の英雄

こむらさき

魔王編

1話 鉱山の花嫁

「この溢れんばかりの質量……スライムのようにひんやりとして柔らかな肌触り……そしてなによりもその美しい瓜のような楕円の形……素晴らしい……貴女はまさに、僕にとっての美の女神です」


 ここは王都から早馬で駆けて5日ほどかかる位置にある山の一角。ここでは貴重な鉱石が取れるとのことで日々鉱夫たちで賑わっているはずだった。

 しかし、この鉱山は数日前から立ち入りを禁じられている。

 今、鉱山にいるのは鉱夫ではなく、王都から派遣された兵たちだ。


「身の丈がうんと高い化け物が出た。弓も槍も効きやしない……このままでは採掘なんて出来ねえですだ……」


 鉱夫たちが口々に恐怖からの訴えをする。それを聞いた村長は、王都に使いのものを出し、助けを求めたのだ。

 その甲斐あって、陳情から数日で王都からは兵たちが派遣された。

 化け物の見た目がわかっていたことも大きいのだろう。兵士たちと共に魔物退治のエキスパートが派遣されてきたのだ。

 それは、顔立ちの整った一人の男だった。


「ああ……美の女神よ。王からの依頼で遥々やってきましたが……これは貴女に出会うための運命の呼び声だったのですね」


 鎧で身を守った兵士たちの輪の中心で、男が片膝立ちで跪いている。

 赤く香しい花を束ねた王都で流行の飾りを捧げているその見目麗しい男は金髪碧眼の絵画の世界から抜け出してきたような浮世離れした姿をしていた。

 彼の肌は、外に出たことのない貴族の生娘のように真っ白で柔らかそうで、その上、陶器のように滑らかだ。白粉を塗っていないにもかかわらず毛穴すら見えないみずみずしい肌。

 弓なりに弧を描いた少し垂れ目がちの大きな目は、深い海のような鮮やかな青さの宝石を嵌め込まれたようだ。

 すっと通った青年の鼻筋の下には、上品さを感じさせる花びらのような薄くて整った形をした唇がある。

 薔薇色の唇の両端を持ち上げて微笑んだ口元からは、綺麗に生えそろった白い歯がちらりと顔を覗かせていた。

 ただの美青年の求婚というだけならば、周りにいる兵士たちがこのような怯えと驚きの入り交じった表情になるはずはない。

 兵士たちを驚かせている理由は、男性の目の前にいる化け物の存在だ。

 身の丈は兵士たちの三倍はありそうなそれは、鉱夫たちが怯えていた化け物の特徴そのものを持っていた。

 化け物の体は筋骨隆々とした体の大半が褐色のゴワゴワとした固そうな体毛で覆われている。

 だが、人間でいう胸部から臀部は毛に覆われていないが、そこを隠すかのように獣の皮をなめして作ったであろう擦り切れた衣服を身につけている。

 まさに怪物……と評するに相応しい生き物が仁王立ちをしている前で、見目麗しい金髪碧眼の男が片膝立ちで跪いて求婚をしはじめたのだ。慣れていない兵士たちは驚いて、剣を構えるどころではない。

 怪物の方も戸惑っているのか、攻撃をするそぶりはない。

 ただ、低い唸り声をあげて、目の前の男を威嚇するにとどまっているようだ。

 腹の底に響く凶暴な獣を思わせる唸り声は、周りを取り囲んでいる兵士たちには十分効果的だったようで、兵士たちは身を竦ませ、剣を落とすものまでいた。


 しかし、男は唸り声をあげ両手を持ち上げて威嚇をする怪物に一向に怯む様子もない。

 それどころか、ニコニコと微笑んで花束を怪物に差し出した。


「ああ……何を怒っているのかと思えば……自らの名を名乗る前に不躾な真似をしてしまって申し訳ありません。私の名前はルリジオ」


 ルリジオと名乗った男は、立ち上がってうやうやしく頭を垂れた。サラサラと音を立てて絹糸のような細く柔らかな髪が落ちる様子まで息を呑むほど美しい。

 ルリジオは、顔をあげると突然の行動に身を竦ませて驚いている怪物を怯えさせないように、薄い薔薇色の唇の両端を持ち上げながら言葉を続ける。


「ピオニエーレ国で戦士として育ち、竜殺しや、勇者といった称号を持つしがない放浪者です……名も知らぬ美の女神よ……どうかその微笑みを一時私に注いでほしい……」


 自分に対して全く怯えた様子を見せずに、ゆっくりと近付いてくる人間の姿に恐怖したのか、美の女神と呼ばれた怪物は後退りをした。

 そのまま歯をむき出しにして、丸太のように太い両腕をルリジオの脳天目がけて振りかぶる。

 周りを取り囲んでいる兵士たちがざわめく。

 しかし、ルリジオは片手で怪物の振り下ろした手を受け止めた。

 相変わらず怯える素振りを一つも見せないままのルリジオは、自らが受け止めた怪物の手に、先ほど差し出した花束を握らせた。


「美の女神よ……私の求婚を受け入れてくれるということでいいのですか?」


 幾ばくか甘さを含んだ声でルリジオは囁く。

 そのまま怪物に抱擁をするために、掴んでいた怪物の手を離した。

 その瞬間、彼女? は彼に背中を向けると、一目散に山の奥へと走り去ってしまった。


「待ってくれ……まだ君の名前すら知らない……」


 地面を蹴り、崖を飛び降りて去っていく怪物をルリジオは悲痛な声を出しながら追いかけようと崖に走っていく。

 ハッと我に返った兵士たちが、彼の肩を掴んでそれを阻止した。


「ルリジオ様……深追いは禁物です。もうすぐ日も暮れますし、一先ず近隣の村へ戻りましょう」


 兵士たちに捕まれた肩を振りほどくことをせず、大人しく足を止めたルリジオは、眉間にシワを寄せながら悲しげに俯いた。


「そうだね。しつこくして更に嫌われてしまうのも困るし……ね」


 兵士の言葉に、がっくりと肩を落としながら答えるルリジオは、地面に無残に落ちた赤い花束を拾う。

 元気ハツラツという感じで山登りを開始した彼だったが、今はトボトボと元気がない様子で歩き、村へと戻っていくのだった。

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